なつかしの昭和30年代、若い人にわかりやすくするなら『三丁目の夕日』の時代、夕暮れになると「○○ちゃ〜ん、ご飯よ〜」の声や「カラスが鳴くからか〜えろ〜」が聞こえました。その頃遊びに夢中で帰りが遅くなると「夕暮れ時にはひとさらいが出て、サーカスに売られちゃうんだぞ」と脅かされることがありました。サーカスがこんなできの悪いガキを買っても使い道がないだろうと思うのですが、お説教はこう続きます。「毎日酢を飲まされて体を軟らかくして曲芸の練習をさせられるんだ」。曲芸ができるのは魅力ですが、毎日酢を飲まされるのはごめんなのです。
どうして酢で体が軟らかくなるのか不思議でしたが、その根拠らしきものに出会えたのは、1960年代半ばのことでした。「酢卵」です。これは酢に生卵を殻ごと漬け込んだしろものです。そのまま冷蔵庫に入れておくと殻がだんだん酢に溶かされてきます。最後には殻が消えてぶよぶよした卵の中身が酢の中にむき出しになったらそこで箸を突っこんでぐるぐる。で、できた中身が自家製の「健康ドリンク」なのです。酢とカルシウムとタンパク質、ほらとっても健康的。はい、元気になりたい子どもは、ごっくん。うげ。
そこで子供心に思うわけです。「酢で卵の殻が溶ける、ということは、酢で骨も溶けるんだろうな。だから体が軟らかくなるんだ」
はい、大間違いです。
もしも骨が溶けたら、それはつまりは骨粗鬆症ですから、体が柔軟性を増すどころか骨折です。
ついでに言うと、「体の柔軟性」とは「骨の柔らかさ」ではなくて関節と筋肉と靱帯の問題です。関節の可動域がどのくらい広いか(どこまで無理なく曲げられるか、筋肉や靱帯がどこまでスムーズに伸縮するか)なのです。そこで骨は曲がり具合の主体ではなくて運動の支持体として働いています。
さらについでに言うと、飲んだ酢が血管に酢酸のまま混入してそのまま骨の周囲に行ってそこで化学反応を起こす、なんてこともありません。酢酸は消化吸収され、pHは平衡作用によって中和されます(というか、少量の酢酸程度に対応できないのは不健康を通り越して重大な病気の可能性が大です)。
どうしても酢を飲みたい人を止めるほど私は親切ではありません。ただ、私は酢の物やスシやドレッシングや冷麺にたらす形で酢を美味しく頂きます。台所や食卓の酢は食品であって薬品ではないのですから。
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