日本の公共事業は、「ハコモノ」に異常に偏しているのが世界に冠(?)たる特徴ですが、その原因の一つに「モノの重視/人の軽視」があると私は考えます。『俺たちがハコを作れば、あとは(自分たち以外の)人がナントカしろ」という発想が基本にあるのではないか、と。とにかく「ハコ」が一番、人はその従属物。あるいは「ハコ」を作る自分たちが一番、他の人間は全部二級市民(あるいはそれ以下)。
この基本発想があるからこそそれを応用して、「医者の強制配置」や「研修医の強制配分」という言葉が生まれてきます。ある種の人から見たら、病院はハコでしかありません。で、ハコに人が足りない/「ハコの従属物である人」は「召集令状」を出せばすぐ集まるはず/あとは召集令状をどうだすかの技術論、というのがそういった人の「基本発想」なのでしょう。
かつて「お前たちは一銭五厘にすぎない」というセリフがありました……ご存じない? 戦前の葉書は一銭五厘でしたが、それと同じくらい召集令状(別名、赤紙)は安く届けられる(実際には役場の人間が一枚一枚届けていたそうです。人件費がかかっていますが、それは表からは見えません)、つまり兵隊の“調達コスト”は一銭五厘程度、という意味です。そのくせ当時の学校では「兵隊さんに感謝しましょう」と「さん」付けで教育が行われていました。「どうせ一銭五厘」だから、陸軍はビンタの嵐・海軍は精神棒、でも市中では「さん」づけで尊ぶように教育……まったく器用なことをやっていたものだと感心します。
日本史で「律令時代の税金は租庸調」と習った覚えがあります。租は稲、調は特産品(だから特産品として布を納めたところが調布)、では「庸」は何かと言えば「労役」です。養老律令の規定では、正丁(成年男子)一人につき1年間に10日の労役(あるいはそのかわりに物納)と定められていました。ここでも基本発想は「人は命令すればいくらでも集まるものだ」です。命令による長距離移動もあります。防人です。東国(といっても、今とは違って、当時の都より東の地域(今の中部地方))の人間に「自力で北九州に行け。そこで3年のお勤めだ。すんだら自分で勝手にわが家に帰れ」の命令です。
古代ローマでも軍役がありました。ただし、ローマ市民にとってそれは「市民としての基本税」でした(他の税金は基本的になし)。さらにローマ市民は最初から正規兵で、軍役を果たした市民は選挙などでも有利な扱いを受けることができました。非ローマ市民は補助兵にしかなれませんが、そのかわり軍役を果たすとローマ市民権を獲得できました(時代によっては生活の場(農場など)も与えられました)。社会制度や人間心理にまで目が届いた優れたシステムと言えます。それにひきかえ日本のは力ずくでずいぶん“野蛮”なものに思えます。
強制をしなくても人が喜んで動く(働く)ようなシステムをつくるか、「見えないものは見たくない」と見える「ハコ」だけ見つめてうっとりとしそこが人手不足だとどうやって強制力(権力)を発揮しようかと血眼になるか、どちらがすぐれた“社会システム”なんでしょうねえ。それともそれは「システムの優劣」ではなくて「システムを設計・運用する人の優劣」?
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かつての日本には、火葬場が非常にたくさん存在していました。大正三年(1914)の衛生年報では、火葬場は全国になんと36156箇所となっています。大正七年(1918)にはさらに増えて37522箇所となりますが、それからは減少の一途で、2007年には5004箇所(そのうち恒常的に使われているのは1711箇所)となっています。
かつて日本では各集落で「野辺の送り」が行われていました。集落の外れにある野焼き場(簡単な火葬炉が地面に設置されていて、薪で火葬するタイプ)に住民総出で遺体を運び、そこで火葬と葬礼が行われていたのです。しかし野焼き場は次々廃止されていきました。その結果が上で述べた数字の変化に現れています。
それは生活の変化(たとえば地域共同体の破壊)の反映でもあり、人々の意識の変化でもありました。火葬場は、地域に必須の共同施設ではなくて「迷惑施設(嫌悪施設)」になってしまったのです。「死を忌避する」という意識もありますが、現実的に「煙やにおいが迷惑」という面もありましたから。
火葬場の煙といえば、『蘭学事始』『解體新書』で有名な杉田玄白や前野良沢らが罪人の腑分けを見学した千住骨ヶ原では死刑執行やさらし刑だけではなくて火葬も行われていました。その煙は、風向きによっては近くの吉原をすっぽり包みました。性の郭を死の煙が襲うわけで視覚的にもなんともはや、ですが、嗅覚的にもものすごい臭いだったはずです。
現代はハイテクの時代です。排ガスを再燃焼させることで無煙無臭化ができる火葬炉が開発され、古い火葬場の象徴だった長い煙突は不要となりました。火葬場の外観はスマートになり、周辺に悪臭をまき散らすことはなくなりました。しかし、かつての、立ち上る煙に手を合わせて「ああ、昇天するんだな」と遺族が納得する、という光景も失われたのです。
現代は「集約化・効率化」の時代でもあります。「非効率的」(一回に一体しか焼けない、時間がべらぼうにかかる、燃料が大量に必要)で「不衛生」な(ふだん野ざらし状態の)野焼き場は次々廃止されて近代的な公営火葬場があちこちに作られました。しかし、「集約化」とは、つまりはそこにあちこちから遺体が集中することを意味します。会葬者が次々訪れてホールは雑然とした雰囲気となり、待ち時間を短縮して処理人数を増やすために火葬炉の回転を上げようと「別れを惜しむ」時間は制限され(場所によっては、炉の前に見送りに入る人の人数制限がある施設もあります)、ホールの雰囲気を壊さないために皆で読経したり賛美歌を歌ったりする行為は制限され、住居から火葬場までの距離は長くなり、火葬場内部での動線も長く複雑になり、職員の労働は増え、結果として人件費(と火葬費)の増大がもたらされます。
公立病院の集約化のことを私は思います。「集約化・効率化」をうたい文句に、単純に施設を大きくし人を集めれば、それで「解決」だろうか、と。私は基本的に中小の公立病院を集約することには賛成です。ただ、やり方に気をつけないと、とんでもなく非効率的な集約になってしまうおそれがある、とも心配しているのです。
人は、感情を持つ動物であると同じに、社会性を持つ存在でもあります。通院にしても入院にしても、病院に行くとき人は自分が属する社会の一部もそこに持ち込んでいます。そのとき、自分が持ち込んだ「社会(の一部)」と、「病院という社会」とがなじめば、患者は安心してそこで過ごすことができるでしょう。しかしそれぞれの社会が衝突をしたら(ことばや習慣やなじみの何かがまるっきり異なる場合)、それだけでトラブルが生じます。それぞれの地域にどんな特殊事情があるのか、それを知るところから始めないと、地方の公立病院の集約は壮大な失敗の連続になる可能性があると思えます。
心配のしすぎでしょうか?
参考図書:
『弔ふ建築 ──終の空間としての火葬場』日本建築学会 編、鹿島出版会、2009年、3400円(税別)
『火葬場の立地』(火葬研究叢書1) 火葬研究協会立地部会 編、日本経済評論社、2004年、2800円(税別)
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