「プラセボ(プラシーボ)」ということばは有名ですが、「ノセボ」って何でしょう?
手軽に調べられるgoo辞書やwikipediaによると、「本当なら無害な物質なのに、患者の否定的な思い込みや心理状態が原因で有害な副作用をもたらす偽薬」だそうです。綴りは「nocebo」。
ただし「本来無害」のところに私はクエスチョンマークです。本当に人類に無害な物質が存在するかどうか疑問に思っているものですから。
新薬の臨床試験では二重盲検法が基準で、新薬と対照薬とが、どちらが使用されているのか被験者にも医者にもわからないようにして効果が比較検討されます。で、プラセボはその対照薬の所に使われることがあります。俗に私たちは「ウドン粉」なんて言いますが、実際には乳糖などのそれを飲んで体に何か薬理的な影響が出るようなものではないものが選択されます。で、このプラセボを使うことによって「薬を飲んだのだから何か良くなるだろう」という患者の期待というか思いこみの分を相殺して新薬の本当の効果を検証することができるわけです。
もちろん、新薬ですから、副作用も出ます。「病気に対する効果はこのくらい、副作用はこのくらい」と評価して、社会に発売できるかどうかの検討がされるわけ。ここで面白いのは「プラセボを飲んだ人の集団にも副作用が出現すること」です。「薬を飲んだ。副作用が出るかもしれない」と心配になっていろいろ起きる、は本当の薬だろうとプラセボだろうと同じです。世の中には「今から注射しますよ」と声をかけただけで(まだ針を刺す前に)「針が刺されるのはいや」と血圧が下がって青くなって倒れる人もいますから、たとえプラセボでも飲んで胃がむかむかしたり気持ちが悪くなる人がいるのは当然でしょう。ところがそういった心身症的なもの以外に、たとえば血液検査で肝機能が悪くなったり貧血検査で異常が出たりの人が出現します。「ウドン粉」を飲んで肝細胞が壊れたり貧血になるのはどう考えても理不尽なのですが、厳然たる事実です。
とりあえず「人体の神秘」で片付けておきますが。(「薬の副作用」の中には「プラセボの副作用」と同じ種類のものも混じっている可能性だけは、指摘しておきましょう)
そうそう、化学物質過敏症の一部にも、「本来無害なプラシーボによって出現する肉体の副作用」も混じっているかもしれません。
人体は神秘の塊です。
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書誌情報:『119 STORY ──救急119番物語』澤田祐介 著、 荘道社、2001年、1600円(税別)
背表紙を見て最初は「119もの短編がおさまった短編集かな」と思いましたが、すぐに「STORY」が単数形であることに気がついて、一人顔を赤らめました。ここに書かなきゃ誰にも知られずにすんだのにね。もちろん本書は「救急」に関する本です。
突然ですが、「トピックスIV 急増する救急需要!〜救急自動車の適正利用の推進〜」(平成19年度 消防白書)を見ると、救急車の出動回数は右肩上がりです。しかし、救急隊員の増加は悲しいほど少ないものです。ここのグラフを見ただけで「このままじゃまずいぞ」と誰でも思えるでしょう。マルサスの「人口は幾何級数的に増えるが、食料生産は算術級数的に増える」も思い出します。
ナポレオンに従ってエジプトに渡った腕の良い外科医(四肢の切断がきわめてスピーディーで、「1本1分」なんて記録も持っている)ラレーは、1798年に「救急ラクダ」を考案しました。ラクダの背中の左右に大きなかごを下げ、そこに怪我人や病人をいれて砂漠を運搬する「軍用システム」です。フランスに戻ったラレーはそのアイデアをそのまま生かし、二頭立ての救急馬車を作り「アンビュランス」と名付けました。
1881年12月8日、ウィーンの歌劇場リングテアトルで火事が起き398人もの人が死亡した事故がきっかけで公的な救急医療制度が創設されます。中心となったのは、眼科医ムンディ・伯爵ウィルツェク(ハプスブルグ家の一員)・資産家ラメツァンの三人でした(余談ですが、このトリオの組み合わせは絶妙だと思います。まったく新しい専門システムを創設しそれを社会に定着させるために必要な条件がすべて入っています)。救急用の車として救急馬車(アンビュランス)も備えられました(蒸気自動車はすでに存在していましたが、馬車の方が採用されました)。それまで救急(馬)車は「軍用」だったのですが、ここに世界初「民生用」の救急車が誕生したのです。
