「毒を薄めたものが薬」ということばがあります。逆に、どんな良薬でも限度量を超したらそれは毒になります(別に薬でなくても、塩を1トンなめたり水を一気に1トン飲んだら死にますけど)。
ところが、誰がどう見ても明らかに「毒」でも、堂々と薬として流通しているものがあります。たとえばツボクラレン(筋弛緩剤)。もともと運動神経を麻痺させる毒(現地ではクラーレと呼ぶんでしたっけ?)として狩りの時に矢などに塗って使われていたものが現在「薬」として使われています。神経を麻痺させるからその結果呼吸運動が止まるので、ある意味“正しい”使い方とは言えます。
それどころか「毒」と明示してある「薬」もあります。「ボツリヌス毒素」です。これ、強烈な毒です。計算上はボツリヌス毒素1gで約100万人殺せるそうで、地上最強の毒素、とも言われます(青酸カリは経口投与の場合1gで5人“しか”殺せません。もっともマイクログラムレベルで人を殺すためには相当厳密に秤量する必要があるので、ボツリヌス毒素1グラムで100万人ぴったりを殺すのは現実的には無理だとは思いますが)。
日本ではこれまで、痙性斜頚(首の筋肉の硬直で頭が傾いでしまう)や眼瞼痙攣・顔面痙攣に用いられてきました。筋肉を麻痺させることで痙攣や斜頚を改善させるわけです。
ところがハリウッドではけっこうな人気がある毒でした。スターの若返りに愛用されていたそうです。これを注射するとそこが麻痺してしわ取りになるのです。ただし効果は永続的ではなくて、数ヶ月ごとに注射が必要です。一度お客をつかんだら良い儲け口……げふんげふん、何でもありません。
で、日本でも最近“その用途”で使用許可が出ました。保険は効きませんが「眉間の縦皺」を消すために使用することが認められたのです。私の予想では、顔や首筋のあちこちにある「眉間の縦皺」を消すために、様々な人がその使用を求めることになるでしょう。そんなにあちこちに「眉間」があったかどうかは存じませんが、世の中、理屈通りには進みませんから。
そうそう、ドイツでは良性前立腺肥大に対してボツリヌス毒素が有効、という研究があるそうです。何を思って使ってみたのでしょうねえ。
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「映画「赤ひげ」は超人願望の映画だ」という記述を以前どこかで読んで、「なるほど、だから私はこれが好みではないのか」と自分の膝を打ちました。たしかに、スーパーマン医者がすべてを解決、がストーリーの根本にあります。お話としては良いものですし感動もします。でも「超人でなければ解決できない問題が豊富にある社会」では、超人の手が届く範囲だけが良くなりますが、その超人が退場したらすべては水の泡なのです。
凡人が普通に活動することで、超人ではなくてシステムとして対応できるようなもの、それが医療としては望ましい(効率が良く全体に広く行われ効果が長持ちする)ものだと私は強く思っています。私は凡人ですから、それが望ましいと強く強く思っています。
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ニュースでよく「健康保険の不正請求」と言われます。それを見ると「こんなに不正請求をするとは医者は何て悪人なんだ、そんなに金が欲しいのか」と思う人がほとんどでしょう。
私がこれまでに行なったとされた「不正請求」を思い出すままにいくつか書いてみましょう。
・CPR
患者さんが突然意識を失いました。不整脈発作(アダムス・ストークス発作)と判断して即座に心臓マッサージ、心電図で心室細動であることを確認して電気除細動(胸に電気ショックをかけて心臓の動きを戻します。当時はAEDがない時代でした)、それで心拍が回復したので不整脈の薬剤を投与しながら循環器専門の医者の所に救急車で搬送しました。幸い患者さんは助かりました。その治療内容と病名をそのまま書いてレセプトで請求したところ「不正請求」として、処置と薬物が健康保険では一切認められない、という査定でした。
・IVHのビタミン
口から食べられない人には、胃まで管を入れて流動食を流し込むか、太い静脈に点滴用の栄養剤を丸一日かけて点滴する手(IVH)があります。
ところが健康保険では「点滴にビタミンを入れるのは認められない」とされて、公式にはIVHにビタミン剤を入れられない時代がありました(健康保険を使わずに自費ならできますが、健康保険法では同じ疾病に健康保険と自費診療を同時に使う混合診療は禁止されています)。ビタミンを入れたらレセプトで不正請求として査定です。でも、ビタミンを入れなければまずいだろう、と私は査定覚悟で入れてました(で、実際に「不正請求」として査定を受けました)が、素直にお上の言うことに従う医者の下では、ビタミン不足で脳炎が発生して訴訟沙汰になってます。
・経皮酸素飽和度
血液を採取しなくても指先の爪の「色」から動脈血の酸素の量が測定できる簡便で優れた検査です。
21世紀になってからのことですが、「酸素吸入一回につき、酸素飽和度の測定は一回だけ。それ以上は不正請求」として減算を食らいました。
私は「酸素吸入が必要」という患者さんの状態評価判定にまず一回測定します(見た目だけでは間違えることもありますから)。それで体内が酸素不足と確認できたら酸素吸入を始めます。全身状態で吸うべき酸素の量は大体見当がつきますがそれでも間違えることはありますから十五分くらい吸入した後どのくらい体内環境が改善したかの確認のために二回目の測定をします。それで十分改善していたらしばらくそのままで様子を見ますが、改善が不十分だったら酸素の量を増やします。もちろんまた確認のために測定します。
しかし、永遠に酸素吸入を続けて良いわけではありません。酸素をやめても大丈夫な状態になったらさっさとやめます。そのためには「酸素をやめる前」と「やめた後」で血液中の酸素を測定して「酸素吸入をやめても血液中の酸素がそれほど落ちない(酸素吸入をやめても安全である)」ことを確認する必要があります。
さて、どれかまったく不必要な検査がありましたか? どこが不正なのでしょうか? これらすべての検査を「一回だけ」で判定するべきなのなら、一体私はどこで測定をすればいいのでしょうか?
もちろん「医学的にはどうなのか」と健康保険の側に質問したら「必要なだけやるべきだ」と公式に返事をもらえました。そして次の月、レセプトではしっかり「不正請求である」としてまたほとんどすべての回数が削られました。
・血糖
血糖検査の回数が多すぎると査定されたこともありました。患者さんが高血糖発作を起こし、インスリンなどを点滴しながら血糖を測定してはそれに合わせて注入量を加減してちょうど良い範囲に血糖が収まるように調節を続けること三日間。やっと回復しましたが、レセプトでは「血糖測定が過剰である」と「血糖は数回の測定で十分」だと査定されました。
そうそう、動脈硬化の原因になる悪玉コレステロール(LDLコレステロール)を、高コレステロール血症の患者さんで測定したらびしばし査定されたこともありましたっけ。
まだまだあるけど書いていて飽きたのでもうやめます。
健康保険組合から見たら、私は不正ばかりするとんでもない医者のようです。
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