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 かつてのCTでは、脳出血はほぼ一目瞭然でしたが、脳梗塞はわかりにくいものでした。その「わかりにくさ」には「大きさ(小ささ)」と「時間経過」の二つの要素があります。初期のCTの画像はラフだったため、「小さな脳梗塞(たとえばラクナ)」は「CTではなかなか読めない」ものとなっていました。むふふの写真に大きめのモザイクがどよんとかかっている状態を想像してください。また発症直後の脳梗塞はまだ脳の変質が明瞭に出ていないため、単純に撮影したらどこの血管が詰まったのか見当がつかない写真しか得られませんでした(当時「CTで脳梗塞の変化が見えるようになるのは翌日」と言われていました。例外は非常に大きな脳梗塞で、たとえば太い脳血管が詰まって片方の大脳半球がまるごと梗塞になってしまったような状態だったら、さすがに脳皮質や髄質の濃度に左右差が出るので見た瞬間わかります(わかることがありました))。でも、20〜30年前には、とりあえず脳出血か脳梗塞かくも膜下出血かの区別ができれば良かったので、一般内科医としてはそれほど大きな不満は持っていませんでした。というか、当時は「急患が担ぎ込まれてくるのだったら、せめてCTがある病院に勤めたい」くらいしか私は思っていませんでした。
 この状況を変えたのは「技術の進歩」です。まずCT自身が進歩して、撮影時間は短く、画像は精細になりました(同じモザイクにしても非常に細かいモザイクになって、眼を細めたらほとんどむふふが丸ごと見える状態になった、と想像してください)。もう一つはMRI(特に拡散強調画像)です。これで脳を撮ると「どこに新鮮な脳梗塞があるか」が一目瞭然なのです。それはそれで診断としてめでたいのですが、その時にほぼ同時に撮影したCTを並べると、CTの方にそれまで気づかれなかった微細な変化があることがわかるようになりました。それを「アーリーCTサイン(初期虚血変化)」と呼びます。具体的には「非常に微細な、島皮質の消失・皮髄境界不鮮明化・脳溝の消失」などだそうで、その判読トレーニングのサイトもあります。よろしかったら挑戦を。ちなみに私は……ときどき当たりました、とだけ言っておきましょう(恥)。
Early CT signs 判読トレーニング



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2010.02.18 06:59 |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 0

哲“学者”

 日本で「哲学者」と呼ばれる人種は、「“哲学”者」と「哲“学者”」に分けられるように私は思います。前者は自分の哲学を持っていてそれを説く人。後者は他人の哲学について論評する人です。日本ではなぜか、自分の哲学を構築できない「哲“学者”」でさえも「哲学」に関係しているというだけで「哲学者」と同等に扱われる風習がありますが、私には不思議です。私にとって「哲学者」とは「テツガクする人」であって、「哲学を研究する人」「哲学を論じる人」ではないものですから。

 そういえば文学者でも似たことは言えそうですね。他人の業績についてあれやこれや言うだけの人は文“学者”。オリジナルの文学作品を生み出す“文学”者とは別の存在だ、と私には思えます。

 では、医学者ではどうでしょう。「“医学”者」と「医“学者”」は「医者」を対比として置けば、ほぼ同義になりそうです。現場の医療を中心に活動する人は「医者」で、研究を主に行なう人が「医学者」ということで。ただ、自分は業績を上げず他人の業績のことだけをいろいろ言う人、たとえば「お前ら知ってるか?  海外の○○研究では××なんだぞ」とだけ言うような人はやはり「医“学者”」に分類できるかもしれません。


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