| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | |||
| 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 |
| 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 |
| 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 |
| 26 | 27 | 28 | 29 |
「アニメ・漫画・ゲームの児童ポルノ規制 都が条例改正案」(朝日新聞)
私自身、強姦や児童ポルノは嫌悪の対象なので、それを嫌いだ、という権利を手放す気はありません。ただ、だからといって、寛政の改革での「手鎖の刑」よろしく「関係者は罰してやる」が“真の解決”なのかなあ、とも思うのです。
もう死語になっているかな、かつてバイクの「三ない運動」というものがありました。高校生に対して「バイクを買わない、乗らない、免許を取らせない」運動です。
だけどあれは結局「バイクによる交通事故死を減らしたい」ではなくて「高校在学中には事故を起こさないでくれ。逮捕されたり事故で死ぬのなら卒業後か退学後に」が本音だったのではないか、と私には見えます。もし「事故死を減らしたい」だったら「バイクの忌避」ではなくて「安全教育」に向かう方が健全な方向に思えるのですが、全然そちらに向かわないということは、運動で守りたいのは「バイクに乗る人(高校生)」ではなくて「運動をしている人」自身の方なのかな、と。
あ、だからといって、暴走族を擁護したいわけではありませんよ。私は一市民としても、穏健なバイク乗りの一員としても、暴走族は嫌いです。ただ、暴走族も穏健なバイク乗りも一緒くたにする態度や、さらに、法律で保証されている「16歳以上は二輪免許が取れる」ことや「個人財産の権利」にまで平気で干渉する暴力的な態度に賛成を示せないだけ。
1950年代半ばには「悪書追放三ない運動」がありました。これは漫画を「売らない、買わない、読まない」だそうです。「漫画は悪書」と規定されて、児童漫画家を「社会の害虫」呼ばわりする評論家までも登場し、手塚治虫さんも「この世に存在しないものを描いて、児童の心を惑わすとんでもないやつ」と激しく非難されたそうです。
※『藤子不二雄Ⓐ 藤子・F・不二雄 ──二人で少年漫画ばかり描いてきた』藤子不二雄Ⓐ、藤子・F・不二雄 著、 日本図書センター、2010年、1800円(税別)
こちらの「三ない運動」で不思議なのは、「どんなものなら好ましいのか」がまったく示されなかったことだと藤子不二雄さんは書いています。「自分が嫌いなもの」が盛んに攻撃されているばかり。(バイクの「三ない」で「どんな運転が好ましいのか」が示されなかったのと、構造的には相似形であると私には思えます)
「社会を好ましい方向に変える」ためには、「悪いものを攻撃する」方法だけではなくて「良いものを示して育てる」やり方もあります。ただ、「良いものを示す」ためには「良い」の具体的な基準が必要です。「こんなものが“良い”のだから、その方向のものを増やしましょう」と。そんなことを一切せずに「漫画」にすべて「社会の害悪」のレッテルを貼って、そのレッテルを攻撃するだけの態度から、どんな素晴らしい未来が生まれるのか、私には合点がいきません。
ただ、うっかり変な「良いものの基準」を示すと、末代までの恥になることがあるので注意は必要ですね。その良い一例が、芸術部門でのナチスの“実績”(「退廃芸術」と「公認芸術」)です。
で、話を最初に戻します。「好ましいアニメ・漫画・ゲーム」って、どんなのでしょう? まさか「好ましくないセックスに関する記述は一切登場しない」もの? それだと、『源氏物語』も『旧約聖書』も発禁になっちゃいますが。源氏物語には未成年者との姦通や(義理とはいえ)近親相姦が、旧約聖書にも近親相姦が登場します(同性愛もありませんでしたっけ? ただし同性愛が「好ましくないセックス」かどうかは最近は世界の流れに変化を私は感じていますが)。
ともかくそういった“異常”な性愛を除いた“健全”な性愛ならOK? だったら……清い交際を続けていた処女と童貞(二人とも18歳以上)が結婚初夜に正常位でちゃんと結ばれるまでの、あんな失敗やこんな失敗を詳細に描いた……だれ?そのへんでハァハァしているのは?
固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
コメント
コメント一覧
私個人も、最近の青少年向け漫画の性描写の過激さには、嫌悪感を抱きます。あきらかにやり過ぎです。また、成人向けのポルノ漫画もしかりです。やり過ぎじゃ!
とはいえ、私もかつてはポルノ漫画を描いたことのある一人です(^0^;)。ポルノしか描かせてもらえないのなら、生活のためには描きます。実行して思ったのは、性欲を抑えきれず、でも彼女がいないしお金もないし、、みたいな人のためにはなっているということです。
子供向きの漫画に親が驚くような性描写がある、というのは、作家だけに問題があるわけではありません。人は刺激に鈍感になる。最初はセンセーショナルな漫画でも、二番手、三番手があっという間にあらわれ、読者はより刺激を求めるようになります。そういうニーズをビジネスチャンスと捕えるのは、出版社です。作家は会社の言いなりで描かされる側面は大きいです。特にポルノ系はそうです。
私は作家にも自重を求めますが、読者にも「選ぶ力」を求めます。雑誌を規制しても、読者は刺激を求めてネットをさまようだけです。
根は高校生のバイクと同じです。自分で選択する力、、、すなわち「生きる力」はゆとり教育で十分育むものじゃなかったのでは? ゆとり教育は、学校だけではない、保護者も大きな影響力を及ぼすべきもののはずです。
私がポルノ漫画を止めた理由は、、、描いていてつまらないからです(笑)。こんなん描いても、自分のキャリアにはならない。単行本になるようなまともな作品を描いた方が、自分にストレスがたまらなくていいやと思ったからです。もちろんそこには、仕事がなくなるリスクは大きいのですが。
同じ理由で止める作家は多いです。作家もジャンルを選択して生きているし、作家を止めざるを得ない人もいます。
コメントを書く