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2009.07.03 06:54 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 2

 他人のノート自分のカルテ

 「カルテは患者の所有物」という主張があります。そこに注ぎ込まれた医者の知識やデータの編集や書いた手間は一切考慮しない(カルテにおいて医者の仕事の価値はゼロである)、という主張に聞こえますが、せめて「共有物」くらいに言えないものか、と私は感じます。
 同じ論法を使えば「新聞記事は取材された人間の個人的所有物」と主張することも可能そうなので、時と場合によってはある意味都合が良い論理とは言えるのですが。

 私は「説明はいらない」と言う人以外には検査データを伝票を見せながら数値とその解釈を説明しますし、「必要ない」と言う人以外には検査伝票(の写し)を渡します。(必要ない人に無理に渡してゴミ箱に捨てる手間をかけさせるのは本意ではありません)  だけどカルテは渡しません。法律で医療機関に保管義務がありますしね。開示請求されたらカルテのコピーは渡しますが、コピー代は頂きます。
 そうやってデータをお渡しした人の中には、ノートに張りつけて整理している人がおられます。さらに少数ですが、グラフや表に整理する人もおられます。この「整理されたデータ」がけっこう重要なのです。各個人で重要なデータだけ経年的に一目でぱっと追えるのは、データが“生きて”います。そして、その作業を自分でやることにも大きな意味があると思います。その手作業を通してカルテ(というかその一部)が“自分のもの”になるのですから(というか、あるデータの塊を本当に“自分のもの”にするためには“自分の手作業”が必要だと私は思っています。あなたは学生時代、他人のノートで試験に合格していました?  もしそうなら、「授業で習った知識」は“あなたのもの”になっていましたか?)。

 こういった「自分の手作業」を重視するのは、ネット以前に育った世代の古い価値観だろうとは思います。今は速読&検索&コピー&ペースト全盛ですからねえ。だけど、私はこの自分の価値観は大事にしたいと思っています。自分の思想自体およびそれを形成するための方法論の「背骨」ですので。


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昔キットラーの著作がありましたね。

ヒットラーじゃないですよ。
written by キンキチホウキッド / 2009.07.03 17:02

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