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2009.11.29 17:06 |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 3

後好き

 「後医は名医」と言います。難しい病気でもタイミングがちょっと遅ければ、診断が付けやすくなりますから“有利”なのです。
 もっと遅く、一部の医療裁判のように情報が全部出揃ってからの「後出しじゃんけん」を好む人もいます。あるいは、今年の新型インフルエンザでの防疫やワクチンでのように予防や対策が「後手後手」に回る人もいます。たぶんどちらも「後」が好きなのでしょう。
 ただし、こういった「後好き」の人は医療現場では困ります。医療の最前線では使い物にならなくて、後方からごちゃごちゃ役に立たないことを言うだけですから。言うだけなら良いのですが、だんだんその声が大きくなるのが、現場では迷惑です。
 なぜ声がだんだん大きくなるか、のメカニズムの一つはこうです。
 「言霊」を持ち出すまでもなく、人の言葉には力がありますが、その力は「言葉そのものの正しさ」だけではなくて「それを言う人」に依存しています。たとえば周囲から非常に信頼され尊敬されている人が「これはこうやった方が良いと思う」と言ったら、それがたとえ小さな声でも周囲は喜んで動くでしょう。ところが信頼も尊敬もされていない人間が「これはこうやった方がよい」と言っても周囲は喜んでは動きません。しかたなくことばに強制力(命令とか処罰とか)をくっつけるか、声を大きくすることになります。
 「回りが自分の言うとおりに動かない」場合、問題があるのは「周りの人間」だと決めつけるのではなくて、「自分は信頼も尊敬もされていないのかもしれない」としみじみ考えた方が良いかもしれません。後悔する前に。それとも「後」悔もお好きですか?


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 「集約化」で日本と世界の一部での火葬について書きましたが、124の国別「おくり方」をまとめて紹介した本を先日読んだので紹介します。
 葬送の方法は世界で種々様々ですが、それはそれぞれの文化の死生観を反映しているからです。「復活」など「遺体」を重要視する文化では、遺体がそのまま保存できるミイラ葬や土葬が基本となります。ただし、「復活」が重要なキリスト教でも、合理性を重んじるプロテスタントでは火葬率がけっこう高くなっています。(本書ではその例として「英国では火葬率が70%」と紹介されていますが、さて、英国教会はプロテスタントでしたっけ?)  カトリックでは土葬が基本です。ただし、物理的な制限(極端な話、墓地の場所がない、など)のことも考えてか、1963年第二バチカン公会議では火葬は解禁されているそうです。
 イスラムも「最後の審判」があるので土葬です。葬列で棺を担ぐのは縁起がよいとされ、通りすがりの人でも飛び入りで棺を担ぐことがあるそうです(最低7歩が決まりだそうです)。日本の「霊柩車を見たら親指を隠せ」とはずいぶん違います。私たちから見たらキリスト教やイスラムと同根のユダヤ教も土葬です。
 「復活」では肉体が“リユース”をされますが、輪廻転生を信じる宗教・文化では話が違ってきます。霊魂は生まれ変わって他のものに生まれ変わるのですから死体はただの抜け殻、ですから川に流そうと燃やそうと魂にはもう関係ありません。墓も無用です。魂が安らかに天に昇るための儀式は重要ですが。なお、インドでガンジス川が聖なる川であるのは、ガンジスの流れが天国に通じていると信じられているからです。
 儒教では先祖崇拝が重要です。儒教と言ったら孔子くらいしか思いませんが、実は日本の葬祭に儒教の影響が非常に強いことが『儒教とは何か』(加地伸行)で指摘されています。インドから中国に伝来した仏教が儒教(と道教)の影響を受けて変化し、それが日本に伝来して日本の神道や先祖崇拝とミックスされたものが、現在の日本の「葬式仏教」になった、というのです。実際『世界の葬送』で紹介されている儒教の葬送儀式は、現在の日本のお葬式によく似ています。ただし儒教では、墓は「陰宅」と呼ばれ(現世の家は陽宅)、魂魄の魂は天へ・魄は地へ行くので、魂のために位牌を/魄のために遺体を土葬したお墓、を準備します。日本では魂魄の概念がないので、土葬を火葬に改めるのはけっこう抵抗なくやってしまいました(昔は日本も土葬が主流でした)。もしかしたら、魂魄のかわりが「ご先祖様」と「骨」への執着なのかな?(本書では「日本人の骨へのフェティシズム」なんて表現をされています)
 以上のようなメジャーではない宗教では、また様々な葬送が行なわれます。本書では124の国別に葬送が簡単に紹介されますが、たとえば日本でも「火葬」「土葬」「風葬」が行なわれていて一律に「日本では」と言えないところを見ると、こういった国別紹介でも“取りこぼし”は多いだろうと想像できます(もちろん本書でもそのことについては誤魔化さずにきちんと述べられています)。
 まるで「葬祭のカタログ」を読んでいるような気分になる本ですが、つくづく世界は広い(様々な文化で成り立っている)ことがわかります。こういった文化一つ一つの違いを心得ておかなければ軽々しく「地球は……」「人類は……」なんてことは言えません。


書誌情報:『世界の葬送』松濤弘道 監修、「世界の葬送」研究会 編、イカロス出版、2009年、1600円(税別)


参考図書:
・『儒教とは何か』加地伸行 著、中央公論社(中公新書)、1990年、720円(税別)

(下の二つは「集約化」にあげたものです)
・『弔ふ建築 ──終の空間としての火葬場』日本建築学会 編、鹿島出版会、2009年、3400円(税別)
・『火葬場の立地』(火葬研究叢書1) 火葬研究協会立地部会 編、日本経済評論社、2004年、2800円(税別)



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