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2010.03.31 18:35 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

一杯

 最近私の勤務する病院と他の病院との間での患者さんの移動が、ずいぶん難しくなってきています。原因は満床。私のところも含めて、右を見ても左を見ても満床だらけなのです。勢いしわ寄せがあちこちに。
 この前は、ある総合病院に患者さんをわりと急ぎで紹介するのに、どうしてもベッドの空きが見つからないため、その病院自体には縁もゆかりもない私があちこちに電話してベッド調整の一助を勤めることになってしまいました。部外者がこんなことをして良いのかな、とは思いましたが、こちらには(というか、その患者さん自身に)その病院でないといけない事情があり、さらに向こうの連携室や
内部のドクターの勧めに従っていたらいつのまにかそんなことになってしまったのです。
 先日は逆に、他の急性期の病院から「何とかならないか」の電話が。もうせっぱ詰まっているのが声音でもわかります。ところがこちらも一杯一杯。近く退院する人とその性別、入院予定、などを思い浮かべて「ともかく連携室に言っておきます」と言うのが精一杯でした。
 昨年のこの時期にはこんなことは無かったのですが、一体どうしたのでしょう。なにか病気が異常に増えています?

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2010.03.31 06:59 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

 もうそろそろ退院という時期に急に新しい疾病が出現してそれ専門のγ病院に緊急転院されたδさん。そちらも退院の時期になったというので主治医から電話がありました。「退院はいつ、どちらにしますか?」と。こちらでは以前から退院に向けての準備をしていて、ある施設に予約をしていたのですが、ちょうどその順番が来たところだったのです。で、γ病院からδさんは直接その施設に行って、詳しい紹介状を私とγ病院の主治医が書く、ということで合意しかけたところで横やりが。施設の方からは「入所を予約した病院と実際にδさんがやってくる病院が違うのは、手続き上問題があると事務が難色を示している」。そしてγ病院の中からは「紹介された病院にまたお返しするのがスジだろう。なんでよそに送る?」という難色が。
 ということで、話をスッキリさせるために、私が勤務する病院にいったん転院していただいてその上で改めてその施設に行くことになりました。話はスッキリしましたが、δさんの動線は複雑になり、本人と家族の負担は増しました。
 三角貿易とか三角トレードということばがありますが、この場合にはδさんの体が「三角」に動いたわけです。だけどこれで本当に良いんだろうか。
 何人かの気持ちをスッキリさせるために、何人かの気持ちはスッキリしないことになってしまいましたとさ。


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2010.03.30 18:31 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

先発品/後発品

 「背に腹は代えられない」なのでしょうか、先発品メーカーが後発品にも手を出してきています。先発品メーカーというだけでネームバリューが生きますし、営業部隊を新規採用する必要がありませんから、メリットはあるのでしょう。
 少し前にM(会社名に「製薬」がつかないところ、と言ったらわかっちゃうかな。でも私はそこの回し者ではないので匿名にしておきます)のMRさんが来て、注射薬や飲み薬の後発品について熱心に宣伝していかれました。
 「Mの○○(ゾロ品名)」と口に出して言うとなんだか違和感がありますが、これもそのうち慣れてしまうんでしょうね。そうだ、いっそ自分のところの先発品も子会社に安く卸して後発品の箱に入れて売ったらどうでしょう。これだと製造ラインの新規投資は不必要ですし、原末のシェアを落とさずにすむかもしれません。


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2010.03.30 06:41 |  医療事故  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 3

弁護士報酬

 「過払い返還の報酬・広告「再規制も検討」 日弁連新会長」(朝日新聞)
 たしかにたまに上京するとどこに行っても「過払い金を取り戻す相談」系統の広告が目につくし、「過払金」でネット検索をかけると、まあ出るわ出るわ。
 そういった中には「払いすぎた金を取り戻して上げましょう」という甘言で「取り戻した金は頂きます」だったり「着手金だけは頂きます」だったりする事例がけっこう多い、ということなのでしょうか。なんか「社会正義」が死語になったようで、これはこれでイヤンな世界ですが。(「過払金 トラブル」でネット検索をかけたら、これまたどっさり出ることからの感想です)
 ところで、「(弁護士の)報酬制限が2004年に廃止された」ということは、それまでは制限があったわけですが、公正取引委員会の視点からはもし一律に広告や報酬に制限をするとなると「カルテル」扱いになるのかな?