1885年に、ドイツのダイムラーがガソリンエンジンで動く二輪車を、ベンツは三輪自動車を作ることに成功しました。1887年には(自転車用としてですが)ダンロップが空気入りゴムタイヤを発明します。世間では自転車が大ブームとなり、自転車の宣伝のために1903年からツール・ド・フランスが始まりました。タイヤやサスペンションの進歩により自動車の性能も上がり、ウィーンでは1905年に馬車を廃止して救急自動車を採用しています。
余談ですが、ダイムラーが作ったのが二輪車、ベンツが三輪車で、どちらも四輪車ではなかったことから、「ガソリン自動車は馬車にエンジンをつけたもの、ではなくて、自転車にエンジンをつけたもの(目的は「乗って楽しむ」こと)だった」という指摘を荒俣宏がしています(『奇想の20世紀』NHK出版)
もう一つ余談。ゴムタイヤに入っているチューブからの医療用派生品があります。鼠径ヘルニア手術で知られるハルステッドがグッドイヤー社に作ってもらった薄いゴム製手袋です。このエピソードもなかなか人間的で素敵です(ハムステッドが恋をした看護婦が、消毒液で手荒れがひどいため、薄い手袋で彼女の手を守ろうとして開発してもらったのだそうです。手袋のおかげか、二人はめでたく結婚しています)。
こんどは日本のお話が登場します。「続日本後記」には「仁明天皇が、武蔵国に悲田所、太宰府に続命院、相模国に救急院、出羽国に済苦院を作って、飢病者を救護した」とあるそうです。もちろん「救急院」で救急医療をやっていたわけではなくて、西洋の修道院のホスピス(傷ついたり病気となった巡礼者を看護する施設。だからこそ修道院には薬草園が附属していました)と似たようなものだったでしょう。ことばの内容はともかく、日本の文献ではこれが「救急」の初出だそうです。
寛政二年(1790)に出版された『広恵済急方』には、溺れた人などへの「マウス・ツー・マウス」による人工呼吸法が詳しく記載されているそうです。ただ、この知識は世間に広くは広まりませんでした。惜しいなあ。(そういえば、男が腹上死した場合に女は男の口に息を吹き込め、という“救急処置”が書いてある本が江戸時代にあったとどこかで読んだことがありますが、タイトルは忘れました。この本のことかな?)
日本で初めて救急自動車が走ったのは、昭和七年(1932)大阪です。日本赤十字社大阪支部が二台の救急車を使い始めました。公的な救急車はその翌年、横浜市です。配属されたのは山下町の警察署(警察部救急隊)。フォード車で、写真が載っていますが、ナンバープレートに「車急救」と書いてあります。昭和九年には名古屋が救急車を導入しますが、ナンバープレートは「愛99」(これは絶対ねらってやっている、と著者は喜んでいます)。
第二次世界大戦後、警察から消防と救急が分離します(東京の警視庁だけは最初から警察部と消防部を分けていました)。それに伴い、「110番」が警察専用として新設されました。ちなみに日本で統一の「119番」が設けられたのは昭和二年(1927)でした(それまでは、交換手に呼んでもらうか、自分で各救急部門の個別の電話番号を調べて電話するか、でした)。
東京オリンピックの時代は交通戦争の時代でした。救急車の「需要」は急増し、昭和三十八年(1963)に救急業務は各市町村の義務とされます。翌年には「救急病院等を定める省令」が施行されます。救急車の「たらい回し」ということばが登場し、昭和六十二年には省令は改正され、それまで「事故による傷病者」に限定されていた救急車の対象に「急病人」も含めることになったり救急病院の定義が改められたりしました(ここがちょっとオドロキです。それまでは「急病人」を救急車で運ぶ法的な根拠がなかったということですから)。さらにDOA(到着時心肺停止状態)患者の社会復帰率に日米であまりに大きな差があることから、「救急救命士法」が平成三年(1991)に作られました。救急車内で早く救急処置を開始することで、死亡率が下がることを期待したのです。これによって救急車の中での医療行為がいくらか可能になりました。これについては、まだまだ不十分でもっと拡大しても良いとは思いますが、まだ歴史が浅いから焦ってはいけないのでしょう。著者が本書で描く日本の救急の未来像は、実現可能であり、また、実現させなければならないものです。
個人的には「救急車で変な処置をされたので死んだじゃないか」訴訟が起きないことを祈ります。そんな訴訟で救急隊員が有罪になったら、日本全体に悪い影響(たとえば重症患者の死亡率の上昇)が出てしまいますから。
正直言って、救急車に乗るのは苦痛です。横向きになって狭くて固いベンチシートに尻を乗せ、すぐ目の前に横たわる患者をじっと観察していると、容易に車酔いになれます。さらに昔の救急車はサスペンションがふわふわしていて妙な揺れ方をしてくれるか、あるいはバネが固すぎてがたがたがたがた細かく揺すぶられるかで、これでは患者も付き添いも容体が悪くなるぞと言いたくなるものでした。
