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 のっけからナンですが、「自閉症は母親の愛情不足や育て方が原因」「自閉症は自閉的な子どものこと」と思っている人は、このエントリーや本書を読む前にちょっと「予習」をしておいた方が良いです。そうだな、とりあえずの入門書として、たとえば漫画ですが「光とともに」を数巻(なんなら第一巻だけでも)読んでおくと少しは自分が自閉症について何を知っていて何を知らないかがわかるかもしれません。ブログ「意味不明な人々-発達障害(ADHD、アスペルガー)と人格障害に取り組む」でも発達障害が扱われていますが、こちらにもやはり「予習」が必要です。単なる思いこみだけで対処できるほど簡単なテーマではありませんので。

 本書は自伝です。著者は、自閉症スペクトラム(これは英国式の言い方で、日本だと「広汎性発達障害」に当たるそうです)に含まれるアスペルガー症候群(簡単に言えば、知的障害を伴わない(自閉症を含む)発達障害)を持っていますが、同時に、数字を見ると色や形や感情が浮かんでくる「共感覚」とサヴァン症候群と側頭葉てんかんも持っています。アスペルガーがあるから他人に共感することが苦手で日常の細かい決まり事へのこだわりや特定のものへの執着や音に過敏だったり予定外のことがあると途方に暮れてしまったりすぐにカッとなる癖があります。サヴァン症候群は、非凡な才能と脳の発達障害の組み合わせですが、著者の場合は数字と語学の天才、と言う形で出てきています。(映画「レインマン」をご覧になっていたら、“あの”レイモンドのこと、と言えばおわかりになるでしょう。ちなみに本書には、レイモンドのモデルになった実在の人物と著者とがアメリカで出会うシーンも登場します。お互いの誕生日を聞いてその曜日をあてることで「同じ種類の人間だ」と心を通わせるシーンは、ちょっとした衝撃です)
 著者自身が生まれる前から話は始まりますが、もちろんそこは両親へのインタビューの成果でしょう(そもそも自閉症の人がインタビューができることがすごい)。しかし、驚くほど早くから著者は自身の記憶を持っています。それは、残酷な外界とそこから著者を守ろうとする本人と家族の物語でもあります(ときには家族さえも著者を傷つける「外界」の一部となってしまいますが)。しかし、子だくさんだから両親とも仕事を辞めて子育てに専念することにした、って……イギリスだとそんな生き方もあるんですね。どうやって食っていたんだろう? 
 アスペルガーという概念がまだ一般的になる前の時代です。日本だったら特殊学級行きかあっさり退学になるか、でしょうに、イギリスでは「ちょっと変わった奴」で、いじめはあるもののちゃんと一般校で18歳まで教育されています。これは著者だけの特殊例なのでしょうか、それともイギリスの一般的なやり方?
 本書のタイトルの通り、彼が数字を見るとこうなります。「1という数字は明るく輝く白で、懐中電灯で目を照らされたような感じ。5は雷鳴、あるいは岩に当たって砕ける波の音。37はポリッジ(お粥)のようにぽつぽつしているし、89は舞い落ちる雪に見える。333のようにきれいな数字もあるし、289のように見映えのよくない数字もある。素数はつるつるした形だからすぐにそれが素数だとわかる」
 かけ算も彼はイメージで行います。たとえば53×131は「53のイメージ」と「131のイメージ」の間の空間の形がその答えだそうです(著者自身が描いた挿絵が載っていますが、いくら見てもどうしてそれで答えが出るのか私は納得いきません)。
 また、言語ではこうなります。「ladderは青く輝いているが、hoopという言葉は柔らかくて白い。フランス語のjardin(庭)はぼんやりした黄色で、アイスランド語のhnugginn(悲しみ)は白地に小さな青い水玉模様がたくさんついている」。共感覚によってこういった言葉からイメージする色と感情が意味とつながることで、著者は十ヶ国語を習得したそうです。(世界で最も難しい言語の一つと言われるアイスランド語は「1週間で習得する(現地で不自由なくぺらぺら会話ができるようになる)」というテレビ局の企画に挑戦して、成功させています)