 ついでと言ったらナンですが、医療訴訟でも弁護士報酬の制限をする気はありませんか?  「高報酬」にひかれてやたらと訴訟を起こすことを勧めたり請求金額を高くすることを勧めたりする弁護士をけん制するために、ですが。もちろん請求金額の制限はありませんから、依頼人の利益は損なわないはずです。むしろ依頼人の取り分は増えるから「依頼人の利益」は増大するかも(あくまで裁判に“勝つ”ことが前提ですが)。それとも“腕の良い弁護士”は“安い仕事”は、しない?(医者の場合は、腕のよい医者もその多くは保険の中で仕事をしていますが)

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 人類が初めて出会った「甘み」はおそらく果実でしょう。ただし昔の野生の果実は今のほど甘くはなかったはず。人類は、本当に強烈な甘みはおそらく蜂蜜で初めて経験し、ついで果実をいろいろ細工する(乾す、あるいは煮つめる)ことで甘みを増して「甘露甘露」と味わっていたはずです。
 サトウキビからの砂糖生産は紀元後になってから。世界で初めての人工甘味料が登場したのは1878年化学者コンスタンチン・ファールバーグによる「サッカリン」です。サッカリンは砂糖の約300~400倍の甘みを持つため、現在でも人気の人工甘味料です。ただし日本では「発ガン性がある」として1973年から一時発売禁止となりました。ちなみにその「発ガン実験」は、ラットの膀胱にサッカリンの錠剤を埋め込んだら雄にだけ膀胱癌ができた、というなにやら非現実的な結果です。(なんだかとっても“健康に悪そうな実験”なのですが、対照実験として別の錠剤なども埋め込んで見ているのでしょうねえ?)
 サッカリンは現在は復活していますが、そのころやはり発売禁止となった人工甘味料に「チクロ」があります。これは、駄菓子・粉末ジュース・漬け物・缶詰などに広く使われていたそうで、私も子供時代にはずいぶんお世話になっているはずです。砂糖の数十倍の甘さしかありませんが、後味に癖のない自然の甘みで、人気商品だったそうです。懐かしさとともに、禁止になっているのはちょっと惜しい気がします。

 ちなみに、ズルチンは大量に摂取すると中毒を起こすので、これは禁止になってちっとも惜しくありません。


参考サイト:「人工甘味料の功罪特集記事 (人工甘味料の歴史)

参考図書:『砂糖のイスラーム生活史』佐藤次高、 岩波書店、2008年、3200円(税別)



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 昨年6月の薬事法改正で、薬局で売られる薬は第1類から第3類までに分類され、第1類は薬剤師が対面販売、第2類は登録販売者(高卒以上で1年以上の実務経験があり都道府県が実施する試験に合格した者)が対面販売、となりました。つまり第1類と第2類の薬は対面販売でないとだめ、となったわけです。ただ通信販売業者などからの反発があったため、2年間の経過措置で、今まで“実績”がある客には同じ薬を非対面で販売しても良い、となってます。

 そこで楽天市場を覗いてみました。別に楽天の回し者ではありませんが、こういったときにはいろいろ便利に見ることができますので。で、ネット薬局をちょこちょこ見ていたら、まず驚いたのは「健康食品の値段の高さ」です。5桁の値段のものが平気でならんでいます。
 もう一つ面白かったのは、「よく売れる人気商品」を並べている店があったのですが、そこに低額商品、たとえばソイジョイ(税込みで118円)やシャボン玉石けん(税込み189円)があったこと。わざわざこんな安いものを送料払って買う人がいるのか、と一瞬思ってもう少し詳しく見て謎が解けました(知っている人には「謎」でさえないでしょうが、こんなところにお初の人間には楽しい謎だったのです)。その店では「5000円以上だと送料無料」です。したがって4000円台の値段の商品だと送料が発生します。そこでたとえば4980円とか4850円の商品を購入するときに、送料無料にするために一度に二つ買う手もありますが、低額商品を追加して「5000円の壁」を超させる、という手を使う客が多いのでしょう。それでソイジョイが人気商品になる。

