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2010.01.31 18:17 |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 0

風邪薬

 「ことば」に関してはいろいろ面白いものが歴史に転がっています。
 昔の中国には「白馬は馬ではない」と主張した人がいました。主張したのは公孫龍という人ですが、その理由は、「もし『白馬がいること』と『馬がいること』が同じなら、すべての馬は白馬ということになる。したがって『白馬がいること』と『馬がいること』は同じではない。『白馬がいること』と『馬がいること』が同じではないのだったら、白馬は馬ではない」です(「白」は色の概念で「馬」は物の概念。「白馬」は「色」と「物」が合わさった概念。したがって「白馬」と「馬」は概念の種類が違う、という説明もありますが、私の好みは括弧の前に書いたものの方です。と言っても、どちらも出典は忘れているので歴史的に正しいかどうかの保障ができないのが残念ですが)。
 しかし、ゼノンのパラドックスと同様、「え? おかしいぞ」と思いつつ、その理由を見るとなんだか説得されてしまいそうになります。ついでですが荘子はその主張に真っ向から反論せずに、こんな批判をしているそうです。「そういう論理は詭弁であり、口から出る言葉の力で人の説に勝つことができても、人の心を感服させることはできない」。

 私は「風邪薬」というものはない、とお題を出してみましょう。これのリクツは簡単です。「風邪とは様々な病原体による様々な症状の複合体で『風邪』という単一の「病気」や「症状」があるわけではない。したがって『風邪薬』なるものは存在しない」。
 さて、何か反論は?


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2010.01.31 06:36 |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(一般)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 1

動く地球・動く大陸

 「それでも地球は動いている」これはガリレオ・ガリレイ(1564-1642)が語ったとされる有名な言葉です。もっとも、宗教裁判所で拷問道具を見せられて自説を「撤回」したばかりの人間がうっかりこんなことを人に聞こえるように呟くとは思えません(もし聞こえたら裁判所の出口から即座に被告席にUターンまたは拷問部屋に直行です)から実際に彼がこのように呟いたかどうか、私は疑問には思っています。心の中では叫んでいたでしょうけれど。
 最終的に天動説は地動説に破れガリレオ・ガリレイは「勝利者」になったわけですが、このことを指して「科学の真理は、はじめは無視・反対され、次に迫害され、最後には『そんなことは10年前から知っていた』と述べる多数派によって支持され逆に否定派が迫害されるようになる」と皮肉っぽく述べた人もいます。(そうだ、ガンジーの「最初、彼らはあなたを無視する。次に、彼らはあなたを嗤う。その後、彼らはあなたに戦いを挑んでくる。そして、あなたは勝つだろう。」の方が学問的ではないけれど“感動的”ではありますね)
 ただ、その道のりは平坦なものではありません。天動説絶対の世界でコペルニクスが異議を唱えたのは1543年ですが、ニュートン(1647-1727)の仕事が完成するまで天動説は実はしぶとく生き続けていました。
 科学の世紀に生きている我々は科学的真理とは絶対的なものだと思いがちですが、なぜその「正しさ」が認められるのにこんなに時間がかかる手続きが必要だったのでしょうか。昔の人間が迷信深くバカだったから?  そうではありません。
 たとえば20世紀、ほんの数十年前には「大陸移動説」はトンデモ理論でした。1912年にウェゲナーが唱えたこの説は1960年代まではただの珍説として無視・反対・迫害を受けていたのです。ウェゲナーがあげた地形上の証拠(同じ氷河の削り跡が異なる大陸に大洋ををまたいで存在する。氷河の跡が熱帯に存在する)、生物学上の証拠(同じ種の生物や化石が違う大陸の向き合った部分に存在する。珊瑚の化石が北に存在する)、その他当時彼が入手できた「すべての地球科学(測地学、地球物理学、地質学、古生物学、動物地理学、植物地理学、古気候学)」の証拠の数々は「論評にも値しない」と切り捨てられていました。ところが海底の磁気など新しい証拠が見つかりプレートテクトニクス理論によって大陸移動が「真実」に昇格すると……今大陸移動に反対する人間がいたら「そんな人間は学問をやるに値しない」と切り捨てられてしまうでしょう。
 つまり、昔の人間だけではなくて今(ほんの数十年前)の人間も、ガリレオ・ガリレイを迫害した(そして転向した)人間たちと同じ行動をとっているわけです。したがって「昔の人間はバカだった(今の人間はエライ)」という仮説は否定できます。知的態度はそれほど差がない、といって良いでしょう。やってること(少数派の迫害)も同じですし。

