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 「病棟の定員」で
>>「法令遵守」が本当に日本のためになっているか、は別の問題とします。個人的には「法令遵守絶対主義」には疑念を抱いていますが、
なんてことを書いたのが自分でも気になっていましたが、タイミング良くそれに関する本を読んだので紹介します。

 私は「談合をする奴らは、社会に害悪をなしている」「ライブドア事件ではホリエモン、村上ファンド事件では村上さんが、悪人」と信じています。
 ところが本書を読んで、この“信じていること”そのものが、「医療崩壊は医者のせい」と信じている人と“同じ穴の狢”ではないか、と気づかされました。
 つまり「マスコミの罠」にはまっている点では同じ構図、と。

 本書はなかなか刺激的で、まずは「談合は悪か?」という立問から始めます。「たしかに談合は社会に悪い影響を与えている。しかし、談合そのものが悪ならなぜそれがずっと存在してきたのか?  また、それを“悪”を断じる法的根拠は?」と基礎に帰り、さらに歴史を振り返って問題を考え始めるのです。
 高度成長期には「地方への利益配分」は「談合システム」を通じて行なわれました。同時にそれは、工事の管理ができない役所を補完し個人献金のかわりに政治献金を流す機能も受け持っていました。法律でも「談合には「犯罪になるもの」と「犯罪にならない談合」がある」と規定されています。昭和16年、談合罪の処罰規定が刑法に導入されたときに「公正なる価格を害する目的」「不正の利益を得る目的」のいずれかが処罰の対象とされているのです。

 談合を「悪」と断じる根拠は「独占禁止法」です。ところがこの法律は「現実」とは乖離しています。同様に「証券取引法」は証券市場の「現実」と、「建築基準法」は「建築現場」と乖離していることが本書では示されます。そしてどの役所も「現実」をきちんと扱う能力も余裕も欠いていることも共通です。ということで「法律と現実の乖離・ズレ」を補うのが「行政指導」であり「民間への丸投げ」です。「その法律を必要とした社会的事情」とか「法の精神」などは一顧だにされません。そして、もしも何かがうまく行かなくなったら、そこで行なわれるのが「犯人捜し」です。明確に言うなら「わかりやすいスケープゴート」。そこで力を発揮するのがマスコミです。記者クラブでたむろしている人たちの出番。「法令遵守」をキーワードにすれば「悪人」は簡単に見つかります。なにしろ最初から「法と現実は乖離している」のですからいくらでも告発するべき人間は見つかるのです。でそういった人を「悪人」として大々的に“売り出”せばよろしい。「法令遵守」だけを問題にする司法と「勧善懲悪」を売り物にするマスコミにとっては、法令と現実の乖離は大変“美味しいマーケット”なのです。

 本書では「だから法令遵守をしてはならない」とは言っていません。「機械的に法令遵守をすることに血眼になるのではなくて、本来の意味の『コンプライアンス』を行なうべきだ。まずは原点である『法に対する社会的要請』に立ち返れ」と言っているだけです。「法律>人・社会」ではなくて「法律<人・社会」の考え方なのかな、と私は感じました。

 例によって話を「医療」に持ち込みます。
 「防衛医療」は「法令遵守」の観点だけからの医療、と言えます。法令や膨大なマニュアルや判例を行動基準としてそれを一言一句守ろうとする態度です。
 だけど、それで本当に現場が回るのでしょうか。(国鉄の遵法闘争を思い出します……ちょっと(相当)古い?)
 さらに問題があります。本書でもその指摘があるのですが、人の注意力には限りがあるので、具体的な法令やマニュアルに個々に対応していこうとすると、結局、根本的なこと・基本的なことから注意が離れてしまうことになります。(ついでに言うと、記憶力にも限界があります。裁判の場だったら「マニュアル第13巻348ページの42行目にこういった場合の対処法が書いてある」という“指摘”はできるでしょうが、救急現場でそれができる(マニュアル全52巻を隅々まで暗記している)人が実在します?)
 さらに大きな問題が。機械的な「法令遵守」は「現実に変化がない」ことを前提としています。「紙に文字で書かれたこと=固定化された現実」が行動規範ですから。社会がゆっくり変化しているときには、ゆっくり法令を改正することで「現実の変化」に対応できるでしょう。しかし医療の現場では「患者はゆっくり急変」しますか?
 さらに「法令を守れ、規則を守れ、マニュアルを守れ」ということばかり言われて、それに従うことばかり考えていると、新たな問題に対応するための能力が失われてしまいます。「文言を守ることに熱心なだけ」の石頭の集団で医療現場がたち行くのでしょうか。

 「『医療崩壊は医者のせい』というマスコミの虚言に踊らされるな」と主張するのだったら、それと同様に「談合」「ライブドア」「村上ファンド」「耐震偽装」「パロマ事件」なども、マスコミのことばを鵜呑みにするのではなく、その背後(根拠となった法律と現実の乖離)にまで視線を届けて自分の頭で考える必要がありそうです。硬くなった頭に刺激を与えてくれる本ではありました。

参考図書;『「法令遵守」が日本を滅ぼす』郷原信郎 著、 新潮新書197、2007年、680円(税別)


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2009.11.22 07:20 |  医療制度 / 行政  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 2

特別な紹介

 「病棟の定員」の後半に書いた「精神病院」という単語から連想が続いて、平成20年度診療報酬改定でちょっと変わったものがあったのを思い出しました。

 「精神科医連携加算」です。内容は「うつ病等の精神障害の患者に対して早期の精神科受診を促すため、身体症状を訴えて内科等を受診した患者について、うつ病等の精神障害を疑い、担当医が診断治療等の必要性を認め、患者に十分な説明を行い、同意を得て、精神科医師に受診日の予約をとった上で患者の紹介を行った場合の診療情報提供料(I)の加算を創設する。」
1回につき200点(2000円)です。

 私が不思議に思うのはまず「身体症状を訴えて内科等を受診した患者」の部分。内科に「私は精神症状があります」と受診する人がいると思います?  内科を受診する人は基本的に精神症状ではなくて身体症状を訴えますよ。そこから精神症状を見抜くのが医者の腕です。
 次に不思議に思うのは、「うつ病を疑ったら精神科に紹介するのは当然だろう」です。実際私はそうしています。うつ病に限らず、せん妄や統合失調症も。強いて言うならこの「精神科医連携加算」では「受診日の予約」が目新しいものですが、開業医だったら電話したら「すぐ来なさい」になることが多いし、予約制の病院でも「そこを何とか」で頼み込んで(泣きついて)即日診てもらうこともあるし、すると形式的には「受診日の予約を取」っていないことになるのかな?
 もっと不思議に思うことがあります。なぜ精神科だけ特別扱い?  どんな紹介でも、専門家に早くかかった方が良いという判断はその人の予後に直結する点で、「特別」はないはずです。なんだか「内科医はどうせ精神科のことなんかわからないだろう」とバカにされている(だから新しい“コスト”を創設してもどうせ利用は少ないはず、だから医療費は膨らまない、という判断がある)のかな、と思いたくなってきました。被害妄想かしら?


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