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介護施設、繰り返される悲劇 スプリンクラー普及に限界」(朝日新聞)
 なんとも悲しいニュースです。
 再発防止の対策として考えられるのは……
1)火事を出さない
2)火事になっても初期対応
3)初期対応とともに迅速な避難
 私のような素人が思いつくのはこれくらいです。

 で、1)。もちろんこれが理想でしょうが、「気をつけましょう」で済めば消防署はいらない。

 2)は、記事にもある簡易スプリンクラーや消火器でしょう。ただ、これも“万能”ではありません。火事の状況(チロチロかボウボウか)、場所(スプリンクラーがカバーできる範囲内か)、入所者の避難との絡み、などでいろいろな場合が想定できて、空港の需要予測のように、なかなかこちらの期待通りの結果は出てくれません。

 3)も重要。
 グループホームに入所している人は、認知症の老人が主です。そこで日常的に問題になるのは、転倒と徘徊と認知症状によるトラブル。ところが「徘徊」と「安全で迅速な避難」を両立させることはけっこう困難です。避難のためには建物の二箇所(それも反対側)が常にオープンになっていることが望ましい。ところがグループホームでそれをやったら徘徊老人はどんどん外に出てどこかに行ってしまいます。ならば普段は施錠していて火事の時にはワンタッチで解錠、で解決かと言えばそうではありません。火事の時にパニックになった人は素直に非常口に殺到する場合と屋内を安全な場所を求めてうろうろする場合があります。また、とにかく屋外に出せばそれでよいかと言えばそうではありません。外に出て、安全なところに誘導したら、そこにじっとしていてもらいたい(こちらがその人の安否を確認できる状態でいてほしい)のです。
 ところで、普通の人が「避難訓練」と言ったら、義務教育期間中にやったものを思い出すでしょう。私は避難訓練も実際に学校が火事になった経験も持っていますが、はっきり言って「学校の避難訓練」なんて“現実の学校の火事”の前では何の役にも立ちません。「何の」と言うのは言い過ぎかな。言い直します。畳の上の水練程度には役に立ちます。
 お役人はきっと「全国の施設で避難訓練を」と言うでしょうが、私は首をふにゃふにゃと振ってしまいます。

>>「命を守るためのコストを惜しんではいけない。やはりすべての高齢者向け施設に、簡易スプリンクラーの設置を義務づけるべきだ」。消防研究所元理事長の室崎益輝・関西学院大教授は今回の火災を受けて、そう話した。

 これはたしかに正論です。特に「命を守るためのコストを惜しんではいけない」のところ。ついでですが、このことばは「命を守るためのコストを惜しんだ経営者」に対する非難になっています。“金を惜しんで人命を軽視したワルモノ”を公然と非難するのはさぞかし気持ちよいことでしょう。
 だけど、私にはこの「非難の方向」が正しいのか疑問です。

 こんなことばもあります。「人が現実に生きているのと、人間いかに生きるべきかというのとは、はなはだかけ離れている。」(『君主論』マキアヴェリ)
 マキアヴェリの“権威”を借りなくても、「正論を言う」のと「それを現実に生きる」こととは別であることは皆さんご存じでしょう。当たり前のことですけれどね。で、「金をかけるべきだ」の正論と「かける金がない」の現実に板挟みになっている人に向かって、正論だけ言い募ることが、「現実」の何を改善するのに役立つのか私には疑問です。さらに言うなら、上の2)に対する考察で書いたように、「数百万円かけて簡易スプリンクラーを設置さえすればそれですべて解決」とは私には思えません。もちろんある程度は解決する可能性はありますが。
 では人を増やしましょうか。避難の時など、人手が十分ありさえすれば、火事で家は燃えても犠牲は減らせるはずです(ただしこれも犠牲者をゼロにできる保証はありません)。

>>厚労省は夜間の対応を強化しようと、09年度の介護報酬改定で、夜勤とは別に人を置いた場合には、報酬を加算することにした。だが加算額は利用者1人あたり250円(1日)にとどまる。

 グループホームは最大18人の入所ですから、加算額は一日最大4500円です。これで「夜勤とは別の人」を一晩雇うことができると思います?  勤務時間(14〜16時間)で割ると最低賃金を切っているような気がするのですが、それは私の計算間違いかな?  計算間違いだと主張する人はぜひ“その金額”で「夜のお勤め」をやって下さい。小規模施設だともっと金額が減りますが、良いですよね?

