「科学技術予算カットに異議 ノーベル賞野依氏らが会見」(朝日)
科学技術予算に関しては「ノーベル賞に無縁の人間が、ノーベル賞受賞者たちに向かって『お前たちの研究なんかには金を出す価値がない』と喧嘩を売った」という極めてわかりやすい“構図”のために新聞でも取り上げやすいのでしょう。「ノーベル賞」というビッグネームの威力はまこと大きいですね。
ただしこういった「世界を一つの“構図”の中に押し込める(そしてそれで何かを理解したつもりになり、何かを決めつける)」行為は、思考停止への簡単な罠でもあります。世間を動かすときにはこういった“構図”が便利なのですが、なるべく思考停止にはならない方が良いと、個人的には思います(良し悪しではなくて好き嫌いの問題ですが。だから「個人的」)。
ところで医療費削減はどうでしょう。「大もうけしている医者からむしり取れ(そうすれば医者を罰すると同時に金も得られる)」という、これまたわかりやすい構図を作ることに成功した側が、そのまま押し切る構えです。それに対して「医療崩壊を防ぎたい側」が「その構図の中」で勝負したら(相手の主張に一つ一つ反論をしていたら)、勝ち目はありません。だって「医者はワルモノ、悪い医者の味方も全員ワルモノ」「金を惜しむためなら医療が崩壊しても良い」という構図で、医者に対する“悪口”のバリエーションは無尽蔵ですから。あとからあとから「医者をやっつけるための口実」は繰り出され、それに一々対応していたら単なる消耗戦になってしまいます。さらにその構図を生かす(その構図の中で動き回る)こと自体が医療崩壊に通じており、医療が崩壊したらそれは結局「医療崩壊を防ぎたい側」の敗北なのです。(銭を惜しむ側はもちろん「勝利宣言」をするでしょう。「金を惜しんだ」は自分の手柄/医療崩壊は医者の責任、として)
ならば“抵抗”を試みましょう。たとえば「iPS細胞が実用化されたら、新しい医療手段が多種多様に出現するからその分医療費が膨らみます。それは困るからiPS細胞の研究はやめるべきだと主張するのですね?」とか。ただしこれは「戦術的な対応」ではありますが「戦略的な構図作り」ではありません。相手の「構図」を無効化するか、あるいはもっとパワーのある新しい構図を提出する(もうちょっと大きな図を描く)必要があるでしょう。ただ、構図が大きいと複雑になり、シンプルな言い回しでは説明できません。口ごもりながらややこしいことを言ったら、対立関係が単純な記事(ワルモノはこいつだ!)を書きたい記者やそういった記事を愛する読者には相手にしてもらえないでしょう。シンプルでインパクトのある言葉によって構成された新しい「構図」が必要なのです。
あまり効果的な言い方は思いつきませんが……そうだなあ、たとえば「金を惜しんで医療を崩壊させるのか」とかを思いついたので取りあえずここにメモしておきます。しかしこれでは明らかに圧倒的なパワー不足です。「大もうけしている医者」に匹敵する感情的パワーを持った“悪口”って、どんなのでしょうねえ。反社会的な「医療崩壊を志す人」って、最大級の悪口に私には思えるのだけれど、不思議となぜかパワー不足。(「死なばもろとも」戦術もあります。「医療崩壊したらそれは金をケチったお前たちの責任だぞ」と大声でアナウンスし続けるの。世間に定着するまでひたすら言い続けます。ただこの場合は医療が崩壊しちゃいますので、あまりこっちはやりたくないなあ。私は医療崩壊は好みませんので)
考えてみたら、2000年のWHO国際ランキングで世界1位と高く評価された日本の医療制度を「WHOなんか無視だ無視」「こんな日本の医療なんか碌なもんじゃない。最低最悪だ」と必死に壊そうとしてきた(そしてそれに成功している)人たちが相手なのですから、生半可な手では通用しないでしょう。
……しかし、金を惜しむ人って、どうして「世界一」が嫌いなんだろう?
もちろん「世界2位」でも「3位」でも、とにかく上の方だったら良いですけど、何もその足を無理に引っ張って引きずり落とさなくても良いでしょうに。
付録:
上記のような“構図”を作る手順を示しておきます。
(1)まずワルモノを決めます。なるべく“味方”が少ない人が望ましい。
(2)次になぜそいつがワルモノであるかを決めます。「なぜワルモノか」の「理由」は、真実でなくても構いません。とりあえずなんとなくそれらしいものでOKOK。「理屈と膏薬は何にでもつく」です)。この1)2)の順番が大切です。間違えても2)を先にしないように。
(3)味方を集めます。
(4)2)の「理由」を示しながら、とにかくワルモノを責めます。そのときただひたすら責めまくるのが肝要です。その際、うっかり反撃を許して「理由」のウソや齟齬が明らかになるとまずいので、権力者を味方につけたり相手を圧倒できるだけの数の“味方”を集めておくことも大切です。もしも「理由」が破綻したらすかさず別の理由を見つけます。1)さえ確保しておけば、いつでも2)から始められるので大丈夫です。むしろいろいろな「理由」が数多く列挙されることで、「そんなにいろんな理由でそいつはワルモノなのか」というイメージを強調する効果も期待できます。(なぜ前の理由が引っ込められたのか、をしつこく覚えている人はそう多くはいません)
学校や職場でのイジメと“構図”はよく似ていますね。
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