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医者に向かって「お前たちは赤ひげであれ」とえらそうにお説教する人はけっこうあちこちにいますが、さて、その中の何%が実際に原作を読んでいるのでしょう? 下手すると、原作は読まずに映画を観ただけ、もっと下手すると映画も観ず原作も読まない状態で単に世評と自分の思いこみだけできわめて都合の良いイメージを自分の心の中に勝手に作り上げているだけ、なんて人もいるのではないか、と思えるのですが……
根拠無しに疑いを表明するだけなのは破廉恥な態度ですし、記憶だけでその内容について書くのは無責任ですから、「楠木正成」でこの作品に言及したのを機会に、久しぶりに再読して記憶を新たにすることにしました(さて、何年(何十年)ぶりかしら?)。
書誌情報:『赤ひげ診療譚』山本周五郎 著、 新潮文庫、1964年
目次:「狂女の話」「駆込み訴え」「むじな長屋」「三度目の正直」「徒労に賭ける」「鶯ばか」「おくめ殺し」「氷の下の芽」
以上8編の連作短編集です。
3年の長崎遊学を終えて江戸に帰府した若手医師保本登は、婚約者に裏切られ、さらにお目見え医になるという志とは違って、貧民や行き倒れ相手の小石川養生所に配属されます。ふて腐れた登は医長の新出去定(あだ名は「赤髭」)に逆らい続けます。ユニフォームの着用を拒否するばかりか仕事を全然せず、酒を食らっては下働きの女性相手に無駄話の日々……しかし……
そうそう、「医者のユニフォーム」は史実かどうかは知りませんが史実でなくても私はOKです。ただ最初に出てくる「医者特有の髷」(時代劇や手塚治虫の漫画などに良く登場する、クワイ型の髷をした医者のことかな?)という表現には引っかかってしまいました。
江戸社会はがちがちの身分社会で、髷や着るものなどを一瞥しただけでも身分が知れるようになっていました。しかし医者は士農工商のタテマエから外れた「身分外」の存在とされました(そうでないと、たとえばやんごとなき方の診察時にお目見えできる“身分”を一々与える必要があります)。ですから奥医師は(やはり身分外扱いの)坊主もどきの恰好をしていました(もしかしたらこの恰好は奈良時代の「僧医」からの“伝統”かもしれませんが、ともかく「身分外」であることは同じです)。頭を剃って墨染めモドキのぞろりとした衣服を着用するのです(だから坊さんが女遊びをするときには衣服を替えるだけで医者のふりができました。“変装”としてはあまりに初歩的で、それを見抜いた庶民には川柳や狂歌をいろいろ作られていますが)。
「身分外」ですから、たとえば「えたの村医者」なんてものも存在するわけで、“上”から“下”まで、結局その恰好はばらばらなのです。肖像画が残っている『蘭学事始』の同志でも、杉田玄白は坊主頭、前野良沢と中川淳庵は丁髷です。
閑話休題。
本書の読み方はいくつか考えられますが、「二人の人間関係」を「メンターとメンティー(師匠とその弟子)」の文脈に置いて注目するのは有力なやり方でしょう。
あるいは、赤髭が悲憤慷慨する「世の中のひどさ」の描写をじっくり味わう読み方もできます。本当に悲惨な状況が次々描写されます。
赤髭は保本登に病室でいろいろ教えます。たとえば「医術は無力である」「無知や貧困に対応することで予防できる疾病がある」「人の死は荘厳である」……ただこれらは要するに、ごく当たり前のことをそのまま「赤髭」は言っているだけです。実際に私も研修医時代にメンターからそういったことを次々教わりました(そしてそれらが現在の私の医者としての基盤の一部になっています)。現在の研修状況は知りませんが、おそらく我々が医療の現場で(技術だけに限定しない精神論まで含めた)指導を受けてきたことはそのまま受け継がれ続けているはずです。(それらをきちんと受けとめられない人間も残念ながらいますが、それは、赤髭の下にいながら何も学ばず不平だけを言い募る医者もいるのと同様でしょう。どんな時代のどんな場所であっても、“そんな奴”はいる、ということです)
なお、本書で示される医療技術的な“医学常識(赤ひげの主張)”は20世紀的なものです。それに対して、この小説の時代背景はまるで18世紀のよう(登が蘭学修行に長崎に平気で3年も行けたり『解體新書』内の言葉が無造作に登場することから見ると想定は19世紀なのでしょうが)。ともかく「20世紀」を江戸時代に持ち込めば、当然ギャップは大きくなりますし、そのギャップによって生じるドラマ性を読者は無責任に楽しむことはできます。
あと赤髭が教えるのは医学と直接には無関係に見える“人生訓”。「人生は教訓に満ちている、しかし万人にあてはまる教訓は一つもない」「人間ほど尊く美しく、清らかでたのもしいものはない。だがまた人間ほど卑しく汚らわしく、愚鈍で邪悪で貪欲でいやらしいものもない」「この世から背徳や罪悪をなくすことはできないかもしれない。しかし、それらの大部分が貧困と無知からきているとすれば、少なくとも貧困と無知を克服するような努力が払われなければならないはずだ」「医が仁術だなどというのは、金儲けめあての藪医者、門戸を飾って薬礼稼ぎを専門にする、似而非医者どものたわ言だ、かれらが不当に儲けることを隠蔽するために使うたわ言だ」なんて“教え”を赤髭は登に与えます。メンターの面目躍如です。
