『太平洋ひとりぼっち』(1962年、堀江謙一さんのヨットでの史上初単独太平洋横断)を数十年ぶりに再読しました。子供時代に読んだときには「冒険」にわくわくすると同時に「言っていないことを『言った』と報道」「やっていないことを『やった』と報道」「プライバシーを執拗にあばく」マスコミの態度と「ルールに異様に固執するお役人」に不快感を覚えましたが、今回もその感を深くしました。
日本では当時「きちんとした目的がないとパスポートは発行しない(外貨も持たせない)」方針でした。堀江さんは旅行エージェントに就職までして情報収集しますが、どんな裏口をたたいても「小型ヨットで出国」する合法的手段はありませんでした。しかたなくパスポート無しで出国したので「密出国」です。それは当然アメリカへの「不法入国」になります。したがって日本側は「強制送還」を期待します。なにしろ「人命軽視の暴挙」を行なったアホな若者なのですからお仕置をするべきなのです。
ところがアメリカでの対応は(日本の期待を裏切って)「咸臨丸以来の画期的壮挙」「絶賛」「名誉市民」でした。それを知った瞬間日本の報道は手の平を返します。「暴挙」を「快挙」へと。(ついでですが、堀江さんは、売ろうと思えばいくらでも高く売れたはずのマーメイド号をアメリカに寄付しました。そのことがこんどは、在留邦人の地位を高めることになっています)
「君子豹変す」という言葉がありますが、これは「抜け替わる豹の毛皮のように美しく変わること」を意味するポジティブなことばだそうです。ですからマスコミの「手の平返し」そのものは否定しません。ただそのきっかけが「アメリカの評価」であるところが、情けない。「自分の判断」「自分のポリシー」はないのか、と言いたくなります。あ、「君子豹変す」には、「小人は面を革む(君子とは違って小人は表面だけ改めるが本質は変わらない)」が続きますので、さて、マスコミは変わるとしてもそちらの方かな。
今回読んだのは89年発行の新しい版(*1)で、後書きに太平洋単独横断の“後日談”がついています。そこで堀江さんが次に行なった単独世界一周に対するマスコミや石原慎太郎の“評”を読んで、私はその狂騒ぶりと評価の的外れぶりにあきれましたが、やはりマスコミは最初の単独行のときと本質的に同じ行動をしています。自分が理解できないものに対して「とにかく否定したい欲望」があるようです。
『太平洋ひとりぼっち』で見る限り、役人やマスコミの共通点は「自分が理解できないもの・不確実なものを嫌悪する」あるいは、「100%安全な冒険」を好むことなのかもしれません。「アメリカ人のポジティブな評価」があったら、一時的に「面を革(あらた)」めはしますが。
「日本の医療はクズだ」と狂騒的に責めていた論調が、「WHOの評価……」「OECDの評価……」が知られるようになったら妙に矛先が鈍って、でも鬱憤晴らしのように他のこと(「たらい回し」とか「暴走するネット医者」とか)で「やっぱりクズだ」と責めようとしているのと、どこか似ています。
医療にも「冒険」、と言ったら言い過ぎかもしれませんが、少なくとも「不確実」な面があります。そしてそれは役人やマスコミには理解できない、あるいは好まれないものなのでしょう。「100%安全確実であるべきだ」と。しかし、医療は役人やマスコミの機嫌を取るために存在しているものではありません。患者(およびその予備軍)のためのものです。「医療が不確実なのは許せない」「すべて医者が悪い」とひたすら言い立てる人たちが「豹変」する日が、いつか来るんですかねえ。
*1)『太平洋ひとりぼっち』堀江謙一 著、 ぐるーぷ・ぱあめ、1989年、1748円(税別)
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病気腎移植の報道と似ていますね
彼の航海紀を裕次郎が映画化したときの交渉を巡るトラブルで酷く金にがめつい人物のようだったが、、、と書いています。
そして、
* あの【太平洋一人ぼっち】と言う本は実は優れたゴーストラター だった村島健一氏が書いたもの。その温厚な村島さんが「【あんな嫌な奴はいません、こんど出合ったら必ずなぐってやります」といっていた。
* 世の中が勘違いしているが、彼は決して世界で初めて一人だけで ヨットで太平洋を渡りきったヨットマンではない。ただ日本人では初めてであっただけだ。日本人の彼こそが世界で初めて太平洋の単独横断を果たしたのだと誤解したまま信じているのを、コマーシャリズムを意識してかどうか知らぬが、その姿勢はスポーツマンとしてフェアーとはいえない。
* 堀江氏がなぜあんなに有名になったのかといえば、彼がサンフランシスコにたどり着いたその日は、ソヴィエトが世界で初めて有人の
宇宙衛星の宇宙でのランデブーに成功し世界を驚かした日だったからだ。 アメリカ中の新聞がいまいましくも一面のヘッドラインにボストークをかかげなくてはならなかった時、地元の有力紙が、日本人が小さなヨットで太平洋を渡ったと聞いて、腹癒せにヘッドラインをすり替えて載せたのだ。それがいわば逆輸入という形で伝わり日本でもにわかに喧伝されて一躍ヒーローになってしまった。
極めて虚構に富んだヨットマンと石原氏は評していますが、1989年の
堀江氏が書いた後日談への石原氏の反論でしょうか?
とまれ、日本人としては決めての快挙!
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