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2009.10.30 17:27 |  医療制度 / 行政  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 1

原則の不在

 ちょっと長くて申し訳ないし、人のふんどしで相撲を取るようで忸怩たる気分ではありますが、以下の二つの記事を読んでください。(最初のは会員制なので読めない人にはごめんなさい、ですが)
 新型インフルエンザ感染によって明確にあぶり出されてきた日本の厚労省の抱える根本的な問題点についての指摘と改善に関する重要な発言、と私は捉えています。できましたらまずはご一読下さい。

新型インフルエンザ/方針転換は不可避、「分からない」を受け入れるべき--自治医科大学・森澤雄司氏に聞く「これを機に日本の医療の現状を広く議論することが重要」」(m3.com 医療維新)

【新政権の課題】 必要なのは、日本版ACIP(JCIP)!(日本の予防接種をよくするために) 岩田健太郎

 重要なのは、単に「ワクチン行政」についての技術面での話ではないことです。医療行政全般に根本的・構造的な問題点が存在すること、そしてそれを何とかしないと日本の医療がますます壊されていくことが容易に予想できることが問題なのです。

 他人の発言を紹介して簡単に感想をつけるだけですませるのもナンですから、私の言葉での考察も書いておきます。

 日本の官僚機構で問題なのは「原則」ではなくて「規則」の方を重要視する人が多いことです。
 ただそれは理解できます。原則では飯が食えないが規則では飯が食える。原則には罰則はないが規則には罰則がある。
 さらに日本では社会的な決めごとに関して「原則」という言葉が持ち出されるのは多くは“それ”が守られない(守らない)状況の時です。「〜が原則だけど……」「原則的には〜だが……」といったことばはその「原則」が破られることを示しています。「〜が原則だから、守りましょう」と言うと、日本語としてはなぜか違和感が生じたりそう主張する人が敬遠されることが多い。(政治約束の明示であるマニフェストでさえ「政権を取ったから、マニフェストを守る」と党首が言ったら、「何を青臭いことを言っているんだ」と否定的な雰囲気が生じる、という日本の風土の影響かもしれません) 日本社会での「原則」は、まるで道路の最高速度制限のように「たしかに決まりは決まりだが、守る人はいないもんね」の世界のようです(*)。

 しかし、敢えて言いましょう。医療行政で「原則」を欠いたら、国全体が迷走します。今のように。
 「何のために行政を行なうのか」「誰のために行政を行なうのか」「手続きを誰がどう行なうのか」「決定を誰がどう行なうのか」「決定を誰がどうやって広報するのか」「決定の効果を誰がどう評価するのか」「その評価を次の決定にどう生かすのか」「その評価を誰がどうやって広報するのか」……それらの(規則ではなくて)「原則」が明確で、その上で緊急事態にはアドリブで対応するようにすれば良いのです、最初から原則無しのアドリブありき、ではなくて。もちろんこういった「原則」もまた定期的に見直しをします。(こう書くとまるで「アドリブ否定」のようにも見えますが、私はアドリブは高く評価しています。たとえば優秀なジャズプレイヤーや優秀な救急医はアドリブの名手です。ただしそれは、基本がしっかりしていて経験が豊富で結果をすぐに自分にフィードバックする能力を持っている人だからつぎつぎ素晴らしいアドリブが繰り出されるわけで、素人や下手くそな自称プロの行き当たりばったりとは根本的に異世界のものです)
 たとえば今回のような新興感染症は、これからもまた次々登場します。その時にまた「アドリブ」でどたばたをするのではなくて、たとえば専門家会議を招集するのなら、そのとき厚労省の課長が適当に自分の好みで指名したりするのではなくてあらかじめ招集リストを公表しておきましょう。リストの人選に異議や提言のある人は平和なときには公開で討論すればいい。で「いざ鎌倉」となったら、リストの上から順々に電話していって、緊急に駆けつけることができた人だけで専門家会議を開催するのです。そういった人的リストは考えられる緊急事態ごとに作ってあらかじめ公開しておけばいいでしょう。(ところで、厚労省に限りませんが、日本のお役所が大好きな有識者会議、人選の基準と選考の“原則”とその具体的過程は明確ですか?)

 原則・基本方針・戦略、なんと呼んでも良いのですが、ともかくそういったものを「科学」と「政治」で確立した上で公開、さらにその原則を現実化するための手続きに透明性を確保しなければ、結局今の「目先の医療」と「官僚」で行政を推進されるだけになってしまうでしょう。結果は「規則のジャングル」と死屍累々です。


*)道路の最高速度制限は、機械的な一律制限であることに大問題があると私は考えています。道路ごとに“危ない速度”は違うはず。だったら「この道路では自動車がこの速度を超えたら人身事故の確率がどんと増す」速度を道路ごとに明示する、という“原則”を示した方がいいのではないか、と私は考えています。


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2009.10.30 07:19 |  医療制度 / 行政  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 2

ワクチン打ち升た

 あ、打ち間違えた、「打ちました」です。脳になにか来たかな?
 3600円払って、「医療者優先」というふれこみのワクチンを昨日打ちました。散髪しようと思っていたお金が飛んでいきました。この領収書、来年の確定申告で医療費のところに使えるのかな?てなことはさておき、隣の市のある総合病院では看護師さんが3人気分不良で倒れた、なんて噂も伝わってきていたので、ちとびくびくものです。まったく、大規模人体実験なのだから、せめてそのコストは国が少しは負担して欲しいものです(社会的なメリットは国が享受し、リスクは個人が負担するのですから)。さらに言うなら、「説明」もきちんと実験の実施者である国がするべきでは?(それとも「政治主導」だから、説明責任は官僚ではなくて政治家にある、という認識なのかな?  そうだとしても「国の施策についての説明は民間医療機関の民間人がするべきだ」とはなりませんよね)


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