「障害は個性だ」という言い方があります。障害を社会的に認知させるためのレトリックとしては有効だと思いますが、はたしてそれが「真実」のどのくらいを言い当てているのだろうか、と先日思いました。
ついこの前、下の子の学校で運動会がありました。私が持ち出したのは8ミリビデオでして、買った当時は最先端でパスポートサイズの最小モデルだったはずなのに、今では古色蒼然重厚長大のしろものに見えます(そもそもパスポートも小さくなってしまいました)。
……それはともかくとして、お目当ての自分の子どもだけではなくて、他の子の競技や全体の雰囲気なども撮影していて、ときに目につくのは障害を持った子どもの姿です(特に走っているときなど)。学校に身体障害だけではなくて知的障害や学習障害や自閉症の子が何人かいるのは知っていますが、やはりそれぞれ動く姿や表情が異なります。もちろん各人が異なるのは障害が無い子と同じこと。つまり「障害は個性」と言うより「健常者にも障害者にも個性はいろいろある」です。当然ですが。
運動会後そのへんを子どもに聞いてみると、「○○君は、去年は全体練習でぜんぜん我慢ができなかったけれど、今年は一緒に練習ができたよ」。つまり成長をしているわけ。「××障害」という固定的なものがその人の「個性」として存在して、それさえ見ればその人のすべてがわかるわけではなくて、人はそれぞれの個性を持っているし、その個性は全体として成長や変化もするものだということでした。つまり「障害は個性だ」の「主語」は「障害」ではなくて「その人」です。
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