救急救命士法以後に救急隊員の血圧測定などが許された、という記載を本書で発見して、そういえば昭和の頃には、水銀式の血圧計を車内に自分で持ち込んで中で測定していたっけ、と思い出しました。音がほとんど聞こえないので聴診器はあきらめて触診法でやってましたが。
高規格型の救急車に初めて乗ったときには、とりあえず嬉しかった(たしかベンツのマークがついていたと記憶しています)。天井が高くて点滴が詰まる心配がずいぶん減りましたし、モニターなども充実していました。それに車自体のサスペンションもずいぶん向上していて、「快適な乗り心地」とまでは言えませんが、以前に比べたら雲泥の差ではありました。だからと言って、大喜びで乗り込みたい、とまでは言えませんが。
ただ、救急車の天井が高くなったことは、別の問題を引き起こしています。その分車高も高くなり、古い病院などの車回しの天井とアンテナがぶつかることがあるのです。救急車は道路交通法の規定内に高さをおさめてあるはずですが、建築基準法とは相性が悪いのかな。
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昔(特に戦前)の「学生さん」は「学」がありました。日本の古典はもちろん、西洋の哲学書なども原書を読みムズカシイ議論を平気でやっていたそうです。だからこそさんづけで呼ばれたのでしょう。
北杜夫の「どくとるマンボウ」シリーズを読んでいても、戦後ではありますが、そういった「学」を感じます。彼は旧制松本高校から東北大学医学部に進学しましたが(だからペンネームが「北杜夫」になったのでしょう)、マン・ハイネ・リルケあたりは普通に読んでいますし、父親だからという特殊事情はあるでしょうが斎藤茂吉もよく読んでいます。
※彼のおそらく人生最後の「どくとるマンボウ」になるであろう『マンボウ最後の大バクチ』を読んでいて、あらためて昔の人間の「学」とか「教養」とかの「最低水準の高さ」を感じました。北杜夫自身は韜晦なのか自虐なのか謙遜なのかただのギャグなのか、やたらと「自分は大したことがない」を連発しますが、それでも私よりははるかに「教養」を持っています。(私なんかと比較するのが間違い?(苦笑))
対して今の時代、こんなに情報が満ちあふれている時代に「高等教育を受けている人」の教養はどうでしょうか。「その程度の教養は持っているぞ」と高らかに言える人はもちろん存在しているでしょうが、それが「高等教育を受けている人全体」に言えることかな。
『分数ができない大学生』なんて本までありますが、日本の大学生(高等教育を受けている人)の「教養」の実態はきわめてお寒いものになっているようです。
では、今の大学生に「教養」をつけさせるためにはどうしたらいいでしょう。そういった制度を設計するために、少なくとも私は軽々しく口を挟めないと思っています。なにしろ私は自分の「無教養」になら自信がある口ですから。無教養な人間が「お前たちに教養をつけさせてやる」なんて図は、それは悪い冗談でしかありません。せいぜい、マスコミで報道されたことをすぐ鵜呑みにして「大学では分数の計算を教えろ」とか「アルファベットを教えろ」と言い出したり、あるいは戦前の「教養」に対するイメージから「実存哲学をもっと教えろ」などと強く主張するのが関の山です。
もちろん「主張すること」自体は「言論の自由」で保証されています。ただ、「この現実」を変えるためには、一番簡単な「○○を教えろ」という主張をするだけではなくて、その主張を実現するために必要な教員の手配・空き教室の有無の確認・カリキュラムで他の単位との関係なども具体的に見る必要がありますし、学生のレベル(「それ」を教え込む余裕と素養と必要があるのか)もチェックする必要があります。
さらに、そもそも「教え込む」ことが「豊かな教養」につながるのか、も原則論で検討しておく必要があります。不必要なものなら最初からする必要はありませんから。
=== === =======
以上から医療崩壊について話が滑ります(話を滑らせます)。
日本の医療崩壊について、様々な意見が出されています。しかしその多くは「自分の思い」「自分の利益」のための主張であるように私には見えます。
すごいのは、医学や医療について無知なのに具体的に医療政策について「提言」する人がいること。これは結局「無教養な人間(たとえば私)が日本中の大学の教養課程をどうするかにいろいろ口を出している」「経済学に無知で市場での経験も持たない人間(たとえば私)が、景気浮揚の提言を政府にする」「自動車生産(原材料の手当とか人員配置とかラインの変換とか設備投資計画とか製品の配送とか)に無知な人間(たとえば私)が、トヨタに『プリウスをもっと増産しろ』と気楽に要求する」のと同様の現象に、私には見えます。