 ということで、少し前に書いた「だけど、私にはこの「非難の方向」が正しいのか疑問です」の再登場。私には「金をケチった福祉」を全面的に推進している政府の方針をどうしてマスコミが非難しないのか、不思議で仕方ありません。「医療費亡国論」の次は「福祉亡国論」なのかな。それとも、福祉は地元の業者ではなくて大金持ちだけが慈善で行なうべきだ、とでも主張したいのでしょうか?  でもその場合には「慈善を行なわない大金持ち」が「非難の対象」になりますが、大スポンサー様にマスコミが楯突けるのかしら??



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2010.03.14 07:03 |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 1

田舎の素敵な生活

 以前も書きましたが、私が田舎で病院勤務をやっていたときには「1日24時間働け」「週に7日働け」「年に365日働け」と求められました。日曜の早朝ドアチャイムが鳴って寝ぼけ眼をこすりながら出ると「なんだ寝ていたのか。さっさと診てくれ」と言われたことも(念のために、診療所勤務ではありません。受付は病院にあります)。
 痛い思いをぶつけられることもあります。「若い医者がこんなど田舎にいるということは、街では使い物にならないからだろう」とか。これは自分たちが「こんなど田舎」に住んでいることへの屈折した思い、と私は理解していますが。
 もちろん、大多数の人は“善良な村人”で、そういった“突出”した言動をする人はごくごく少数ではあります。ただ、店で買い物をしたら何を買ったかはそういった善良な人たちによってあっという間に一帯に噂として届けられます。友達が遊びに来ると「今誰が来ているんだ?」と自宅に電話でチェックが入ります(ただ、お袋が掃除に来たときのチェック電話はありがたかったですね。「おかだ先生が家に女を連れ込んだ」という噂が流れずに済みましたから)。だけど、そういった“濃密な関係”があるくせに、祭りなどの時には「あれはヨソ者」扱いでした。

無医化危機 揺れる村」(讀賣新聞)
 記事内容の分析については、たとえば「新小児科医のつぶやき」の「上小阿仁村」以上のことは私には書けません。ただ、自分の体験を参照して、「田舎に共通のもの」+「上小阿仁村に特有のもの」が有効に機能して有沢医師を追い詰めたのだろう、とは想像できます。たぶんどちらか単体ではないはず。私でさえ「田舎に共通のもの」程度だったら数年間は平気の平左だった(どころか、“珍しい体験”をけっこう楽しんでいた)のですから。(で、「上小阿仁村に特有のもの」については「新小児科医のつぶやき」で扱われている政治がらみのことが重要なのかどうか、それは現地できちんと取材してみないとわかりませんね。ただし、ヨソ者がふらっと行って新聞社の名詞を出したくらいで村人の本音が聞き出せるとは全然思いませんが)
 不思議なのは、“あの讀賣”が医師に対して同情的な書き方をしていることです。讀賣新聞社から見たらきっと有沢さんは「ネットで暴走する医師」ではない(「ネットで医師暴走、医療被害者に暴言・中傷」(讀賣)「医者は掲示板では実名を出せ」という匿名記事(笑))、という認定だったのでしょうね。
 ところで有沢さんが村を辞めてかわりが見つからなかったら、讀賣新聞得意の強制配置、もとい、「医師の計画配置」の出番なんでしょうか?  で、その場合だと「辞意の表明」さえ許されないんですよね。自由意思の出番がないのが強制配置の本当の意味なんですから。「村を辞める」ではなくて「医者を辞める」だったらOKなんでしょうが、それだとどんどん“使える医者”が減っちゃうかも。



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