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いつもの20世紀の思い出話ですが、年代は1980年代のいつかです(残念ながら下一桁が何年かまでは覚えていません)。薬局から「抗ガン剤の錠剤を粉末にすることは勘弁してくれ」と連絡がありました。なにごとかと詳しく聞くと「抗ガン剤には発ガン作用がある。錠剤を粉末にする過程で飛び散った粉末を薬剤師が吸い込む可能性があるのでそれを考慮して欲しい」とのことでした。
抗ガン剤は要するに細胞毒です。ですから健常細胞にも障害を起こしてくれます。それが良く現れる副作用の代表が、細胞分裂が盛んな消化管粘膜の症状(下痢など)や血液細胞の障害(白血球減少など)、脱毛(毛根細胞の障害)、不妊(生殖細胞の障害)です。問題なのはDNAの傷害で、これが発ガン性につながるわけです。癌患者さんの場合には、いくら薬が毒とは言ってもそれを上回る「悪」が体内にあるからそれをたたくことで差し引きしたら“得”になる計算なのですが、薬剤師が抗ガン剤に暴露された場合には“得”は皆無です。
ところがその時私が使っていた治療のためのプトロコルでは、日本に存在する錠剤では量が半端なためどうしても錠剤の投与量を微妙に加減する必要がありました。今だったら人間と相手の物質とを隔離できる安全キャビネットなどを思いつくでしょうが当時はそんなものはありません。
私と薬局長はまじまじとお互いを見つめ合いました。さて、どうしたものか、と。二人とも思いついたのは同じことでした。「粉は?」
調べたらちゃんとボトル入りの粉末が売られていました。粉を調剤する過程でもそれをあたりにばらまく危険性はありますが、錠剤をがりがり砕くのよりそのリスクが少ないのは明らかです。
この「抗ガン剤による医療スタッフの職業的暴露」が日本で問題になったのは1991年のことで、病院薬剤師会が「抗悪性腫瘍剤の院内取扱指針」を定めたのもその年です。考えてみたらそれよりも前にそのことを当時の薬局長は意識していたわけで、私は田舎なのにずいぶんレベルが高い病院にいたんだな、と今さらながら思います。
余談ですが、こういう「レベルの高さ」って、なかなか評価されません。ほとんどは見る側の眼力の問題と意識の持ちようによるのですが。「見る目がない人間」は「建物の大きさ」と「人のアラ」「表面的な愛想」と「数字」しか見ませんから。
※抗ガン剤の種類によって違いますが、強いものはアスベスト並みの危険性だそうです。ニュース画面などで見る限りアスベストを扱うときは防護手段を厳重にとります。だけど、薬局や病棟で抗ガン剤を扱うとき、アスベスト並みの扱いをしているところはどのくらいあるんでしょうねえ。
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