「俺はもう50歳だから、平均寿命の80から計算したらあと30年しか生きられない」なんて言う人がいます。もちろんこれは間違いです。それも二重に。
まず「俺」個人が平均寿命の年齢まできちんと生きる(逆に言えば平均寿命を超した瞬間ぽっくり死ぬ)ことは考えられません。ばらつきが必ずあります。だから「単純な引き算をする」行為が間違いです。
「50まで生きた人」の世代でも、「50までに死んだ人」がいくらもいるはずです(私も同級生がすでに何人も鬼籍に入っています)。だとすると「50までに死んだ人」が「平均」をすでに引き下げていますから「50まで生きた人(の多く)」が80を越えて生きてくれないと「平均」がどんと下がってしまうことになります。(もしも1年に子どもが1万人生まれたとして、その半分が0歳で死亡したら、その世代の残り半分が全員100歳まで生きても「人生50年」になってしまいます。だから「平均寿命を延ばす一番手っ取り早い方法」が「0歳で(というか、子どもの間に)死なせないこと」になるのです)
もう一つの間違いは「平均寿命」と「平均余命」の混同です。「平均余命」とは「その年齢の人が平均してこれから何年生きるか」で、「平均寿命」は「0歳児の平均余命」です。
「50歳の人の平均余命」は、それまでに死んだ人は除外して「現在50歳として生きている人」があと何年生きられるかの期待値です。この場合も「平均」である以上それより上と下がないといけませんが、少なくともその数字は「0歳児の平均余命」とは一致しません。
ところでみなさん、ご自分の世代の平均余命、ご存じです?
「日本人の平均余命 平成19年簡易生命表」
※おまけ(日本人の男女別平均寿命)
明治24年(1891)男42歳、女44歳
大正年間は明治とほぼ同じ
昭和10年(1935)男46.9歳 女49.6歳
昭和20年(1945)男23.9歳 女37.5歳
正式な統計ではありませんが、飛騨高山地方で明和8年(1771年)~明治3年(1870年)の過去帳調査では、男27.8歳、女28.6歳。(ただし21歳の平均余命は、男61.4歳、女60.3歳……つまり、それだけ子どもがばたばた死んでいたということです)
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人が忙しく仕事をしていたら、横から口を挟む人がいます。「ここはこうしろ」「それはそうしてはいけない」「今はそれよりもこれをやれ」……私は苛つきます。その“アドバイス”が的確なものだったら問題はありません。しかし、大体ぱっと見ての“アドバイス”は皮相的なものでしかなく、とくにダンドリを無視した口出しは、かえって私の仕事と、私の仕事のあと段階としての別の人の仕事を遅くしてしまうのです。
考えてみたら不思議です。横柄に口を挟む人間は、口は動かしますが手は動かしません。「早くやれ」とは言いますが、実際に私が早くできるように書類の下準備を手伝うとか必要な資料を集めるのに代理で電話をしてくれるとか、とにかく「仕事をするのに必要なこと」は一切しません。もっとも、口を出す人は「ごちゃごちゃ指示することが自分の仕事」と思っているのでしょうから、「自分は口を出すという仕事をしている。おかだは仕事をしている。だから二人で二つの仕事をしている」という計算なのでしょう。しかし私から見たら、「おかだは仕事をしている。お前は後ろで腕を組んで立ったまま(つまり仕事をしていない)。だから二人で一つの仕事をしている」になるのです。実際に「仕事の成果」としてのアウトプットは「一つ分の仕事」です。
口出しをする人が複数になるのも困ります。「甲」の仕事が最優先なのに、「乙」を早くやれ、と口出しする人が例によって後ろで腕を組んで見張っているのでしかたなく「乙」を手っ取り早くすまして「甲」に戻ろうと思っていると、こんどは「丙」を早くやれ、と言いにくる人がいる場合です。面白いのは「乙」も「丙」も、仕事のダンドリよりも「私」を説得して(あるいは命令して)自分の仕事を早くやらせようとします。この説得を受けている時間、仕事はできません。したがって仕事のできあがりは遅れます。
面倒くさくなったら私は「あんたたちで相談して、どちらが優先かを決めてくれ」と話を投げます。だって急いでいるのは私ではなくて「乙」と「丙」なのですから。でも仕事のできあがりが遅れたら困るのは(とりあえずは)私なのです。で、首尾良く口論が始まってくれたら私はさっさと「甲」をすませることに全力を注げます。
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