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2010.02.19 18:12 |  診療  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 0

刺す眼光

 超音波検査機器がまだ普及する前、医者は今思うとおそろしいことをやっていました。たとえば腹水がぱんぱんに貯まっている人に対してその水を体外に排出するために腹腔穿刺をするとしたら、今だったら超音波をひょいとお腹に当てて一番安全なところ(針を刺してもその直下に水以外がないところ)を探して、画面を見ながら針を突き刺せば、針がその下をぷかぷかしている腸などを刺す心配はほとんどありません。ところが私が医者になった頃には、経験的に一番安全な左下腹部をえいやと刺していました。
 胸腔穿刺も似たようなものです。まず胸部レントゲンを撮って胸水の水面が大体どのへんにあるかを確認します。次にそのデータを想像力で目の前の肉体に投射します。もちろん打診をして水面の大体の位置も確認しますが、おそろしいのは、呼吸のたびにその水面が上下することです。といって、あまり下を刺すと、右胸だと胸水のかわりに肝臓を、左胸だと脾臓を刺してしまうかもしれません。だからこれも「えいや」です。
 ならば肝臓を刺す(肝臓生検(肝臓に針を刺して細胞を取ってくる)や黄疸の時に拡張した胆管に針を入れて胆汁を外に導く)のは簡単かと言えば、もちろん刺すだけなら簡単ですが、安全にしかも目的をきちんと達して刺すのは、困難でした。私は幸い“失敗”はせずにこれまでこれましたが、それでも半分は祈りながらやっていました。
 今だったら、以上のどれも、超音波で短時間に(以前よりは)安全に操作が可能です。患者の苦痛だけではなくて、医者の魂の健康にもずいぶん超音波は貢献してくれています。

 しかし、もっとはらはらどきどきする「穿刺」が昔はあったそうです。私が聞いたので一番どきりとしたのは、大動脈穿刺でした。お腹の中の背中側に大動脈が上から下に走っています。そこに針を入れて造影剤を流して臍より下のレントゲン写真を撮りたいとき、今だったらセルディンガー法(足の付け根の大腿動脈に細いチューブを入れてその先端を写したい部位の近くまで押し進めてから造影剤を流し込むやり方)が選択されるでしょうが、昔はどうしたと思います?  背中から畳針のようなぶっとい針を突き刺し、針先が当たって大動脈がどくどくいっているのを指先で感じたらそこでえいやと突き刺した、と言うのです。もしかしたら、新人をびびらせるためのほら話だったのかもしれません。しかし、セルディンガー法が無い時代に、たとえばどうしても腎臓を造影したい、となったら、たしかにそれ以外の方法は思いつけません。私はこれは実話だ、と感じています。


 「眼光紙背に徹する」と言いますが、上記の場合はすべて、医者は人間の皮膚を通してその向こう側を見ようとしていたわけです。頼りになるのは、解剖の知識と指先の感触だけ。私もたしかに調子がよいときには、穿刺をしている針の先に自分の目がついているかのように感じることもありました。だけど、やはりあの恐ろしさは中途半端ではないので、またあの時代に生きたいとは思いません。ちょっとだけなつかしいとは思いますが。


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 夢の中で変な新聞記事を読んでしまいました。あまりに変な気分になってしまい、自分だけこんな気分でいるのは業腹ですので、みなさんにお裾分けします。

