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以前も書きましたが、私が田舎で病院勤務をやっていたときには「1日24時間働け」「週に7日働け」「年に365日働け」と求められました。日曜の早朝ドアチャイムが鳴って寝ぼけ眼をこすりながら出ると「なんだ寝ていたのか。さっさと診てくれ」と言われたことも(念のために、診療所勤務ではありません。受付は病院にあります)。
痛い思いをぶつけられることもあります。「若い医者がこんなど田舎にいるということは、街では使い物にならないからだろう」とか。これは自分たちが「こんなど田舎」に住んでいることへの屈折した思い、と私は理解していますが。
もちろん、大多数の人は“善良な村人”で、そういった“突出”した言動をする人はごくごく少数ではあります。ただ、店で買い物をしたら何を買ったかはそういった善良な人たちによってあっという間に一帯に噂として届けられます。友達が遊びに来ると「今誰が来ているんだ?」と自宅に電話でチェックが入ります(ただ、お袋が掃除に来たときのチェック電話はありがたかったですね。「おかだ先生が家に女を連れ込んだ」という噂が流れずに済みましたから)。だけど、そういった“濃密な関係”があるくせに、祭りなどの時には「あれはヨソ者」扱いでした。
「無医化危機 揺れる村」(讀賣新聞)
記事内容の分析については、たとえば「新小児科医のつぶやき」の「上小阿仁村」以上のことは私には書けません。ただ、自分の体験を参照して、「田舎に共通のもの」+「上小阿仁村に特有のもの」が有効に機能して有沢医師を追い詰めたのだろう、とは想像できます。たぶんどちらか単体ではないはず。私でさえ「田舎に共通のもの」程度だったら数年間は平気の平左だった(どころか、“珍しい体験”をけっこう楽しんでいた)のですから。(で、「上小阿仁村に特有のもの」については「新小児科医のつぶやき」で扱われている政治がらみのことが重要なのかどうか、それは現地できちんと取材してみないとわかりませんね。ただし、ヨソ者がふらっと行って新聞社の名詞を出したくらいで村人の本音が聞き出せるとは全然思いませんが)
不思議なのは、“あの讀賣”が医師に対して同情的な書き方をしていることです。讀賣新聞社から見たらきっと有沢さんは「ネットで暴走する医師」ではない(「ネットで医師暴走、医療被害者に暴言・中傷」(讀賣)「医者は掲示板では実名を出せ」という匿名記事(笑))、という認定だったのでしょうね。
ところで有沢さんが村を辞めてかわりが見つからなかったら、讀賣新聞得意の強制配置、もとい、「医師の計画配置」の出番なんでしょうか? で、その場合だと「辞意の表明」さえ許されないんですよね。自由意思の出番がないのが強制配置の本当の意味なんですから。「村を辞める」ではなくて「医者を辞める」だったらOKなんでしょうが、それだとどんどん“使える医者”が減っちゃうかも。
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コメント
コメント一覧
「休みは20日に1回という激務に耐え、地域医療を支えてきた」
を読んだ時点で、、、65歳の医師じゃなくても、これじゃ辞めるよと思っちゃいました。
10人集まれば、1,2人は変な人がいる。人間にも歩留まりはあります。
で、1,2人は大変優秀な人もいるはず。その人たちが機能しなかったということではないでしょうか。言いかえれば、保身かなと思いました。
某当該地は、90%が山林ですから、人口分布も、中心部ではなく、広く分布しているとのこで。 前任者の医師の予言が、当った言うことでもありますし。 往診も大変。
あ、そんな歪んだ意識で生きている人は、街にもいました。国にもマスコミにもいました(^_^;)。
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