ただ、本当に保本登を変えた(成長させた)のは、赤髭が往診に付き合わせることで彼に経験させた「世の中を実見する」ことでしょう。現実の悲惨な社会状況を見、その“底”や“裏”を自分の脳で考えることで、保本登は自分自身を変えていったのです。そういった“病院外での経験を積む”点では、現代の病院中心の研修制度では不満が残りますが、これも少しずつ改善されていく(されている)ことでしょう。
社会人として優秀な人材の条件は、1)個人として優れた仕事をする 2)情報を公開する 3)後継者を育てる この3つをすべて行なっていること、と私は考えます。2)に関しては商売上のノウハウなどはやたらに公開しないでしょうがそれでも重要な企業情報は公開するのが資本主義社会であっても当然の前提となってきていますし商売上のことでも「内輪」では情報を共有することが多いでしょう。「学」の世界では論文発表や学会や研究会でオープンに議論するのはきわめて当然のことです。
1)について「赤ひげ」はOKです。個人として優秀な医者です。江戸時代に2)を求めるのはさすがに酷かもしれません。でも「他人が抵抗を感じる考え」(たとえば畳の廃止)についてその理由を他人にわかる形でオープンしないのは、しない方が悪いと私は感じます。そして3)。赤ひげは保本登という後継者を得ることができたのでメデタシメデタシ……ではありません。これはただの僥倖、単なる結果オーライです。結果オーライだから赤ひげは名医、ということは私にはできません。後継者を育てる何らかのシステムを構築しそこで“結果”を残すこと、それが(個人ではなくて)「社会的存在としての優秀な人材」の条件でしょう。少なくとも「組織」で動く人間はその視点を外してはいけません。その点で赤髭は名医としては不十分であると私は判定します。(江戸時代だから医療はまだチームプレイではない、というのは“免罪符”として使えるとは思いますが)
私は本書を主に「医学のスパイスがかかった江戸人情話」として読みました。ですから非常に楽しめましたが、こういった話を丸ごと楽しまずにその「スパイス(医学)」の部分だけを取り上げて「医者の理想像」とか「若い医者の成長」の観点からだけ“賞味”するのは、話の味わい方としてはずいぶん偏った態度と思えます。『用心棒日月抄』(藤沢周平)や『宮本武蔵』(吉川英治)を「剣術テクニックの物語」としてだけ読んだり、「鼠小僧次郎吉」を「防犯対策」の物語として読むような態度、と言ったらいいかな。
「江戸人情話」であるとともに、「世間に容れられなかった「赤髭」が理解者(かつ後継者)「登」によって受け入れられて救われるプロセス」を描いたものとしても私は読みました。そう読んだ場合、問題はこの“後”なんです。登が「最新の医学知識」にプラスして「赤髭の思想や態度」を(赤髭の限界を超えて)世間に広げることができるかどうか。「単に個人の医者として理想の医療を追求する」のなら、そのまま赤髭の下で小石川養生所に勤務し続ければいい。だけど「世界に理想の医療を広げる」ためだと、小石川養生所から一端出る必要があります。せっかく幕府に入る道が開けているのですから、そこで新しい制度を作れないか試してみる……封建制度の中ではこれはこれで茨の道でしょうけれどね。
そういった点で、本書が“ハッピーエンド”なのか、私は首をひねっています。「人情」に関してはたっぷり堪能できて、そちらでは“お腹いっぱい”なのですが。
※そうそう、お役所ががんがん予算を削ってきて、「往診は医者の自己負担でやれ」とか「入院患者から食費を取れ」とか赤髭に要求するところでは、心ならずも私はくすくす笑ってしまいました。著者は雑誌連載から数十年後の厚労省の姿を予見していたのかな、と。
※夢想もしてしまいました。赤髭は本書のあちこちで強烈な悲憤慷慨をしますが、それは自分が信頼する人の前でだけです。やたらと人前でやらないのは一種の美学なのかもしれませんし政治的な計算からかもしれません。しかし、現代のブログやつぶやきのように、匿名でそれが広くできたとしたら世界の一部では人気者になっただろうと思います。で、幕府や瓦版には「江戸のネットで暴走する“赤髭”という医者がいる」とすごい批判をされたりして。(“赤髭”は、“悪い行為”は批判するけれどもその行為の主体である人間を“悪人”と片付けたりはしていない(行為と人格を分離している)、ということは無視して「ご政道に逆らうとは」「お上を批判するとは」という文脈でね)
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