 あ、肝心の対面販売限定の話は、ちゃんと法律は守られているようです。ただ、自分が欲しい薬が1類か2類か3類か、というのは素人にはわかりにくいですね。そもそもこの分類、どんな基準で分けられたのでしょう。副作用の発生率?  だったらその数字を見てみたいなあ。いや、副作用が発生することは薬と人間の関係上の宿命です。で目標とするべきは「副作用発生率を下げる」「重大な副作用を発生させない」ですが、対面販売を義務づける前とあとで副作用発生率にどんな変化が出たかを見てみたいのです。それがちゃんと変化(減少)していないと、法律改定の意味がありませんから。


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2010.03.28 17:37 |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

バランス

 「古事記」には、黄泉の国から逃げ帰った伊弉諾尊(イザナギ)に対して伊弉冉尊(イザナミ)が「私はこれから毎日、一日に千人ずつ人間を殺そう」と宣言し、それに対抗してイザナギが「それなら私は、一日に千五百人生ませよう」と宣言し返すシーンがあります。女が「殺」/男が「生」を宣言する意外性だけではなくて、「生と死のバランス」と「人類の繁栄」を“算術的”に示す面白さがあって、実に印象的です。

 古代から現代に目を転じてみましょう。

 科学には腕が二本あります。
 片腕にはこんなモットーが貼り付けられています。「私はどんどん人を殺そう。昨日より今日、今日より明日の方がたくさん殺せるように科学は進歩するのだ」
 もう片腕にはこんなモットーが貼り付けられています。「私は人を助けよう。昨日より今日、今日より明日の方がたくさん助けられるように科学は進歩するのだ」

 人類はその両腕のバランスの上に生きています。


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2010.03.28 07:06 |  診療  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 4

一面的な見方

 「一面的な見方」は、日本では、言葉としてはどちらかというと悪口の部類に入りますが、実際には人気があります。(実例:「医者はワルモノ」で押し通そうとしている変態新聞(現在完了進行形))
 だけど、医者としては一面的な見方は“敵”です。
 たとえば胸の単純レントゲン写真、私は何か気になる場合必ず二方向(正面向きと側面)の写真をオーダーします。そうすることで患者さんの胸の中の情報が擬似的に立体視できるからです。たとえば正面向きの写真だけだと、何か右胸に異常影が見えてもそれが右胸の前の方なのか後ろの方なのかすぐにはわかりません。あるいは異常影が見えなくても、たとえば心臓のすぐ後ろの死角の部分に何もないのかはすぐにはわかりません。
 たとえとしてスジを外しちゃうかもしれませんが、たとえば車の運転をするときでも、正面だけじっと見ていたら安全運転ができます?  なるべくきょろきょろして情報を集め、できたら鳥瞰図で「大きな空間の中の自分の車」を想像してその中で移動するようにしたら、(自分だけではなくて他人の)安全度がぐんと向上するでしょう。

 こうやっていろいろきょろきょろすることの難点は、時間とエネルギーがそれなりに必要なこと、情報処理に知的パワーがしこたま必要なこと、そしてその結果の自分の主張の強さが減じることです。だって、一面的な主張ができなくなりますから。時間を節約したいときや無理な主張を強引に通したいときには、一面的な方が楽なんですよねえ。うらやましい。



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2010.03.27 17:28 |  診療  |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 0

狂気治療の発想

 律令には「癲狂」ということばが記載されています。これは癲癇発作と妄想のようです。(養老律令には「癲狂の犯罪者は刑罰を減免する」とあります)
 南北朝時代~戦国時代には「狂気」の多様化が行なわれ、李朱医学(田代三喜、曲直瀬道三)では「癲・癇・狂」と分類されました。狂気に対する認識が深まったのかもしれません。

