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2009.11.27 17:27 |  仕事 / 職場  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

白衣

 今日は(今日も?)二十世紀の思い出話をいたしましょう。
 ちょっと用事があってふらりとある大学病院にひさしぶりに寄りました。知り合いの講師のPさんと用件の後の雑談をしているとちょうど昼時になりました。「おかださん、食事に行きましょう」ということで学生・職員食堂に二人は向かいます。入り口にずらりと白衣が掛けられています。
「おや、前はこの白衣掛けはなかったですけど」と私。
「ああ、白衣は不潔、ということで、食事時には脱ぐようにお達しが出ましてね」
「あれれ、白衣は不潔でしたっけ?」
「まあ、そう言うことになってますね」
「ふうん、そうなんですか。私は、最近は遠ざかりましたけど、汚れ仕事をするときにはむしろ白衣は脱いで作業衣を来てキャップとマスクで完全装備をしてましたけど。痰やゲロや血液や便を頭からかぶる可能性があるときに、白衣なんか着てられませんから」
「食事時に平気でこんな話ができるのは医者同士だけですね」
「おっと、すみません」
「いや、かまいません。そういや確かに私も白衣を着るのはきれいな仕事のときだけですね」
「ですよねえ。学生の実習のときの白衣はたしかにドロドロでしたけど」
「解剖実習のときの白衣、あれは臭いがしみ込んで、すごかった」
「そのまま大学の食堂に行ったら、怒られました」
「おかださんが?」
「いや、私の友人が」
「そういうことにしておきましょう。私たちは学生食堂だったので、平気でやってましたけどね」
「なんだか、すごい光景を想像してしまいましたけど、そんな状態なら確かに食堂では白衣は禁止、と言われてもしかたないですね。そういえば、うちの病院、最近ナースキャップを廃止したんです」
「へえ、なんか最近流行ってますね」
「ええ、現場の抵抗はけっこうあったんですけど、やっぱり身軽に動くときに邪魔というのと『不潔』というのが効きました。実際に聞いてみるとキャップってほんとに洗濯しませんから」
「帽子はあまり洗濯しませんからねえ。ちゃんと調べたら黴菌がうようよいたりして」
「靴や手袋、そうそう、ネクタイもそうじゃないです?」
Pさんはぎょっとして自分が締めている洒落たネクタイに触りました。そのまま自分の手を見つめます。食堂に入る前に洗った手をもう一回洗いに行こうかどうしようか、という思い入れです。私は見て見ぬふりをしました。
 結局Pさんはそのまま食べ続けます。話題は変わりました。
「そういや最近投書がありましてね」
「……」私はもぐもぐと口を動かすことで返事のかわりとします。
「大学病院の医者の白衣は権威的だから廃止しろ、と言うんです」
「権威的、ですか?」
「白衣着て偉そうにしている、と言うんでしょうね」
「権威ねえ。実験のときにはただの汚れよけだったし、医者になってからも私は肩書きや権威なんぞとは縁がないけれど……だけど、あれれ、ちょっと引っ掛かります。その投書の主、問題にしているのは『医者の白衣』だけなんです?」
「そうです。大学病院の医者の白衣です」
「すると、大学の検査技師や放射線技師や看護婦の白衣は権威的じゃない、ということですね。なあんだ、それだったら問題なのは『白衣』じゃなくて『医者』ですね。要するに文字通り『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』じゃないですか」
「あ、そうですね。だったらいくら白衣のことを考えても、ピンぼけか」
「白衣脱いでも、威張る奴は威張るから、そっちの方を何とかしないと、医者の評判はますます落ちるだけでしょうね。困ったもんです」
「脱いで解決、なら楽だったのに」Pさんは残念そうに笑いました。
「だけど」私はふと思いつきました。「白衣が記号として役に立つこともあります」
「?」こんどはPさんが口をもぐもぐさせて質問のかわりとします。
「緊急事態でわっと人が集まって動いているとき、病院だったらどうしてもそこで指揮を執るのは医者になりますね。実際私の病院ではそうなります。そのとき、全員が顔見知りだったら良いんですけど、そうじゃない状況では、白衣は便利な記号になるんじゃないです? 『この人は医者だ。だから医療的な指示を行なっている』って、一々説明しなくてもすみますから。知人の医者がキャンプに行ったとき、集団蜂刺されだったかな、で走り回ってたら一々『あんた誰?』と問われて説明が面倒だったそうです」
「キャンプに白衣は持っていかないでしょうからね。たしかに少なくとも、ネクタイよりは役に立つ記号ですね」
 Pさんはまだ自分のネクタイが気になっているようです。本当に洒落たデザインなんですけど、アクセントにちょっとラーメンの汁が飛び散ってるのが残念です。


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