もちろん「医療について詳しくない人間は黙ってろ」と言うわけではありません。ただ「自分は医療に詳しくない」「日本の医療を全体として良くしたい」「自分とは違う意見もこの世には存在する」「自分だけ幸せになる、という主張は全体にはよろしくない」「他人の意見は尊重する」「謙虚に学ぶ意欲を持っている」ということくらいはせめてきちんと確認した上で参加して欲しいだけです。自分の意見を通すことにだけ夢中になっている人は、結局「部分最適」(=自分の満足と社会の不幸の両立)しか得られないのですから。
悪い例として、たとえばテレビの「討論番組」なんかを見ていたら、私は吐き気を催してしまいます。わーわーと討論どころか「いかに他人の意見に耳を貸さないか」を競い合っているだけだもの。あのような態度では、他人の足を引っ張ったり何かを破壊することはできますが、何か新しいものを協調して作り上げることは不可能です(ああいった番組からなにか素晴らしい政策や企画が生まれたことがどのくらいあります?)。そもそも「討論」のためには各自が独自の「論」を持ち寄ることが必要ですが、ユニークで面白い「自分の頭で考え、現実化も可能な論」がそれほどたくさん揃ってます?
もしも日本の医療を良くするために会議を開くとしたら、「医療に詳しい人間」「医療制度に詳しい人間」「医療には詳しくないが他の分野には詳しく、さらに医療について知ろうとしている人間」などが集まり、さらにそれらの人「全員」が「他人の意見に耳を傾ける覚悟を持っている」ことが必要です。「お前らは俺の言うことを聞けば良いんだ」ではなくて。もちろん「俺の言うこと」が「とても良いアイデア」だったら周囲は耳を傾けるでしょうが、そこで「良いアイデア」であることの条件として「そのアイデアで描かれる未来図に、自分“以外”の他人の居場所があり、その他人はそこでおおむね笑顔でいられること」が重要です。自分だけ笑顔で他人はみんな暗い顔、なんて論外。それと同時に「実現可能であること」も。
今の日本でそういった(「教養」とコミュニケーション力と柔軟な心とオリジナルの視点を持つ)メンバーを集めることができるだろうか、と私はちょっと首を傾げます。
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大災害のニュースで、死者や負傷者とは別に「行方不明○人」と報じられることがあります。家族や親しい仲の方たちにはいてもたってもいられない思いのニュースでしょう。
ただ、行方不明にも二種類あるように私には感じられます。「医学的に早く見つけるべき行方不明」と「社会的に早く見つけるべき行方不明」です。
前者の代表は、冬山での遭難や船の沈没あるいは大地震などでの倒壊した家屋に閉じ込められた場合などでしょう。低体温もクラッシュ・シンドロームも、発見が早ければ早いほど救命率が上がることが期待できますから、救命のために早く捜索して発見することが望ましい。
後者の代表は、たとえば津波とか大水害かな。この場合の行方不明とは、生死が不明、というか、非常に冷たい言い方ですが「死体がまだ見つかっていない」ということになる可能性が高いでしょう。もちろん生きたまま行方不明になっている、という場合もあり得ますが(津波で家の屋根にしがみついた人が沖合で発見された、という例もあります)、それは前者の行方不明に比較したらずいぶん確率が低くなっているはずです。
そのどちらでも同じように「行方不明者の捜索が最優先」と自動的にしてよいのだろうか、というのが私が抱いている疑問です。
もちろん家族だったら「生死にかかわらず、一刻でも早く見つけてくれ」と思うのが当然です。救助する現場の人間も「全力を尽くして捜索する」と言うでしょう。投入できる人員や資材に余裕があり現場が捜索する人の命に危険が少ない状況ならば「まず捜索に全力」で問題はあまりありません。
でも、使える資源が非常に限られている場合などには「優先順位づけの作業」が必要となるでしょう。そして、「優先するべきことが別にある」と言うのは、現場よりももっと上にいる「責任者」の仕事になるのではないでしょうか。あるいは天候をにらみながら捜索中止の判断をするのも。そういった責任を取りたくないために「全力を尽くす」「全力を尽くせ」としか言わない人は、冷たい言い方で申し訳ないけれど、修羅場での責任者には適していません。
