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2010.01.25 18:51 |  診療  |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 0

皆殺しの発想

 現代の「エコ」とか「自然は安心、化学合成の農薬は危険」とか、一見真っ当だけどよくよく聞くとまるで信仰告白のように他人の言葉だけを繰り返し言い続ける人々の“元ネタ”(の一つ)は、『沈黙の春』(レイチェル・カーソン 著、 青樹簗一 訳、 新潮社、2001年(08年13刷)、2400円(税別))ではないかと私には思えます。思うだけでは何ですので、この前再読してみました。たしかに数々の「毒物」の毒性列挙は迫力があり、「こんなに毒物まみれになっていたら、人類の将来が心配だ」という感想を持つのも無理はないと思えます。
 ただ、「だから化学物質を一切使うな」とレイチェル・カーソンが極端なことを主張しているわけではありません。彼女の主張の骨子は「ほどほどに」です。ちょっと引用してみましょう。

>>害虫などたいしたことはない、昆虫防除の必要などない、と言うつもりはない。私がむしろ言いたいのは、コントロールは現実から遊離してはならない、ということ。そして、昆虫といっしょに私たちも滅んでしまうような、そんな愚かなことはやめよ──こう私は言いたいのだ。


 「害虫を根絶」という極端な発想を捨てましょう。実際の行なわれている大量無差別の噴霧のかわりに、殺虫剤を使うのなら限定的に効果と副作用を天秤にかけながら行ないましょう。
 これがレイチェル・カーソンの主張です。

 さらに、「害虫は皆殺しにせよ」ではなくて「これくらいなら何とか我慢できるという線で押さえつけておくのがよい」とレイチェル・カーソンは述べます。人間から見たら「害虫」であっても生態系の一部、そこだけ都合良くピックアップして殺すことは困難ですし(殺虫剤散布では他の昆虫も死にます)、もし首尾良くその害虫だけ根絶できてもこんどは生態系に混乱が生じます(たとえばその「害虫」を餌にしていた他の虫や鳥や魚が困るのです)。彼女が求めるのは「平和共存」と言ってよいでしょう。「害虫」とも「毒物」とも人間が共存する世界の構築です。

 「害虫が一匹もいない素晴らしい世界」を求めるのは完全主義です。そのために手っ取り早く殺虫剤を広範囲に撒くのは後先を考えないただの「せっかちな完全主義」。だからといって「ならばいっそ農薬の一切の使用を禁止」……これはレイチェル・カーソンが言うところの「現実からの遊離」の一つである「(極端な)形式主義」と言ってよいと私は感じます。この両者は正反対のことを主張しているように見えますが、「極端を是とする思想」を出発点にしている点で、実は同じ鏡の両面と言えるように私には感じられます。

   ===  ===  =======

 いつものように私は医療のことを思い浮かべています。
 たとえばアトピー性皮膚炎。アトピーを素早く完治させたい、というのは、もしかしたら上記の「せっかちな完全主義」に通じるものがあるのではないでしょうか。「アトピーの存在」を全否定し、“それ”を一秒でも早く消滅させるためならどんな極端な手でも使う、という点での殺虫剤大量無差別散布に似た臭いがします。
 逆に、「副作用がこわいからステロイドを全否定」する、あるいはちょっとひねって「ステロイドの副作用がこわいから、効くか効かないかの少量をだらだらと使い続ける」のは、どちらも「現実から遊離」した「(現実ではなくて「ステロイド」という言葉だけに注目する)形式主義」です。

 私が小児科を習った頃(あるいは卒業後にいろいろ学んだ範囲では)、アトピー性皮膚炎は、ひどい症状の時には強めのステロイドを短期間使用して症状を抑えこむ/かゆみには抗ヒスタミンの飲み薬も使う/落ち着いたら(弱いのをだらだら使うと結局副作用が出るから)ステロイドはさっさと使用を中止してスキンケアで維持する、となっていました。最近では免疫抑制剤(タクロリムスとかシクロスポリン)も使われているそうです。
 免疫抑制剤と言ったらぎょっとしますが、殺虫剤と同様その毒性(副作用)を知った上で使うべき時に使い使うべきでなくなったらさっさとやめる、という態度だったら「損害」は最小限にはできそうに思います(損害はゼロであるべき、とここでも「完全主義」を主張されたら話は立ち往生しますが)。

 東洋医学では「皮膚は全身状態を反映する臓器」という見方をします。つまり皮膚に何らかの症状が出ているのは、皮膚だけの問題ではなくて体内環境の異変を示している、とする考え方です。だとすると皮膚の症状だけを抑えようとするのは(東洋医学的には)ナンセンスということになります。体内から治療しなければならないのですから。ただ、西洋医学では「原因」がわからなければ根本治療はできません。そしてアトピーの場合「原因」以前に「体内に真の原因があるかどうか」もまだ不明瞭。だとしたら対症療法に頼るのもしかたないでしょう。そこで……「これくらいなら何とか我慢できるという線で押さえつけておくのがよい」というレイチェル・カーソンの言葉を私はまた想起します。「皮膚症状を根絶する」のではなくて、ステロイドやタクロリムスなどで症状を“コントロール”して(根治ではなくて)沈静化させ、たまに皮膚症状が悪化することは我慢する=症状悪化が「我慢できる頻度」に押さえ込めることで満足する、という態度ではダメなのでしょうか。そうやって穏やかな時間を稼げれば、その間にとりあえず激しい炎症などが治まることでバランスがある程度回復した体内で何か良いこと(たとえば成長)が起きて結果としてアトピーの症状がさらに出にくくなることが期待できそう、というのは根拠がない主張だから、ダメですか?


