私が子供時代には、学校では肝油を飲まされ、家庭の「配給米」には「黄色い米粒」が最初から混じっていました(だから厳密には「白米」ではありませぬ)。その目的は、あまりに貧弱な食生活の国民にビタミン(*)補給。根本的な食生活を豊かにするという根本的な方法ではなくて、手っ取り早く不足している栄養素を部分的に補給しようという政策です。
肝油の正体は、魚類(鱈、鮫、エイなど)の肝臓からの抽出物です。黄色い米粒は、ビタミン強化米。ビタミンをしみこませた米粒を少量米袋に混ぜ込むことで、精米過程で失われたビタミンを白米に“補給”して玄米と同等に戻そう、という作戦です。それだったら最初から玄米を食え、なんてことを言ってはいけません。貧乏なときには「プライド」が食生活(特に主食)に大きく機能します。「うちでは白米を食べている」は重要なことなのです。そういえば「貧乏人は麦を食え」と言って大非難された首相もいましたが、「麦飯」も貧乏人か刑務所で囚人が食べる“貧しい主食”でした。となると今の「雑穀ブーム」は社会が豊かになった証拠と言えますね。奇妙な豊かさかもしれませんが。
まあこれは日本だけの話ではありません。欧米を見てみましょう。19世紀のロンドンで似たことがありました。当時の風潮では「白パンは金持ちの食べるもの」だったため、極貧の者までもが「黒っぽいパンなんか食べられるか」とわざわざ白パンを求めたのです。ただし入手できたのは、「精製された上等な小麦でできた本当の白パン(高価)」ではなくて安い黒っぽいパンを無理矢理(明礬などで)“漂白”した「(偽装)白パン」だったのですが。また、1940年代から小麦粉の製法が工業的に“進歩”して、そのせいで小麦粉に含まれるビタミンが激減しました。そのため、アメリカでは小麦粉にチアミン・鉄・ナイアシンが、英国でも同年代にビタミンBとカルシウムの添加が行なわれています。
※)ビタミンは、水溶性ビタミンと脂溶性とに大別されます。肝油で補給されるのは当然脂溶性ビタミンです。
ついでですが、脂溶性ビタミンは「ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK」で、私は学生時代に「脂溶はダケ(DAKE)、あとは水溶性」と唱えて覚えていました。今にして思うと「デカ(DEKA)」の方が格好良かったなあ。もう手遅れですが。
これは常識でしょうが、ビタミンは不足すると病気を引きおこします。AからCに順番に「鳥目、脚気、壊血病」と覚えた人もおられるのではないでしょうか。(私はこれを小学校の家庭科で習ったと記憶しているのですが、ちょっと早すぎます?) そもそもビタミンはその「不足による病気」で発見された歴史がありますから、皆さん「ビタミン不足」を恐れてその補給に努力をします。今でも「ビタミンなんちゃらが何ミリグラム配合」なんて宣伝はよく見ます。だけど、ビタミンの過剰が体に良くないことはあまり広くは知られていないように私は感じています。
ちょっとGoogleで遊んでみましょう。
「ビタミンA 不足」 に一致する日本語のページ 約 2,320,000 件。「ビタミンA 過剰」 に一致する日本語のページ 約 546,000 件。
「ビタミンC 不足」 に一致する日本語のページ 約 1,010,000 件。「ビタミンC 過剰」 に一致する日本語のページ 約 379,000 件。
これが厳密に何を証明しているわけではありませんが、一応の傾向は見える気がします。
先日読書感想(「
読書感想『食品偽装の歴史』/正直者が得をするか」)に書いた『
食品偽装の歴史』(ビー・ウィルソン)にはこんなビタミン過剰症の例が紹介されていました。
・ビタミンDの過剰で1957年スコットランドで子どもたちが、発育不全・嘔吐・衰弱をおこし何人かは死亡した。
・ビタミンCやEを過剰に摂取すると、脱毛や内出血を起こす場合がある(2000年全米医学研究所の報告)。
・2001年ビタミンAの過剰摂取でインドのアッサムで3000人の子どもが病気になった。
・葉酸の過剰摂取はビタミンB12の不足をマスクし、老人の健康を害する(神経損傷)可能性がある。
古くは16世紀にビタミンA過剰による死者の報告もされているそうです(動物の肝臓(ビタミンAが非常に豊富)を食べ過ぎて死んだ、という報告です)。
そうそう、メディカル・トリビューンには「葉酸とビタミンB12を投与すると、肺癌発生リスクが高まった」という報告がありました。(「
葉酸とビタミンB12投与によるがん死亡増加 ──安易なサプリメント摂取に警告」) メカニズムは知りませんが、「過ぎたるは及ばざるがごとし」はビタミンの世界でも“真理”のようです。
こんなことを書くと「じゃあ、何をどれだけ食べれば良いと言うんだ」と血相変えて怒る人がいるのですが、私が言いたいことは単純です。「何ごともほどほどに」。
ついでですが、ビタミン以外にも「不足」「過剰」問題はついて回ります。たとえば「鉄」。これの不足は有名な「鉄欠乏性貧血」ですが、過剰になると
鉄中毒やヘモクロマトーシス(全身の臓器に鉄が沈着して障害を起こす)です。くれぐれも、なにごともほどほどに。せっかく「ほどほど」ということが言えるだけの余裕と知識がある時代に生きていられるのですから。