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転がるイシあたま
中山間地・島・三角州……様々な田舎や町や街を転々として様々な経験をしてきた1950年代生まれの内科医の呟きです(最近はリハ科も兼任しています)。昔の思い出・今の思いなどを、アトランダムに語ります。「次に一体何が出てくるか」と楽しみにしてもらえるようなブログを目指します。
「偉い医師」は存在するが「医師だからエライ」ではない、がモットーの一つです。「先生様」でも「患者様」でもなく、お互いに「さん」で呼び合えるような世の中に、が秘かな望みです(書いちゃいましたけど)。
タイトル履歴
2008年4月に「医師アタマ」という本の存在を知り、あまりに似ているので本ブログのタイトルを「いしあたま(医師頭)」から「転がるイシは苔むさず」に変更しました。ただ、前のタイトルへの愛着捨てがたく、同年5月31日に「転がるイシあたま」に再変更しています。
おかだ
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読書感想『病が語る日本史』
書誌情報:『
病が語る日本史
』酒井シヅ 著、 講談社学術文庫、2008年、1050円(税別)
発掘された骨からは、その人の健康状態がある程度わかります。たとえば縄文時代の人骨からは、骨折が多かったことやそれが治った跡があることから重傷を負ってもその人が生きられるなんらかの社会システムがあったらしいことが想像できます。弥生時代以降の骨からは、骨結核が見つかるようになります。おそらくその頃大陸から渡ってきたのでしょう。人体が丸ごと見つかった例ではお腹のところの棒状の土(腸のあと)の分析や、トイレ跡の調査から、食べていたものの内容や寄生虫の有無もわかります。
大陸との交流が盛んになると、病気も盛んに持ち込まれるようになります。たとえば新羅に天然痘が流行している時期(天平八年(736))に派遣された遣新羅使は100名の内病気に倒れずに帰国できたのは40名、その直後日本で天然痘が流行を始めました。まずは太宰府管内で。使が帰朝してからは畿内で。当時は発疹が豌豆(えんどう)に似ていることから豌豆瘡(わんずがさ)と呼ばれました。結局この病気で当時隆盛を誇った藤原家の四兄弟が亡くなり、結果として道長が天下を握ることになります。
その道長は糖尿病だったという説が有力ですが、その根拠はいくつかあります。藤原家には「飲水病」が多く発生している/『小右記』によると晩年の道長は盛んに口渇と視力低下を訴えている/『御堂関白記』でも視力低下を訴えている(そういえば『
御堂関白記
』ではたしかに口渇や飲水の訴えはありませんでしたが、最後のあたりで突然「目が見えない」と出てきて唐突な感じがしましたっけ。口渇のことは、わざわざ日記に書くことではないと道長が判断していたのか、それとも一族の命を次々奪った病気に自分もなっていることを書きたくなかったのかな)。さらに肖像でのでっぷり具合とか貴族だから良い物を食べていただろう、ということも傍証として使えます。
日本で最初の脚気患者は、日本武尊だそうです。なんでもその最期が脚気衝心の症状そのものだそうで。確かに記録に表れるのは奈良時代から。平安時代の貴族には結構あるそうです(食事の問題と、記録(日記)が残せたから、でしょう)。鎌倉武士にはあまり見られず(粗食だったのかな)、江戸時代にまた増加します。日露戦争で、陸軍では大量の脚気患者が発生したが海軍ではほとんどなかった、それは食事の差、は有名な話ですが、本書では陸軍軍医監だった森林太郎(森鴎外)の悪口が書いてありません。森の「陸軍は大きなパン焼き釜を持って移動できない(だから海軍のように洋食にはできない)」という主張は、たしかにそうだ、とは思いますが、ならばそこで、脚気がほとんど発生しない外国の軍隊(特に陸軍)がどんなものを食っているのかどうして調査しないのか、とも思います。結局「病気」よりも「米を食う」を優先した、ということでしょうか。