 2004年に著者はてんかん協会のチャリティイベントでπ(円周率)の暗唱に挑戦します。目標は22500桁。もしこれが日本だったら、「障害者を見せ物にするのか」「もし失敗したら彼には心の傷になる」などの意見(批判・非難)が大声で主張されて、「彼の意向」は無視・邪魔されるでしょう。しかしイギリスでの彼の恋人・家族・友人・てんかん協会などは彼をサポートし、彼は、自身の障害による邪魔(大量の記憶に必要な集中力の持続が続かない(ちょっとのことですぐ注意が逸れる)、人前で大声を出すことが大の苦手、体力面での不安など)を乗り越えての挑戦で、22514桁・所要時間5時間9分のヨーロッパ記録を樹立しました。文字通り「桁外れの人間」です。この暗唱のシーンでの「円周率の数字の列が、次々変わっていく風景に見える」描写は、新鮮で美しくはかなく繊細で、こちらは読んでいて心が何かで優しく洗われる思いがします。(なお、この事実を元に著者を主人公としたテレビドキュメンタリー「ブレインマン」が製作されました)
 本書は「異能の人」の物語に見えます。しかし、その本質は(障害がハンディであると同時にギフトでもある)一人の若者が、まっとうに生きようと苦闘している物語です。安易に一般化するなら、それは私やあなたの物語でもあります。人が生きるとはどういうことか、人間であるとはどういうことか、の謎を解こうとする旅の物語でもあるのですから。
 本書では、ドストエフスキーやルイス・キャロルがてんかんを持った作家として上げられていますが、著者は、チェスタトンが高機能自閉症ではなかったか、とその作品や行動から想像しています。さらにそのチェスタトンの著作に導かれるように著者がキリスト教徒になったと聞いて、「自閉症」と「信仰」が頭の中で容易に結合せず、またまた私は考え込んでしまいました。

 「数字と世界」で私がまず連想するのは、ピュタゴラスです。彼の「神々と悪魔達、観念と形相、全ては数字に支配されている」ということばは、もしかしたらただの観念論ではなくて、本当にピュタゴラスは「そういった世界」を自分の目で見ていたのではないか(共感覚で世界を認識していたのではないか)、と私は想像しています。
 もう一人連想するのはガリレオ・ガリレイです。彼の有名な言葉「哲学は、宇宙というこの壮大な書物の中に書かれてある。この書物は、いつもわれわれの眼前に開かれてある。けれども、まずその言葉を学び、それが書かれている文字が読めるようになるのでなければ、この書物を理解することはできない。それは数学の言葉で書かれているのであって、その文字は、三角形、円、その他の幾何学的図形である。これらなしには、人間はその一語たりとも理解することはできない。これらなしには、人は暗い迷宮の中をさまようばかりである。」(『偽金鑑識官』)はよく「世界(宇宙)は数学の言葉で書かれている」と短く引用されますが、それでは彼の言いたかったことがねじ曲げられているのではないか、と私には思えます。そしてやはり、もしかしたらガリレオ・ガリレイは本当に世界をそのように「見」ていたのではないか、とも思うのです。(蛇足ですが、当時のヨーロッパでは数学はまだ幾何学全盛で(代数学はインドやイスラム世界の得意技)、もしもガリレオ・ガリレイが代数学をしっかり学んでいたら、彼のこの言葉はまた変わっていたかもしれない、と私は考えています)
 もう一つ、古代中国の「五行」のことも私は思います。世界を五つに分類し、それぞれに「色」を配当する発想は、やはり何らかの共感覚の産物ではないか、とも思えるからです。
 私がこんな連想をするのは、私もなんらかの共感覚やアスペルガーの傾向を自分の中に意識しているからかもしれません。「人は皆言語に関してなんらかの共感覚を持っているはずだ。だからこそオノマトペ(擬声語・擬態語)がどの言語でも成立している」という面白い指摘(と、異なる言語間でも似た語感のオノマトペが成立する研究成果の紹介)が本書ではされています。さらに「自閉症スペクトラム」の「スペクトラム」は、自閉症が「正常」とは隔絶された「異常」なものではなくて、それが「正常」と連続的につながっていることを意味しているのです。

書誌情報:『ぼくには数字が風景に見える』ダニエル・タメット 著、 古屋美登里 訳、 講談社、2007年、1700円(税別)



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オカダ先生こんにちは

『ぼくには数字が風景に見える』
面白そうな著作をお教えくださりありがとうございます。

そういえば6月28日は完全数の日でしたね。
written by キンキチホウキッド / 2009.07.02 22:24
 この本は自信を持ってオススメです。

 完全数……6はもちろんすぐにわかりましたが、28はしばらく考える(そして指を折る)必要がありました(^_^;)。
written by おかだ / 2009.07.02 22:46
お返事ありがとうございます。
先生もテンサイ・テンサイといじめられた口なのでしょうか?
↑の先生のご見解には異論がありますが、長くなりますので...。


医師は癲癇(かつて神聖病とも呼ばれた)やミオクローヌスに
ご興味があるのかも知れません。
イスラーム研究の大川周明、ドストエフスキー、ルイス・キャロル、チェスタトンは
個人的に非常に興味がありました。

自閉症については
映画『心の扉』(1992)
キャスリーン・ターナーとトミー・リー・ジョーンズ出演
に示唆を受けました。

ハンニバル・レクター博士は多指症
私は、なんせフェーズ666出してマスので。
ヤヴェーヒントかもしれませんね。

ではまた...、オノマトペテロリストにされそうですので...m(_ _)m。
written by キンキチホウキッド / 2009.07.03 00:15

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