私がこんなことを思うのは、以前火災訓練でトリアージ(急げば助かる可能性の高い人を、もう手遅れの人に優先して病院に運ぶように選別をすること)の担当をやった経験を持っているからかもしれません。あれは、知識を持っているだけと、まねごとの形だけでも実際にやってみるのとでは、全然インパクトが違います。普通の世界での「情」を一切働かせない行動原理で動かなければなりませんから。できることなら、そんな立場に身を置きたくはないものですが、でも、誰かがやらなければならないんですよねえ。
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「紫外線がお肌に悪い」のは確かなことでしょうが、最近の日光の嫌われぶりには「あなたはドラキュラの親戚ですか?」と言いたくなることがあります。太陽光線には、ビタミンDを体内で活性化する(くる病などの予防)という重要な作用もあるし松果体を刺激してメラトニンを分泌させて体内時計の調整をするという「良い」効果もあるのだから、そこまで徹底して一方的に忌避しなくても、と。
「お肌に悪い」の中身は、もちろん美容と健康でしょう。
美容に関しては、妻のヘアスタイルが変わっても化粧が変わっても全然気がつかないというただの鈍感男なので、私には発言資格はありません。
でも健康についてはちょっとは言えるかな。やはり一番怖いのは皮膚癌の発生でしょう。「癌」と聞くだけで「避けなきゃ」と思ってしまいます。
しかしここで二つの質問が思い浮かびます。
1)皮膚癌はそんなに怖い病気ですか?(人を殺す病気としてリスクが高いですか?)
2)日本人に皮膚癌はたくさんできていますか?(日本人全体としてリスクが高いですか?)
1)内臓癌の転移としての皮膚癌は、これは命にかかわります。しかしこれは「皮膚の癌が命にかかわる」のではなくて「内臓癌があちこち転移している状態」が問題です。純粋な皮膚癌は(もちろん全部が全部ではありませんが)基本的にはできたら切除、でよかったはず。アメリカのレーガンさんだったと思いますが、大統領を辞めてしばらくしてだったかな、ニュースに登場して「また皮膚癌ができたので、また取らなきゃいけないんだ」とあっけらかんと言っていたのを私は覚えています。「巨人の星」で星飛雄馬の恋人だった日高美奈が罹った悪性黒色腫なんてものもあるから「皮膚癌は絶対に怖くない」とまでは主張しませんが。
2)紫外線によって皮膚癌ができやすいのは、突然変異によってメラニン色素が減ってしまった人種、つまり白人で、同じ紫外線を浴びても日本人では皮膚癌が発生するリスクはそれほど増えなかったはずです。というか、昔は真っ黒に日焼けして働いていた日本人が、今続々皮膚癌になって倒れている、という話は聞きませんよね。だとしたら、大きな問題は何なのでしょう。(「リスクがある」と「リスクが大」とを、私は分けて考えるようにしています)
それとも、日本人はいつのまにか白人になったのでしょうか。
=== === =======
「百年に一度の経済危機」という言葉をよく聞きます。二十世紀はじめの世界大恐慌のことを意識しての言葉だろう、と思いますが、戦前派の人は違う意見を持っているようです。「戦争中と敗戦後は、日本はもっと悲惨な経済状況だった」と。もちろんそれは「全世界」の話ではなくて、日本(と敗戦国)限定のお話かもしれませんが、ともかく「日本人」にとっては「百年に一度」よりもすごい(そしてそこから復興した)経験があるわけです。
それとも、日本人はいつのまにかアメリカ人になったのでしょうか。
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友人の日記で教わったニュースです。まずはここの写真をご覧下さい。
「脊髄損傷に新治療法――青いラット」
ちなみに、“使用前”のお顔は、こちら。
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=2009072802
人為的に脊髄損傷を加えたラットに「青色1号」という食品色素を早期に投与したら、損傷周囲の炎症が抑えられて数週間後にはかろうじて前進できるまで回復した、とのこと。
これ、効くのは脊髄だけなんでしょうか。もちろん脊髄損傷に(たとえ少しでも)効いてくれたらそれは大変嬉しい思いをする人が多いでしょうが、脳とか末梢神経にも効くのだったら、もっと嬉しい思いができる人が増えそうです。
ただ、問題は、本当に副作用がないのか、です。(長期投与はしないでしょうから、長期毒性はあまり考え……おっとっと、神経細胞に沈着するのなら、やはり考えなければなりません)
それとやはり「全身が青くなる(リアルモードで「ブルーマン」になってしまう)」ことは気になります。この「着色」、一時的なものなんですよね?
