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2010.02.01 18:33 |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

本位

 「患者本位の医療」ということばがあります。ところが、自己本位な行動を取る人間が患者になったときこのことばは「自分が最優先される医療」と解釈されます。コンビニ受診・救急車のリピーター・モンスター……すべて「自己本位」で説明可能です。
 では「患者中心の医療」と言いかえましょうか。ところが「自己中心的な人間」がその言葉を解釈すると……

 どうも「自己○○な人間」をなんとかしないと、医療崩壊の一因はまったく手つかずのままとなりそうです。


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書誌情報:『流行性感冒 ──「スペイン風邪」大流行の記録』内務省衛生局 編、平凡社(東洋文庫778)、2008年(原書は1922年)、3000円(税別)

 前書きにはこうあります。
「全世界を風靡したる流行性感冒は大正七年秋季以来本邦に波及し爾来大正十年の春季に亘り継続的に三回の流行を来し総計約二千三百八十余万人の患者と約三十八万八千余人の死者とを出し疫学上稀に見るの惨状を呈したり。
 当局は毎次の流行に対し常に学術上の知見と防疫上の経験とに鑑み最善の施設を行ひ之が予防に努め或は防疫官を海外に派遣して欧米に於ける本病予防上に関する施設の実況を巡察せしめ又特に職員を置きて専ら予防方法の調査に従事せしめ一面又学者及実地家の意見を徴する等本病予防上苟も遺漏なからんことを期したり。
 惟ふに本病の予防方法は尚今後に於ける学術的研究に待つの要あるべしと雖今時流行の際に於ける施設は又以て今後の参考資料と為すに足るものあるべきを信ず。
           大正十年十二月 内務省衛生局」

 今の官僚がみごとに“官僚が書く文章の伝統”(だらだら長くて漢字が多い)を受け継いでいることがよくわかります(句読点がなくてだらだら続く文章、だったらそれこそ平安時代まで遡ることができる「日本の伝統」とも言えますが)。それと、「自分たちがやったことは正しい」と主張することもやはり昔からの“伝統”であることも。ただ、現代の官僚の文章よりはもうちょっと“肉声”というか“息吹”が伝わってきます。さて、それでは本当に彼らが「やったこと(施設)は正し」かったのかどうか、読んでみることにいたしましょう。
 一読おどろいたのは、「新しい」ことです。言葉こそ古いけれど(外国の表記はほとんどが漢字だし、「インフルエンザ・パンデミー」となってたりします)、極力客観的で「歴史」からも学ぼうとする態度が印象的です。たとえば「スペイン風邪」の直前の流行(1889年〜1890年の、おそらく露西亜から発生したと思われる世界的大流行)は、大変参考になるはず、といった記述がありますし、遠くヒポクラテスがインフルエンザを記録に残しているとか世界的大流行の年表や日本での大流行の年表など、細かく資料が提示されます。いや、この本、「インフルエンザの歴史」の解説本としても有益です。江戸時代の流行の繰り返しとそこで与えられた異名(「お駒風」「谷風」「御猪狩風」「アンポン風」「ネンコロ風」……)の一覧など、下手な「インフルエンザ本」も真っ青の詳しさで、ここを見るだけで私は元が取れた気分になりました。ただ、惜しむらくは(第6章以外では)出典や参考論文が一覧でまとめられていません。この時代にはまだ文献に対する「科学」や「学術」の態度が確立していなかったのかな。