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2010.01.25 07:01 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

思いこみ中毒

 日本では麻薬は使ってはいけないもの、です。なにしろ「麻薬取締法」というものがありますから。ところで私は「麻薬取扱者免許」というものを持っています。この免許を持った者が「この患者さんには麻薬が必要だ」と特別な処方箋(麻薬処方箋)を発行し、薬局がそれを受けて鍵がかかるところに保管していある麻薬を取り出し、注射なら使ったあとの空アンプルも確認する(誰かがアンプルをポケットに入れて持って帰ったのではない、ということの確認でしょう)、という厳重な手続きをして麻薬の使用がされます。二十〜三十年前には、法的に使いづらいこともあるし、医者の方も「麻薬はコワイ」という意識を持っていて、癌の末期、激痛で他の薬が全然効かない、という時に「麻薬を使ったら寿命が縮むおそれがあるけれど、良いか?」と家族に了承を得て使ったりするようなものでした。(この「麻薬を使うと寿命が短くなる」は、はっきり言って“迷信”でした。注射薬で大量一気の場合にはそうなることもありますが、きちんと管理して使えばそれですぐ死ぬことはありません。むしろ適切な量と適切な用法で鎮痛が上手に得られたらQOLは向上し、かえって寿命が延びることが期待できます。麻薬があまりに日本で嫌われていて、そのために「正しい使い方」を知らない医者が多かったことが問題でした(「多かった」と過去形で書いて良いかな? もしかしたら「まだ多い」かもしれません))
 そのためか、麻薬に近いけれど麻薬ではない、という注射薬が当時は内科病棟で愛用されていました。ところがこれ、麻薬じゃないけれど結局麻薬と同じように中毒を起こしてしまうんです。(学生時代に同級生が結石の激しい痛みでその注射を打ってもらって「あれを打たれたらこわいくらい本当に幸せになれるんだ」としみじみ言っていましたっけ)
 注射よりも安全な飲み薬の麻薬もありました。ブロンプトンカクテルと言ったと記憶しています。ところがこちらにも難点が。持続時間が短いことと副作用(吐き気と便秘、精神症状(幻覚、錯乱やうつ))です。持続時間の方はたとえば4時間ごとの服用(睡眠中は途中に起きて、というのはいやですから、就寝前には倍量飲んでもらいます)とけっこう忙しい。副作用については吐き気止めや下剤を併用する必要があります。
 やがて徐放剤というものが発売されました。これが優れもの。読んで字のごとく、体内で有効成分をゆっくり放出してくれてゆっくり効くので1日2回処方ですみます。副作用も単純なモルヒネ剤よりは少ないので、私はこちらを愛用しています(愛用と言っても、自分にじゃなくて、患者さんにですよ。念のため)。口から飲めない人には坐薬も使います。

 そうそう、麻薬と言えば「癌(それも末期癌)の鎮痛」という思いこみがけっこう根強くありますが、塩酸モルヒネが(激痛で他の手段が無効だったら)癌以外の疼痛にも使えることはあまり広く知られていません(実は私も最近まで知りませんでした)。ただし、徐放剤が使えるのは癌だけです。なんでこんな差があるのか、非常に不思議です。日本全体が「麻薬に対する妙な思いこみ」の中毒になっているのかもしれませんが、それはあまり健康的な状態とは言えませんね。
 「敵を知り己れを知らば、百戦して危うからず」は孫子の有名な言葉ですが(もとは「彼ヲ知リ己レヲ知レバ百戦シテ危ウカラズ」)、それは麻薬についても言えることでしょう。麻薬についてきちんと知りさらに「己れ」を知れば、さすがに百戦百勝とはいかないでしょうが(残念ながら「人生」や「現実」はそこまで甘いものではありません)、それでもある程度は何とかなるのです。
 ただし麻薬は本来「敵」ではありません(「敵」がいるとしたら「病気」でしょう)。医療現場で思いこみが強く知識が弱い愚かな医者が扱ったら、麻薬が「人類に害を為す敵」になるだけ。思いこみによってわざわざ「敵」が作られ、さらに「彼ヲ知ラズ己レヲ知ラザレバ戦ウゴトニ必ズ危ウシ」(これも孫子)となるわけです。


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