職業病は聖武天皇の時代まで遡れます。天然痘の流行、飢饉、藤原広嗣の乱などで悩んだ天皇が、大仏造影の詔を発します。本体の鋳造には4年かかりましたが、鍍金には5年かかっています。要するに金メッキですが、水銀と金のアマルガムを塗ってから表面を焼いて水銀を飛ばす方法が採られました。大仏殿の中での作業です。当然水銀中毒が多発したはず、と著者は想像しています。聖武天皇は盛んに写経もさせました。朝廷や寺社に写経堂が設けられ、天平年間には専任の写経生の制度が置かれました。一日座ったままひたすら写経の毎日です。写経生の病休願い(正倉院文書)の分析があるそうですが、一番古いのは天平三年、24歳の写経生で「眼精溟濛(がんせいめいもう=眼精疲労?)」の訴えだそうです。数が多いのは足の病、ついで腹の病(赤痢、下痢など)が目立つそうです。足は、座りっぱなしのせいと脚気もあったのではないか、が著者の推測です。
赤痢が日本の史書に登場するのは貞観三年(861)、『三代実録』に京で赤痢が流行って多数死亡、とあります。その後も、赤痢だけの大流行の記録はあまりありませんが、疱瘡などが流行したときに同時に赤痢が流行することが多かったようです。
英国では、都市化・産業化・結核流行がセットとなって18世紀に起きましたが、日本では100年遅れて同じことが起きました。興味深いのは、少し前までの「癌の告知」と同じことが結核で起きていることです。原因も感染経路も知られてはいませんでしたが「肺病」が死病であることは日本人は広く知っていました。そのため「結核であることの告知」には慎重であるべき、というのが明治の日本での主な論調だったのです。『
不如帰
』(徳富蘆花)によって結核には「ロマンチック」のレッテルが貼られました。しかし実情は『
女工哀史
』(細井和喜蔵)の方でした。
19世紀末に、インド(カルカッタやボンベイ)と中国広東省でペストが流行しました。明治29年(1896)ペストが日本に上陸します。ネズミと関係していることは知られていたため、東京市は裸足での歩行を禁止しています。ネズミの糞からうつると信じられていたからですが、逆に日本では当時は裸足で歩く人が多かったこともわかります。東京市はネズミ1匹を5銭で買い上げ、1年半後には300万匹を捕獲しています。もしかして当時の東京は、人よりネズミの方が多かったのかな? さらにインドや香港から、ボロ・古着・古紙などの輸入禁制処置を執りました。それでもペストの進行は止まりません。ちなみに、ノミが病気を媒介することがわかったのは1910年ボンベイのペスト研究所です。
天然痘・脚気・マラリア・コレラ・ペスト・赤痢などが猖獗を極めるとは、どこの国ですか?と言いたくなります。だけど過去の日本のことなんですよね。べつに蘊蓄を極めろ、というわけではありませんが、「自分が知っている日本」が昔からそうであったわけではないこと、そしてこれからもずっと同じであるとは限らないことだけは知っておいた方が良いだろうと思います。何か新しい病気が出るたびに、あるいは過去の病気が復活するたびに、一々驚いて思考停止になるのは、それだけで時間の無駄ですから。
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コメント一覧
「病が語る日本史」私も、以前、読みました。
文庫本にしては、かなり分厚くてびっくりしましたが、
割と、サクサク読めて、面白かったです。
というのも、読めば読むほど、昔は、「子供」が「大人」になるまで、どれほど大変か、この本で知りました。
明治生まれの祖母が、一生懸命ネズミ捕りしていたのは、
そういうことだったんだ...とか、
written by
kei☆
/ 2009.09.20 23:09
飛騨高山地方で、明和八年(1771)~明治三年(1870)の100年間の過去帳の調査では、平均寿命は男27.8歳、女28.6歳。だけど、21歳の平均余命は、男61.4歳、女60.3歳。明らかに子どもの死亡率がとんでもない高さだった、という調査結果も本書にありました。「子どもは死ぬのが当たりまえ」の世界で、人はどんな死生観で生きていたのか、と思ってしまいます。
written by おかだ / 2009.09.21 19:51
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文庫本にしては、かなり分厚くてびっくりしましたが、
割と、サクサク読めて、面白かったです。
というのも、読めば読むほど、昔は、「子供」が「大人」になるまで、どれほど大変か、この本で知りました。
明治生まれの祖母が、一生懸命ネズミ捕りしていたのは、
そういうことだったんだ...とか、
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