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2010.02.21 17:53 |  医療制度 / 行政  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 1

医学部新設

 「医学部新設、3私立大が準備 認可なら79年以来」(朝日新聞)
>>医師不足が言われるなか、国内の三つの私立大学が、医学部新設を目指し、準備を進めていることが分かった。
>>設置を検討しているのは、国際医療福祉大(本校・栃木県大田原市)、北海道医療大(北海道当別町)、聖隷(せいれい)クリストファー大(浜松市)の3大学。いずれも看護や福祉系学部を持ち、大学病院や関連病院もある。


 私がこの記事を読んでまず想起したのが「法科大学院」でした。こちらは「司法制度改革」の太鼓が高く鳴らされる中、各地で続々作られて学生を集めましたが、その結果は……不幸な人の大量生産と「質が低い学生が多い」という不満の大合唱。その結果、そろそろ「淘汰」が始まって、さらに不幸な人が生産される見込みです。
 「とりあえず制度を変えてみる。とりあえず新しいものを動かしてみる。その結果拙かったら、変更を加える」はアリだと思います。「未来の完璧な予測」なんて誰にもできませんから。ただその場合でも「高い理念の提示」「明確な基本方針」「現実の変化に合わせた柔軟な態度」が揃わないと「メロディ・ハーモニー・リズムがばらばらの音楽」になるだけです。で、法科大学院の場合「メロディ」は素晴らしかったのに、「ハーモニー」と「リズム」がみごとにばらばらだったようです。「自分の歌唱力に酔っている人」にはその“音楽”のできはわかっていない様子ですが。

 さて、医学部の場合はどうでしょう。医学部新設が日本の医療に大きな変化をもたらすのは約20年後のことです。その時の日本の医療の見通しとそれをにらんでの具体的計画は、どんなものなんでしょう?  そもそもそんな「計画」の提示がありましたっけ?
 「今の日本の医者不足」を解消するために「20年後に医者が増えます」はずいぶん迂遠な策に私には思えます。もちろん何もしないよりはマシかもしれませんが、「“副作用”がなくて即効性のある政策(たとえば、医者でなくてもできることは医者でない人間がやることで医者の有効活用を図る、くたびれた医者をリフレッシュして長持ちさせる、野に埋もれた医者を活用する)」をなぜ“今”始めないのか、不思議な気持ちです。
 ついでですが、朝日新聞は「日本医師会は医師増員に反対している」と主張しているようですが……アンケートでもとったんですかねえ。私も日本医師会の会員ですが、私は医師増員には基本的に賛成です。そうそう、これまで「医療費が増えたら日本は滅びる」論で頑張っていた人たちにもマスコミはアンケートをして欲しいな。「医者を増やすことに賛成ですか?」と。手始めに中医協の委員たちから始めてみたらどうでしょう。もちろんマスコミ自身の意見も知りたいものです。これまでどういう主張をしていてこれからどういう主張をしていくのか。

>>ただ、医学部新設には定員80人でも最低200億円弱の建設・設備費用が必要などハードルは多い。

 結局朝日新聞としては「気になる事項」の最優先は「金勘定」なんですね。医学部新設で私が気になる最優先事項は、「人的資源の確保」次が「ソフト面」なんですけどね。質の高い教育・訓練スタッフをどうやって揃えるか、20年後の日本に対応できる新しい医学教育システムをどうやって構築するか、それがとても気になります。


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2010.02.21 07:19 |  診療  |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 0

患者の環境

 「19世紀はじめまだ今日のように病院が制度的に確立していなかった頃、臨床講座の教授は学生と一緒に患者を求めて市井に出かけたものである。創生期のベルリン大学のフーフェランド教授などはそうであった。そこで患者をその環境の中で観察し、診断する。その対象は生きて職業も意思も持っている生きモノであり、その環境と切り離して診断は成り立たないのだ。」(『20・21世紀科学史』中山茂、 NTT出版)
 この印象的な文章は、科学における「機械論」と「有機体論」を論じる中で、「20世紀の医学」に対して「今日の医療は、まったく機械論に属するといえよう。医者は皆病院内に閉じ込められている。医者はあらゆる検査データをもって診断を下すが、患者そのものは見ないし、対話もしない。患者の個体認識をしない。漢方の診断で言う『望聞問切』の中の何一つとしてしない。その点では個体認識を強調する有機体論のサル学に劣るかもしれない。」と“悪口”を言った直後に登場します。
 現実はそこまで極端ではない(総ての医者がそういった医療をしているわけではない)でしょうが、しかしこの文は現代医学の一つの側面(科学を強調しすぎる面)が内包するある種の危険性をデフォルメすることで言い当てているとは思います。私は耳が痛い思いです。たしかに「患者をその環境から切り離す行為」は、正直言って、その方が「病気の診断と治療」に関しては正確で楽です。あくまで「患者個人の」ではなくて「病気の」ですが。一人一人を環境込みで評価するのは、よほど“ゆとり”がないと大変なのです。
 ただ、医療の世界が「患者の環境」を無視しているか、と言えば、そんなことはありません。個人の努力以外で「環境」をちゃんと記載しているものとして私が思い出すのは……たとえば「MPQC」です。ここではある患者個人の倫理問題を考えるときに「C」(Contextual Features 患者の周りの状況)も考慮に入れるべき因子としています。
 あるいは「ICF」(国際生活機能分類)。これはある人の健康状態を「心身機能」「身体構造」「活動と参加」「環境因子」それぞれの分野でそれぞれの因子をコードによって記述・表現しようとするものです。
※『ICF 国際生活機能分類 ──国際障害分類改訂版』世界保健機関(WHO)編、中央法規、2002年、3500円(税別)
 私は現在このICFをちょっと使っていますが、なかなか苦戦しています。いや、心身機能や身体構造についてはいくらでも書くことがありますが、「活動と参加」「環境因子」については病院の中からは見えにくいのです。特に一人暮らしで家族と疎遠で意識レベルが低かったりコミュニケーション障害がある患者さんの場合、全然情報が得られず一体何を書こうかと呆然としてしまいます。もうこうなったら家を見に行くしかないか、とまで思ってしまいます。(独居老人の家族の方に「あなたのお父さんの最近の趣味や生きがいは?友人は?」などと尋ねたら言葉に詰まる人が多いので、「情報が得られない」のは私だけのせいではない、と“責任逃れ”をしたくもなりますが……みなさん、別々に暮らしている家族の人たちの“環境”について、きちんと把握されていますか?)
 ただこのICF、上手く書いていくと、その紙の上に「その人個人」が見事に浮かび上がります。現在だけではなくて過去から未来がそれはもう鮮やかに。さらに、それぞれの問題点を主に誰が担当したら「チーム医療」がうまくいくかも(見る目さえあれば)見えてきます。

 もちろん「患者の環境」という観点からはやはり、往診をする開業ドクターの方が「患者を環境込みで見る(診る)」点では有利ですね。それとも病院からもどしどし往診や出張診療をしましょうか。

 なお、『20・21世紀科学史』には、上記の二つの文章からしばらく後にこうあります。「学問にはクライアントがある。中世の大学の学問、神学・医学・法学にはみなクライアントがあった。近代科学にはそれがない。医学の場合、近代科学の方法を適用すると、とかくクライアントの痛みを忘れがちになる。」
 ……ああ、やはり、耳が痛い。

 



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