昨年に引き続き、今年も町内会の祭で救護係を務めました。南方の洋上で台風がうろうろしているのが不気味で(雨よりも風でテントが飛んだり柱が倒れたりが嫌なのです)、一週間前から天気予報が気になって気になって。幸い雨は降りませんでしたが、土埃がすごかったのには参りました。もしかして季節外れの黄砂だったのかもしれませんが。今ものどがイガイガしています。
昨年まで何年か町内会の役員だったからこの祭では子ども相手のゲームなどでのお手伝いをずっとやってたので、祭でボランティアをすること自体には慣れています。ただ、昨年から引き受けた救護係はやはり自分の本職と関連するだけに、なんだか「公私混同」をしているようで微妙に変な気分です。今年は役員が役所に集会の届けを出したら「1000人以上も集まるのだったら、ぜひこれを持って帰れ」と言われてAEDを借りて(押しつけられて)きてくれて、もし壊したりなくしたら大変だ、とそちらの方も気になりました。それと、もしAEDを使う状況になったとき、相手が女性だったら胸をはだけるときにどうやって周りを囲うんだろう、とかも……人垣を作ってもらうかブルーシートを使うか、かな。ちょっと心配しすぎかしら。
わが家の斜向かいに住むドクターと二人交代で本部テントに詰めたのですが、幸い暇で暇で困るくらいでした。あまりに暇だったので、食券とおむすびの交換をやったり忘れ物の受付を手伝ったり、結局何のためにそこにいるんだったっけ?になってしまいました。
10月はなんだかやたらと忙しくて、日曜はできたらぐうたらしていたかったのですが、まあ仕方ありません。しかしこれでやっと忙しさは峠を越……さないなあ。先週秋田に行ったと思ったら、こんどは数日後に東京出張があります。台風がそちらの方にぶつからなければいいのですが。ちょっと心配しすぎかしら。
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日本にハブ空港がなくて旅客も貨物も韓国の仁川に奪われているから、日本にもハブを作ろう、という話が浮上しています(話が離陸するかどうかはまだわかりませんが)。そもそもそういったハブを作ろうという発想を欠いて「ここは国際空港」「ここは国内空港」と国内で“棲み分け”をすればよし、としていた発想がなんとも内向きというか国際的視野を欠いていたというか客の不便に知らんぷりというか、何を今更言っているんだろう、のお話です。成田を支えたい人は「国際空港としての“地位”が危うい」という発想のようですが、他の地域に住むただの一利用者の目からは「ハブになれない“国際空港”にこれからどんな価値があるのだろう?」でしかありません。滑走路が何本も24時間使えるのなら利用価値もあるとは思いますが、私自身羽田まで行ってそこから乗り換えて成田まで行くことを思うと、成田までの国内便を増やしてくれたら使えるけれど、さもなければ地元の空港から韓国まで飛んでそこで国際線に乗り換える方がずっと体は楽だろうと思いますぜ。
“機械的な平等主義”とでも表現したくなりますが、あちこちに似た規模の空港を乱立させてその上でそれぞれが生きる道(特徴)を出そうという話には何か無理を感じます。それとも「ドングリの背比べ」「メリハリをつける」ということばは死語なのでしょうか?
実は病院にも私は似たことを思っています。日本では各地に似たような規模の病院をたくさん作っていますが、空港と同じくこちらにも話に無理はないでしょうか。
もちろん「気軽に医者にかかれない国」は良い国とは思いません。「気軽に医者にかかれる」のは良いことです。でも、「気軽に病院にかかれる」はどうでしょう。医者は病院にだけいるわけではありません。病院にかからなくても医者にかかることは可能です。つまり、「気軽に医者にかかれる」と「気軽に病院にかかれる」はイコールではありません。「気軽に医者にかかれる」と「気軽に病院にかかれない」を成立させることは可能です。病院は集約させ、近くの病院が無くなることで「気軽に病院にかかれ」なくなった人たちのために開業医ネットワークを充実させる/集約させた病院は集まった人的資源を活用して各専門家を充実させると同時に開業医ネットワークが不足している地域への巡回診療や救急体制の充実させる(救急ヘリとか救急ホバークラフト、なんてどうでしょう)、を行なったら、日本の医療に関する“国力”は向上するのではないか、と私はやや楽観的に考えています。金銭コストは今よりかかるでしょうが。
……それにもし「医師の強制配置」をするにしても「田舎の診療所で朽ちて果てろ」と言うより、田舎の大病院で腕をふるえ」の方が聞こえが良くありません? まあ「金の亡者」は、金がかかる医療の基本的な整備よりは、「一銭五厘」ですむ「強制配置命令書」の方を好むだろうとは思いますが。
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