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転がるイシあたま
中山間地・島・三角州……様々な田舎や町や街を転々として様々な経験をしてきた1950年代生まれの内科医の呟きです(最近はリハ科も兼任しています)。昔の思い出・今の思いなどを、アトランダムに語ります。「次に一体何が出てくるか」と楽しみにしてもらえるようなブログを目指します。
「偉い医師」は存在するが「医師だからエライ」ではない、がモットーの一つです。「先生様」でも「患者様」でもなく、お互いに「さん」で呼び合えるような世の中に、が秘かな望みです(書いちゃいましたけど)。
タイトル履歴
2008年4月に「医師アタマ」という本の存在を知り、あまりに似ているので本ブログのタイトルを「いしあたま(医師頭)」から「転がるイシは苔むさず」に変更しました。ただ、前のタイトルへの愛着捨てがたく、同年5月31日に「転がるイシあたま」に再変更しています。
おかだ
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思いこみ中毒
日本では麻薬は使ってはいけないもの、です。なにしろ「麻薬取締法」というものがありますから。ところで私は「麻薬取扱者免許」というものを持っています。この免許を持った者が「この患者さんには麻薬が必要だ」と特別な処方箋(麻薬処方箋)を発行し、薬局がそれを受けて鍵がかかるところに保管していある麻薬を取り出し、注射なら使ったあとの空アンプルも確認する(誰かがアンプルをポケットに入れて持って帰ったのではない、ということの確認でしょう)、という厳重な手続きをして麻薬の使用がされます。二十〜三十年前には、法的に使いづらいこともあるし、医者の方も「麻薬はコワイ」という意識を持っていて、癌の末期、激痛で他の薬が全然効かない、という時に「麻薬を使ったら寿命が縮むおそれがあるけれど、良いか?」と家族に了承を得て使ったりするようなものでした。(この「麻薬を使うと寿命が短くなる」は、はっきり言って“迷信”でした。注射薬で大量一気の場合にはそうなることもありますが、きちんと管理して使えばそれですぐ死ぬことはありません。むしろ適切な量と適切な用法で鎮痛が上手に得られたらQOLは向上し、かえって寿命が延びることが期待できます。麻薬があまりに日本で嫌われていて、そのために「正しい使い方」を知らない医者が多かったことが問題でした(「多かった」と過去形で書いて良いかな? もしかしたら「まだ多い」かもしれません))
そのためか、麻薬に近いけれど麻薬ではない、という注射薬が当時は内科病棟で愛用されていました。ところがこれ、麻薬じゃないけれど結局麻薬と同じように中毒を起こしてしまうんです。(学生時代に同級生が結石の激しい痛みでその注射を打ってもらって「あれを打たれたらこわいくらい本当に幸せになれるんだ」としみじみ言っていましたっけ)
注射よりも安全な飲み薬の麻薬もありました。ブロンプトンカクテルと言ったと記憶しています。ところがこちらにも難点が。持続時間が短いことと副作用(吐き気と便秘、精神症状(幻覚、錯乱やうつ))です。持続時間の方はたとえば4時間ごとの服用(睡眠中は途中に起きて、というのはいやですから、就寝前には倍量飲んでもらいます)とけっこう忙しい。副作用については吐き気止めや下剤を併用する必要があります。
やがて徐放剤というものが発売されました。これが優れもの。読んで字のごとく、体内で有効成分をゆっくり放出してくれてゆっくり効くので1日2回処方ですみます。副作用も単純なモルヒネ剤よりは少ないので、私はこちらを愛用しています(愛用と言っても、自分にじゃなくて、患者さんにですよ。念のため)。口から飲めない人には坐薬も使います。
そうそう、麻薬と言えば「癌(それも末期癌)の鎮痛」という思いこみがけっこう根強くありますが、塩酸モルヒネが(激痛で他の手段が無効だったら)癌以外の疼痛にも使えることはあまり広く知られていません(実は私も最近まで知りませんでした)。ただし、徐放剤が使えるのは癌だけです。なんでこんな差があるのか、非常に不思議です。日本全体が「麻薬に対する妙な思いこみ」の中毒になっているのかもしれませんが、それはあまり健康的な状態とは言えませんね。
「敵を知り己れを知らば、百戦して危うからず」は孫子の有名な言葉ですが(もとは「彼ヲ知リ己レヲ知レバ百戦シテ危ウカラズ」)、それは麻薬についても言えることでしょう。麻薬についてきちんと知りさらに「己れ」を知れば、さすがに百戦百勝とはいかないでしょうが(残念ながら「人生」や「現実」はそこまで甘いものではありません)、それでもある程度は何とかなるのです。
ただし麻薬は本来「敵」ではありません(「敵」がいるとしたら「病気」でしょう)。医療現場で思いこみが強く知識が弱い愚かな医者が扱ったら、麻薬が「人類に害を為す敵」になるだけ。思いこみによってわざわざ「敵」が作られ、さらに「彼ヲ知ラズ己レヲ知ラザレバ戦ウゴトニ必ズ危ウシ」(これも孫子)となるわけです。
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