 夢で読んだのは、ある新聞記者の署名コラムです。

  ===  ===  =======

 先日帰宅すると父親が倒れていた。家族に聞くとほんの数分前から「めまいがする」と言っていて、そのまま「調子が悪い」と寝てしまったとのこと。呼んでもうなるだけで明らかに様子がおかしい。1時間様子を見たがあまりにおかしいので救急車を呼ぶと8分もかかってやっと到着。ところがすぐに出発しない。救急隊員はどこかにのんびり電話をしている。聞くと「意識レベルは二桁。右半身麻痺です」なんて変なことを言っている。なんで病名をきちんと言わないのか、見ただけで診断がつかないとはそこまで能力がない隊員なのか、「とにかく大変なんです」と言った方が効果的なのではないか、などといらいらした。ところが「緊急手術中ですか」とか言いながら電話をさっさと切って次の電話をかけ始めるではないか。なんで「今から行きます」で病院に運び込まないのだ。運び込めばなんとかなるだろうに、なるほど、これが噂の「たらい回し」か。まさか自分がこんな非道い目に遭うとは思わなかった。なんと次の病院でも救急外来に2台救急車が来ているとかで受け入れを断られた。こちらの方が優先に決まっているだろう、どうせそちらはコンビニ受診に決まっている、といらいらがつのっていると、3つ目の電話で受け入れOKだということで、やっと救急車はスタートした。電話だけで10分もロスをしている。走り回りながら病院を探せば家の前で止まっていた時間が節約できただろうに、いや、それくらいだったら最初から3番目の病院に電話しろよ、とひたすら腹が立つ。
 やっとたどり着いた病院では、父はさっさと頭のCT撮影に連れて行かれた。なんでそんな検査をしなければならないのか、については「脳卒中の疑いが濃い。出血か梗塞か区別するためにすぐにCT検査が必要」というあいまいできわめて簡単な説明があっただけで医者はすぐにレントゲンの部屋に駆け込んでいった。一目見ただけで「これは脳卒中だ」なんて診断が簡単につくわけはないだろう。それに、きちんと初対面の挨拶もできないとは、失礼な奴だ。そもそも、インフォームド・コンセントということばを知らない病院のようだ。検査をするにはこちらの納得と承認がいるだろうに「緊急」と言う言葉を錦の御旗にして自分の好きなように動くとは、これはよほど腹をくくってかからないと、病院の良いようにこづき回されて患者は損をするぞ、と思った。
 CTでは出血はなし。そこでこんどはMRIを撮影するという。明らかに検査漬けだ。それだったら最初からCTではなくてMRIを撮影すればいいじゃないか。忙しそうなふりをして走り回っている医者を無理に捕まえてそう言うと、脳出血と脳梗塞では治療が違うしそれぞれの治療のためには最適の検査が違う、などともごもご説明があった。もっと詳しい説明を聞こうとしたが、妻が「はやく検査をしてもらった方が良いんじゃない?」などと余計なことを言うので、中途半端になってしまった。ただ、本当は患者に集中しているべきなのに、こちらに説明をする余裕が医者にあると言うことは、世間で言う「医者不足」は大嘘だ、ということはわかった。これは大収穫だ。
 MRIの結果はやはり脳梗塞。ここでやっと医者からきちんとした説明が聞けた。脳の血管に血の固まりが詰まっているからtPAとかいう薬で3時間以内にその血栓を溶かすことが現在では最善の治療、とのこと。
 医者が「最善」というのはどうせ「一番儲かる」ということだろうから、欺されないように詳しく問いただすことにした。説明を聞くのは患者側の「権利」なのだから。こちらが納得するまで説明をするのは医者の義務なのだから。
 脳梗塞の診断は本当に正しいものなのか、それを治療せずに放置したらどうなるのか、時刻と脳梗塞の発症には関係があるのかないのか、天気と脳梗塞の発症には関係があるのかないのか、脳梗塞と脳出血と脳卒中と中気の違いはなにか、「tPA 」とはそもそも何の略なのか、どんな作用機序なのか、有効率はどのくらいなのか、副作用はあるのかないのか、副作用はどのくらいの確率で出現するのか、値段はいくらぐらいなのか、病院の仕入れ値段はどのくらいなのか、年間何人くらいこの病院でtPAを使っているのか、その“治療実績”は、他の手段はないのか、他の手段のメリットとデメリットの比較は……このあたりで医者があきらかにそわそわし始めた。おそらくこちらの質問が痛いところをついているのだろう。「あの、発症して3時間以内に……」「だまらっしゃい」と私。3時間だろうが30時間だろうが説明をさせてやる。「いや、だから3時間以内に薬を使わないといけないのですよ」「だまらっしゃい」と私。3時間だろうが30時間だろうが、患者側が納得するまで説明するのがインフォームド・コンセントだろう?  「残りわずか」とか客を焦らせてあまり考えさせないようにしてカスを掴ませるのが悪質セールスマンの手口であることは重々承知なのですよ。そこで話を戻して「インフォームド・コンセント」についての基本的なことからきちんと教育して上げることにした。医者のような世間知らずが私のように世間に詳しい記者から直々に(それも無料で)物事を教わることができるのは、ありがたいと思ってもらいたいものだ。
 ところが、せっかく私が熱演してやっているのに、図々しいその医者に遮られてしまった。「残念ながら時間切れです。発症から3時間経ったので、もうtPAは使えなくなりました」。
 大嘘だ。あとで調べてわかったが、欧米では脳梗塞発症から4時間半以内で使えるではないか。その医者が自分で勝手にその時間を短縮して良いわけがない。なんて横暴な医者だろうか。日本にはこんな医者ばかりだから医療不信がつのるのだ。
 そもそも、時間制限があるのなら、そのことを私にきちんと納得させるべきだった。それができなかったのは医者のミスだ。
 時間制限があるにしても、その時間内にインフォームド・コンセントを完了させることができなかったのは、医者のミスだ。
 したがって、時間切れでtPAが使えなかったのは、医者のミスだ。
 tPAが使えなかったために脳梗塞の後遺症がひどくなったら、それは医者のミスだ。
 仮定の話だが、もしtPAが使えていて、それで副作用が出たら、それも医者のミスだ。

 こんなことで日本の医療は大丈夫だろうか。私はとても心配している。少しでも良くするために、民事訴訟も考えている。もちろん「不十分なインフォームド・コンセントによって不利益を被った」ことに対して。

  ===  ===  =======

 なんか、某タブロイド新聞には本当にこういった記事が掲載されそうな気がしてきました。
 ちなみに「日本ではtPAは発症後3時間以内に使用すべし」は、本当です。

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