 病気の治療は、基本的にその「原因」に対して行なわれます。したがってその治療手段はそれぞれの病気の「原因」に一番ふさわしいと思われるものが選択されます。
 「狂気の原因」が超自然的なもの(呪い、憑依、悪魔のせい……など)なら、それへの対処は超自然的なものとなり、具体的にはたとえば祈祷をすることになります。しかしもしもその原因が「自然」に含まれるものならば、「合理的・科学的な治療」を「人」が試みることが可能になります。つまり、(その治療法が有効だったか無効だったかはともかく)治療法を見たら当時の人が何を考えていたかの手がかりを得ることができます。
 たとえば狂気に対して過去の日本では「水治療」が行なわれました。平城〜平安時代からの密教寺院系の治療ですが、主に滝に打たれることで狂気を癒そうというやり方です。これは「水」が持つ超自然的な力を利用する発想でしょう。超自然的なものには超自然的なものでないと対抗できない、という発想です。これは江戸時代にも行なわれていることが知られています。
 室町時代頃から、主に浄土真宗系の寺で「漢方治療」が行なわれるようになりました。つまり「狂気は薬物によって治す(あるいはコントロールする)ことができるもの」という概念がその世の中にあったということになります。
 江戸時代から、読経療法が日蓮宗系の寺で行なわれるようになりました。ここではまた超自然的な対処法の登場です。ただ、漢方薬の使用法も洗練されています。

 繰り返しますが、その治療法が有効だったか無効だったかはここでは問いません。このような内容の記述をしているとすぐに「現代万歳。科学万歳。過去の人間は変なことばかりやる無知蒙昧な野蛮人」と即物的なとらえ方をして思考停止に陥る“現代人”が登場するのですが、大事なのはまず「世界観と発想」だと私は思うものですから、念のために繰り返しておきます。

 20世紀半ばにクロルプロマジンに代表される向精神薬が精神分裂病(当時の呼び名)に有効であることがわかり、「狂気」は「精神病(あるいは脳の病気)」になりました。近代社会では「薬物で治療(あるいはコントロール)可能な疾患」という扱いになったのです。
 で、現在の日本では(これまでにも書いたことがありますが)「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」によって彼らは「精神障害者」として法的には扱われます。ただし精神症状は精神科医が担当(治療)することは同じですが。ここに私は小さな問題を感じています。「病気」なら「治る」ことがあります。だけど「障害」は治りません。そんな世界観に基づく宣告を最初からしちゃって良いのでしょうか?  きちんと福祉で扱うというのだったら良いですよ。でも、だったら「治療」の意味は?

 そう言えば、日本語では「気が違う」という言い回しがあります。私はこの言葉が示す世界観・人間観が好きです。
 「気が違う」とは、人の精神状態が「正常/異常」の二分論で簡単に分けられるものではなくて、人が正気と狂気の間をアナログ的に漂い行き来する存在である、という世界観・人間観の日本語的表明だと私は感じます。「首を寝違えた」とか「道を間違えた」のと同様、自分たちもいつ“そちら側”にぶれていくかもしれない、でも、違ったものはまた元に戻れるだろう、という希望の表明に見えるのです。そういった希望を持ちたくない人にはまた“違った”ことばの解釈があるかもしれませんが。


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2010.03.27 07:15 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 2

チーム医療阻害者の口癖

 まずは、仕切りたがる権力亡者。つまり「殿様」や「女王様」のバカ医者。「俺に任せろ」「私の言うことが聞けないのか」が口癖です。
 あるいは、「先生、お願いします」「先生、どうしたらいいですか」「私にはわかりません」「先生、決めて下さい」が口癖のスタッフ。
 そして、チームのお客様になりたい患者さん。こちらは「先生にお任せします」が口癖です。

 そうそう、チーム医療推進派の「チーム医療を推進するべきだ。俺の言うことに黙って従え」もパターナリズムの発露である点でチーム医療の大きな阻害要因でしょう。


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