私はテレビをほとんど見ませんが、新聞のテレビ欄は読みます。これはおそらく子供時代に「今日は何があるかな」と新聞をまずテレビ欄から読んでいたのが習慣化されて今に残っているからでしょう。
で今日もそうやって新聞を見ていたら、新番組の紹介があったのでつい読んでしまいました。
「左目探偵EYE」
……えっと……ツッコミの虫がうずうずします。
角膜移植をしたらその目に「不思議な映像」が見える。これについてはそれほどきついツッコミはしなくて良いでしょう。少し昔のヨーロッパでは「人が死ぬ前に見た最後の映像が眼底に焼き付けられて残っている」ことが大真面目に信じられていましたし(「目が語るもの」でちょこっと触れてます。わざわざ改めて読むほどの大したことは書いていませんが)、それをちょいといじくって「角膜移植後に前の人の視覚記憶が見えるようになった」は手塚治虫の短編(「ブラックジャック」だったかな?)でも読んだ記憶があります。ですから「移植によってそこに“焼き付けられたナニモノカの影”が移植された人の目で見える」は(医学的な整合性はともかく)フィクションとしてはアリとしても良い、と私は判断します。
「日本には悪の元締めがいる」……これも正義の味方に対するわかりやすい「敵」ということで、まあ良いです。
私が問題を感じるは「角膜を提供した実の兄が、実は生きていた」です。生きている人の角膜を切り出したんですか? うわぁお。皮膚移植じゃないんですから、それは無茶です。ドナーに片目を失わせるのはあまりに犠牲が大きすぎるし、さらに痛い痛いとっても痛い。さらにさらに、切り出された角膜がその本来の持ち主の視覚情報となんらかの形で(リアルタイムに?)つながっているらしいとは……うわぁあぁあぁあ。せっかく「不思議な映像」につっこまないでおいたのにぃ……(もちろん、光情報を神経情報に変換するのは網膜で、それを視覚情報として処理するのは大脳です。角膜はカメラで言えば、レンズのコーティングとかその前のフィルターの部分。フィルターは「見」てませんよね)
思わず、「一体どうなっているんだ!」とドラマを見たくなってしまったじゃないですか。
……あ、もしかしたらそれがドラマ制作者のねらいだったりして。アクセス数を増やすために不適切な発言を繰り返してブログを炎上させ、その結果「うししし、アクセス数が増えた増えた」と喜ぶ一部ブロガーのように、「ツッコミを入れようと見る人が集まって、視聴率が上がった上がった、うしししし」と喜ぶため? だったら見ないのが正解ですね。あとでどなたか、どんなドラマだったのか教えてくださったら幸いです。とんでもなく素敵にはっちゃけていて、少々の論理的不整合なんかぶっ飛ばすくらい勢いのある番組だったら良いのですが。
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「はじめて」というのは何にせよ印象深いものですが、それは医者でも同じです。私が研修医となって初めて病棟に配属されたとき、すぐに患者さんを数人受け持ちましたが、その内の1人τさんは数日前に心筋梗塞を起こしたばかりの人でした。当時はまだ心臓カテーテルによる治療が行なわれていなくて、詰まってしまった血管はしかたないとあきらめてしばらくは安静を保ち、その後、重大な合併症(心破裂や致命的な不整脈)に怯えながらゆっくり心臓と全身を動かして社会復帰を目指す、というやり方の治療が行なわれていました。(心筋梗塞直後の薬の投与法も変わりました。昔は、ニトログリセリンそれで胸痛が改善しなければモルヒネ、でしたが、今はその前にアスピリンを投与しろと教科書に書かれています)
翌日、病棟をうろうろしていた私に「τさんが大変」と声がかかりました。駆けつけるとτさんはベッド上に横たわって荒い息をしています。何が起きたか本人は覚えていないので回りに聞くと急に全身のひきつけが起きて数秒間で回復した、とのこと(大部屋はこういうときには便利です)。「何が起きたんだ?」と私は思いました。とりあえず診察を始めましたが、脈が乱れています。で、次の瞬間またτさんは全身をきゅーっとひきつけ、同時に脈が触れなくなりました。「本当に、一体何が起きているんだ?」と私はおろおろします。なにしろ医師免許をもらってまだ2日目です。頭の中は真っ白な霧の中をさ迷っている状態。
幸いそこに本来の主治医が飛び込んできました。「全身の引きつけで、脈が触れなくなりました」と私は藁にもすがる気持ちで報告します。さすがベテラン主治医は藁ではありません。0.5秒くらい考えてから、τさんの胸をげんこつでどん。とたんに引きつけがとまり、同時に私の指に脈が触れるようになりました。
Adams-Stokes症候群という言葉があります。心臓が重大な不整脈発作のために血液を送り出せなくなってしまう状態の総称ですが、τさんは、心筋梗塞後の心室細動(心室が細かいふるえが連続する状態になってしまって、どっくんどっくんと大きく動いて血液を送り出すことができなくなってしまう)になっていたのでした。その頃だったらカウンターショック、今だったらAEDが出てくる状況ですが、主治医は手っ取り早く心臓をひっぱたいてとりあえずふるえを元の拍動に戻したのでした(もし戻らなかったらその場で心臓マッサージを始め、カウンターショックの機械を取り寄せることになったでしょう)。
結局その場からτさんはCCUに運び込まれてしまい、私の担当患者さんは1人減となってしまいました。ただ、医者はフットワークが軽く頭の回転が速く決断が0.5秒でできて手が素早く動かないとダメだ、という教訓はしっかりいただきました。今それができているかどうかは……えへへ(笑って誤魔化す おかだ)。
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