 天動説から地動説への「転向」をパラダイムシフトと表現しますが、詳しくはトーマス・クーンの『科学革命の構造』よりは、『コペルニクス革命』の方がお勧めです。前者はパラダイムについて詳しく書いてありますが、それよりも後者の方が(パラダイムということばはほとんど登場しませんが)パラダイムがいかなるものか具体的にわかります。つまり、天動説が立派な「科学」理論であったのかがよくわかるのです。それは精緻で矛盾がほとんどない理論で実際の天体観測結果ともほぼ合致し、当時の社会を支配していたキリスト教の教義とも強く結びついていたため、理性と信仰の両方から受け入れられていました。だからこそ、それを捨てさせる(パラダイムをシフトさせる)ためには莫大な知的努力と長い時間が必要だったのです。
 大陸移動説に関しては、宗教が無関係だったのと、大陸移動説に対する反対論もまた根拠薄弱な「陸橋説」や「永久不変説」だったのが幸いでした。「状況証拠」は揃っていたので、「常識」をひっくり返されることへの抵抗を破るには、大陸が移動するメカニズムに関して納得できる理論と証拠を示すだけで十分だったからです。ウェゲナーにはその理論がありませんでした。彼は「軽い大陸が硬い海底の上を滑るように進むのではないか」と述べましたが、これでは誰も納得できません。大陸は船でも橇でもないのですから。古地磁気学の進歩と海底の調査でプレートテクトニクス理論が生まれ、「地球の表面は複数のプレートで構成され、それぞれのプレートは移動している。プレート上に乗っている大陸はその結果として移動する(移動させられる)」と言われ、それでやっと多くの人が納得できるようになったのです。

 しかし、なぜ「反対」と「支持」の間に「迫害」がはさまるのでしょうか? もしかしたら、自分が抱いている常識に対する異議申し立てにある種の正しさを感じたときこそ、その「正しさ」を認めないために人は過剰に反応して「(論の)否定」ではなくて「(行動としての)迫害」をしてしまうのかもしれません。逆に言えば、迫害されない異見は結局大したことは言っていないのだ、と言ったらやはり言いすぎでしょうね。現在「反対」「迫害」されているからこれは将来の真理になる、とも言えません。たとえば理論と証拠がなくてただの思いつきで述べていることを否定されたからと言って「迫害されている」と言うのは大げさすぎます。必要なのは、精緻な理論・確かな証拠・多くの人を説得する努力、です。「正しさ」だけで渡っていけるほど(あるいは万人がすぐに自分にひれ伏してくれるほど)世界は甘くはありません。


参考図書
天球回転論』コペルニクス 著、 高橋憲一 訳・解説、 みすず書房、1993年、3600円(税別)
天文対話(上)』ガリレオ・ガリレイ 著、 青木靖三 訳、 岩波書店(岩波文庫)、1959年、★★★★
天文対話(下)』ガリレオ・ガリレイ 著、 青木靖三 訳、 岩波書店(岩波文庫)、1961年、★★★
科学革命の構造』トーマス・クーン 著、 中山茂 訳、 みすず書房、1971年、2600円(税別)
コペルニクス革命』トーマス・クーン 著、 常石敬一 訳、 講談社学術文庫、1989年、1250円(税別)
磁力と重力の発見 3 近代の始まり』山本義隆 著、 みすず書房、2003年、3000円(税別)
大陸と海洋の起源』アルフレッド・ウエゲナー 著、 竹内均 訳、 講談社、1975年(80年4刷)、1500円


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