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2010.02.02 18:38 |  診療  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

……で安心?

 2009年春に日本で行なわれた防疫は、「敵は水際で殲滅、一兵たりとも上陸させない」と同じ発想の作戦でした。「ウイルスを一個たりとも国内に侵入させてはならぬ」ではなくて「サーベイランスをきちんとやる」のだったらよかったのにね。
 インフルエンザの簡易検査。会社などで「検査して陰性という証明をもらってこい」という要求をするところがあったのだそうです。これには二つの問題があります。まずは検査の限界。感度と特異度、という言い方をしますが、「存在するウイルスをどのくらい(何パーセント)引っかけることができるのか」と「引っかけたウイルスを正しく判定できるか」とが、どんな検査でも「二つとも100%」ということはありません。必ず取りこぼしや判定ミスが混じります。ましてや「簡易検査」ですよ。それさえすれば安心、なんて、どうして言えたのでしょうねえ。
 BSEでの全頭検査。たしかに全頭検査をしたら絶対安心、のように見えます。ただ、検査には限界があります。検査の精度の問題と確率的に必ず存在する人為的なミス。これを考えると「全頭検査をしていれば日本はBSEに関しては絶対安心」とは私には言えません。人的・金銭的・時間的コストを考えて、「全頭」と「検査しない」の二者択一ではなくて、その間のどこかにアナログ的に線を移動した方が良いんじゃないか、が現在の私の考えです。
 HIVの血液検査も同じです。これも「検査で陰性だったからもう安心」ではありません。この検査にも感度と特異度の問題がありますし、病気自体のウインドウ期の問題もあります。

 「安心したい」は人間としては当然の欲求です。でも、欲求を最優先して科学をないがしろにすると、医学では間違いの元となります。「安心できない宙ぶらりんの状態」にも耐えられるようにするためには、何をすれば万全なんでしょう?(……あれ?)


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2010.02.02 06:52 |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 2

視神経交叉

 以前「眼球移植」で「ゲゲゲの鬼太郎」に登場する目玉親父のことを書きましたが、“彼”が本当に鬼太郎の「親父の目玉」である(たしか病死した父親の死骸から目玉が落ちてきて動き出した)、を書き忘れていましたので追記します(私はしつこいのです)。

 これだけで「今日はオシマイ!」……はナンですから、もうちょっと。

 「眼球移植」では、眼球と脳の接続が大変難しいことを書きましたが、実は視神経自体にも話を混乱させる要素があります。「視神経交叉」です。
 CT写真のように頭を水平にざっくり切ったところを想像してください。切るのは、両目の真ん中の高さ。断面を上から覗くと、真っ二つの眼球が左右に二つ見えます。さて、身体の右前方からやって来た光は、目のレンズを通って眼球の左側の網膜に当たります。それは左右の眼球とも同じことです。左前方から来た光は右側の網膜に。それぞれの網膜からの神経繊維はまとめられて左右の眼球の後ろから一本ずつの視神経として出ます。
 さて、視覚中枢(視神経の情報を処理する脳の場所)は、後頭葉にあります。なんでまた頭の反対側なのか、私に聞かないでください。運動や感覚も、右半身のは脳の左半球/左半身のは右半球が司りますが、造物主の配線センスは私にはよくわかりません。といってなんでもかんでも反対に、というわけではなくて、たとえば嗅覚中枢は鼻のすぐ上に位置しているのですが。
 ともかく頭の後ろまで視神経はえっちらおっちら情報を運ばなければなりませんが、ここでややこしいことが行なわれます。左右の目の情報が途中でミックスされるのです。といっても適当に混ぜるのではなくて「右目が見た身体の左側からの視覚情報」と「左目が見た身体の左側からの視覚情報」とがまとめられて右の後頭葉に、「右目が見た身体の右側からの視覚情報」と「左目が見た身体の右側からの視覚情報」とが左の後頭葉に送られます。言葉で言うとややこしいなあ。図解はたとえば「視神経[Ⅱ](視覚伝導路)」 「視覚の伝導路」。

 ともかく、二本の視神経は接触し、半分ずつを交換してまた別れます。それが外から見たら二本の神経が「X」を描いているように見えるので「視神経交叉」です(実際には丸々交叉するのではなくて、外側は外側のままで、内側だけが交叉するのですが)。
 この交叉、実は微妙な場所に存在します。脳動脈瘤ができやすい場所のすぐそばなのです。そこで、脳動脈瘤ができて視神経を圧迫すると、それぞれの場所によって特徴的な視覚障害が出現します。

 ふっと思ったのですが、「三つ目がとおる」(手塚治虫)のように「もう一つの目玉」があったら、いったいどのように視神経を配線したらいいでしょうか。前だったらまだ良いですよ。今ある視神経(と交叉)に重ねればいい。でも、もしも後ろにも目玉が置けるとしたら、さて、どのように視神経を配線するのが合理的でしょうか。パノラマのように世界が認識できるようにした方が良いのかな。ただしそのためには、視神経と脳みそを大々的に再配置する必要と「視野」の概念を脳内で再構築がありそうですが。
 ……後ろに立っている人の「右」は、やっぱり右として認識するのかな?それとも「向かって左」?  む、むずかしい。
 ウルトラQの怪獣やウルトラマンのデザインをした成田亨さんは、管や筋肉の配置など体内まで想像しながら造型をしたそうですが(*1)、こういった方に3本目の視神経の配置を考えてもらったら、あっさり合理的な解が示されるかもしれません(単に私の頭が鈍いだけかもしれませんが)。

*1)『特撮と怪獣 ──わが造形美術』成田亨 著、 フィルムアート社、1996年、2000円(税別)



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