子供時代、親が電話をしているときに、しきりにお辞儀をしているのが子供心には滑稽にうつりました。電話だから相手に見えるわけではないのに、と。しかし今気がつくと、受話器を持って喋りながら頭を下げている私がここにいます。
人と人が対面でおしゃべりをしている姿を観察すると、動いているのは口だけではないことに気づきます。表情や身ぶり手ぶりを総動員して、「自分が伝えたいもの」を相手に伝えようと人は努力しています。直立不動で口だけ動かす人は、あまりいません。
大統領選挙で、ケネディとニクソンの討論を聞いた人にどちらが大統領候補として優れているかを尋ねたら、ラジオで討論を聞いた人はニクソンの勝ちと判断したけれど、テレビを見た人はケネディの勝ちと判断した、という調査があると聞いたことがあります。それが真実かどうかの根拠を私は持っていませんが、さもありなん、とは思います。
身ぶり/手振りなどのコミュニケーション手段を「nonverbal communication((身ぶりなどの)非言語的コミュニケーション)」と言いますが、この「nonverbal」が非常に多くのものを伝達するのです。
逆に、nonverbalが使えない環境、最近のメールやネットの掲示板では、nonverbalがあれば起きなかったであろうトラブルが頻発しています。「(笑)」とか「w」とかでも、書いた方は「微笑」や「苦笑」のつもりでもそれを読む方が「嘲笑」と取ってしまう、とかはザラです。nonverbalは偉大です。
ところが、身ぶりと音声言語は脳の同一領域で処理されている、という研究結果がありました(「身振りと音声言語は同一の脳領域で処理 ──言語の進化過程を解く鍵に」(メディカルトリビューン))。わざわざ「non」verbalと言っているのに、実はverbalとnonverbalとは脳の中では重なっていたわけです。これは本当に不思議なことです。
人の進化の過程で、音声言語よりは身ぶり・手ぶりの方が先に出現したであろうことは容易に想像がつきます。蜜蜂のダンスよろしく、身ぶり手ぶりで「あちらの方向に何やらがある」と示すのでいろいろ想像しながらついて行ってみたら、そこに一人では運べない鹿が行き倒れになっていた。そこで「鹿」という概念が共有されたらしめたもの。身ぶり手ぶりで「鹿」を示すことができたらこれは「手話」ですが、その時に音声が発せられて、これを「シカ」と呼ぶ、という約束事が共有できたら、音声言語の獲得です。だから進化の過程でverbalとnonverbalは脳の中で重なって発達した。
そんなに簡単ではないでしょうが、大筋はこれでいいんじゃないかな。
そういえば、ミラーニューロン(他者の運動を真似するニューロン)は、ブローカ野(運動性言語中枢)に近いところに位置するんでしたね。
「他者の運動を理解するミラーニューロン」(京都大学)
相手の身ぶりや表情を真似することが、言語にも関連しているのなら、verbalとnonverbalとが同じ領域で処理されるのも当然、とも思えます。これら総てが関連しているのが人間本来のコミュニケーションなのでしょう。
そうそう、こうして「身ぶり」と「音声言語」が脳内で重なり合って処理できるからこそ、「パントマイム」が演技として成立するんですよね。人は演技者の動きを見ながら、おそらく自分の脳内ではミラーニューロンを活動させさらにそこに「言語」を響かせているはずです。
ところで、こうやって文字だけ打つのは、明らかにnonverbalが不在です。だったら、タイプをしながらお辞儀でもしてみましょうか。そうしたら少しは「気持ち」が伝わりますか?
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)
胃癌検診にかかわっていた頃私は「検診で異常なしだからと言って、手放しで安心はしないで下さい。極端なことを言ったら、検査の次の日に癌ができる、ということもあるのですから、早期発見をしたければ定期的な検査をお忘れなく」と言っていました。ところが「検診で異常あり」と言われた人には「この検査は、癌に似たものも全部引っかけますから、精密検査をしたら『癌ではなかった』となることがほとんどです。だから、心配するのは『これは間違いなく癌です』と言われてからにしてください。心配が無駄になりますから」と言っていました。人を心配させようとしているのか安心させようとしているのか、自分でも混乱しそうです。
ところが毎年胃癌検診を受けていてもそれをすり抜ける癌があります。たとえば検査の見落とし・非常に見つけにくい形の癌・進行が異常に速い癌。
見落としは論外ですが、検査には弱点(死角)があります。
バリウムを使うレントゲンでは、胃の緊張が非常に高いと壁の伸展性などがわからないし、前壁の造影が苦手です。また凸や凹は描写できますが、真っ平らな病気は表現が困難です。
胃内視鏡は、なにせすべて肉眼で見られるのですから、平らだろうが凸凹だろうが粘膜に変化があればそれは見えます。ただ、胃の入り口の病変は見つけにくいのです(ファイバーをUターンさせて下から見上げますが、こんどは内視鏡自身が邪魔をしてくれます)。さらに、粘膜の下を静かに這っていくタイプの癌は、内視鏡ではなかなか見つけられません。(バリウム検査だと、胃の壁が広く固くひきつれているのが描写できます)
この「粘膜の下を這っていく」のがスキルス胃癌です。堀江しのぶさんや逸見正孝さんのことを書くと年齢がばれますが、このタイプの違う二人の有名人によって「スキルス」は日本語になったように私は思っています。
困ったことにスキルス胃癌は進行が非常に速く、それこそ最初に書いた「極端なことを言ったら、検査の次の日に癌ができる」場合だと、数ヶ月後には手遅れになっています。
「だったら毎日胃の検査」……これは無茶。遺伝と環境とでの発ガン因子を特定して、このリスクが非常に高い人には厳重な検診、が現実的な手段でしょうか。
人気ブログランキングに参加中です(励みになりますので、できましたらクリックをよろしく)
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)