 「スペイン風邪」の日本での流行は、「第1回(大正7年8月〜8年7月)」に2100万人の患者・死者25万7363人(死亡率1.22%)、「第2回(大正8年10月〜9年7月)」が241万人の患者で12万7666人の死者(死亡率5.29%)、「第3回(大正9年8月〜10年7月)」が22万4千人の患者で3698人の死者(死亡率1.65%)、となっています。県によっては流行時期に交通事情による地域差が明確に生じ、「人から人」に感染することがよくわかります。ただし「本調査に漏れたる患者多数あるべきを以って実際の患者数は遙かに多数なりしならん」と自分たちの出した数字を内務省衛生局では冷静に見ています。
 年齢別に見ると、罹患率が高いのは若者と壮年者ですが、死亡率が高いのは老人と幼児。これは今回の新型インフルエンザと似ていますね。時代を感じるのは、朝鮮・台湾は統計が別にあることです。あれ、どちらも当時は「日本」じゃなかったっけ?
 もしも今回の「新型インフルエンザ」がスペイン風邪と同じパターンを取るとしたら、今年度中にもう1波の流行があり、そして来年度には第2回めの流行が襲い、そこでは患者数は減るが死亡率は上がる、という傾向が見えることになるはずです。まだまだ油断も安心もできません。
 本書の真ん中に、当時の啓蒙ポスターがいくつも掲載されています。「早期の手当」「マスクをしろ」「咳を手放しでするな(=咳エチケット)」「うがい」「予防注射」などですが、今と同じようなことを言っているな、と思うと同時に「マスクが黒い」「電車のつり革が本当に革製」「予防注射を背中に打っている」なんてよけいなことにも目が行きます。各県で一般人に啓蒙するのに、医師会長だけではなくて警察署長に内務省から資料を送っているのも目を引きますが、当時は警察が衛生活動を担当していたんですね(思い出しました。東京府以外では、「救急」は「警察」に含まれている時代だったのです)。
 マスクは布製で「呼吸保護器」とも呼ばれました。政府が率先して奨励運動を行なった結果、在郷軍人会や愛国婦人会や赤十字支部などが廉価あるいは無償で配布したり、住民が自家製マスクを作ったりが各府県で広く行なわれています。
 学校閉鎖は、流行を遮断するのに有効な手段のはずですが、大体は多数の児童が罹患してから閉鎖されているので手遅れだったのが遺憾である、だそうです。一昨年までの日本と似ていますね。昨年はさすがに学校閉鎖が素早く行なわれるようになりましたが。一般病院に患者が溢れて新規入院ができなくなって伝染病院を使おうとしたらそこの環境があまりにひどくて患者が逃げた、なんてことも載っています。
 どうでも良いことではあるでしょうが、何度か登場する「各府県」の報告一覧での並びがよくわかりません。最初が北海道、ついで東京・京都・大坂の3つの府、県は神奈川・兵庫・長崎・新潟・埼玉・群馬・千葉・茨城・栃木・三重・愛知・静岡・山梨・滋賀・長野……何の順番なんでしょう?(県のはじめの方は「開港」の順?)  最後には四国と九州(長崎以外)がこれはきちんと地方別にまとまって登場しますが。
 病理所見も詳細です。各臓器の変化について詳細な記述が続きます。どうしてもそこにいる細菌に目が行くのは仕方ありませんが……コッホの原則から言えば「細菌が“現場”にいる」だけでは「そいつが“真犯人”である証拠」とはいえませんし、人体実験でも確定できなかったのですから「インフルエンザ菌」を見ながらモヤモヤしていたであろうことがこちらにも伝わってきます。
 インフルエンザ脳炎の記述も当然ありますが、時代を感じるのは「脚気が増悪する」という記述です。当時は脚気も普通にある病気だったんですね。
 治療の所に登場する薬は……「アスピリン」「フエナセチン」「コフエイン」「ヂギタリス」「カンフル」「アドレナリン」「ストリキニン」「リンゲル」……あら、これくらい?  特殊療法として「コロイド注射」「カルチユーム」「恢復期患者血清」「ワクチン」……学者・臨床家へのアンケート結果一覧もありますが、各人が採る治療手技はみごとにばらばらの結果となっています。
 で、結局最後は「予防」になるわけです。マスクの実験が行なわれ、普通の会話では微粒子が飛ぶ危険領域は四尺、咳をしたら十尺、と確かめられた上で、病者と非病者がそれぞれマスクをする場合の布の種類とそこで使うべき枚数が根拠を示して計算されています。なかなか“科学的”態度です。

 読んでいて私は舌を巻きました。90年前の人類は、ただ流行に翻弄されるのではなくて、その時の科学技術水準と微生物学の知識のレベルを考えると、大変頑張っています。「病原については『インフルエンザ桿菌』が真犯人かどうか、議論があり学問の進歩によっていろいろ明らかになるだろうが、それはそれとして、ともかく今できることをやっておこう」という決意表明もあります。なかなか率直です。それと、この報告を書いた人たちは、相当勉強していることがわかります。当時の世界の最先端の学術水準に遅れないように努力している(少なくとも内外の最新論文を読んでいる)ことが明白なのです。さらに各国の施策もきちんと把握しています。情報の伝達速度の差を勘案したら、当時の官僚はもしかしたら、今の日本の官僚より“はるかに優秀な人材”かもしれません。
 ここで私はふっと立ち止まります。官僚を揶揄するのはけっこうですが、自分自身、90年前の人たちと比較してどのくらい“進んで”いるのだろう、と。もしかしたら優っているのは「90年前のことを知識として持っていること」だけではないかな。だったらせめてその“優位”を活かさなければなりません。取りあえずするべきは「次の流行の波」に備えることです。

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