回答はこちら
「脊髄損傷に新治療法――解剖結果」
「ブルーラット」でいられるのは1週間限定のようです。しかし脊髄(損傷部位)はしっかり「染色」されています。
「色素をそのまま投与するなんて!」と思う方もおられるでしょうが、化学療法の夜明けを開いたサルバルサンはもともとアニリン系色素から生まれていますし、「色素から薬品」は歴史で見る限りそれほどとっぴなお話ではありません。ただ、染料そのものを体に投与する、というのはなかなか“過激”だと思いますが。
もしこの「薬」を日本で使おうとすると、厚労省はどんな治験を要求するのかな? なにしろ確実に「副作用発現率は100%」ですから(皮膚の青染のことですが)。
そうそう、食品への合成保存料や着色料の使用に反対している人は、人体への着色料の使用にも当然反対するのでしょうね。
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1960年代だったか1970年代に、日本では「喘息患者が吸入薬で死んだ」と言われる例が続出したそうです。救急車が駆けつけてみたら、吸入薬のスプレーを握りしめて冷たくなっていた、といった報道があったそうで「吸入薬の使用 → 喘息死」の“方程式”ができあがったそうです。(ここまでは先輩の話からの過去の再構成)
苦しいから吸入をする → 軽い発作ならそれで楽になる。でも重症発作の場合気管が狭くなっているから薬が中に入らない → 苦しいのが直らないから吸入を繰り返す → 薬は中に入らない → どうしても楽にならないから救急車を呼ぶ → でも手遅れで発見される という話の順序だったのではないか、と私は想像しています。なまじっか軽い発作なら楽になる吸入スプレーだったからそれにしがみついてしまって医者に行くべき時機を失してしまった、と。
「吸入薬と喘息死」
ここにはイギリスの例が紹介されています。
そのため一時喘息治療薬として吸入は人気を失いました。ところが「気管支喘息は気管支の病変。だったら薬が直接ターゲットに届く治療法が悪いわけがない(飲み薬や注射は、肝臓を通って代謝されたり全身にまず行ってしまって副作用を出しやすい)」という発想から吸入療法を粘り強く研究・実戦する人たちがいました。そのせいか、1980年代後半には吸入療法が復権します。「Daily Use(発作の有無に無関係に定期的に吸入を続ける)」と言う言葉を私はその頃知りました。
今では喘息治療の第一選択はステロイドの吸入です。アレルギー学会ではこんな発表もあったそうです。
「吸入ステロイド使用頻度が高い都道府県では気管支喘息死亡率が低い」
「ステロイド」と聞くとそれだけで頭から拒絶する人もおられるでしょうが、吸入の場合全身の副作用は出にくくしかも喘息の“現場”に直接届けられ、病気の本態である慢性炎症に対して効果的、と現状ではこれ以上は考えにくい治療法と私は思っています。
……10年経ったらまた違うことを言っているかもしれませんが(苦笑)。
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今日は何の発作が起きたのか、医者らしい専門用語をむき出しで書きたくなりました。医学の素人衆には、わかりにくかったらごめんなさい。
人間の体で免疫を担当している重要な細胞は、白血球と呼ばれます。厳密には顆粒球とかリンパ球とかありますが、専門家以外にはそんなことを知る必要はないでしょう。幸か不幸か私はその専門家の遠い親戚筋というか専門家もどきのようなもの(って、結局何?)なので言葉くらいは知っていますが……
で、白血球は、たとえばばい菌が体内に侵入したらそいつを殺します。ところが相手がどんどん増えたら、こちらも増員をします。外来などで「白血球が増えているから、感染症です」などと言われた経験を持っている人は多いと思いますが、理屈はわりと単純です。細菌が体内に侵入して暴れていることを、ばい菌そのものではなくて白血球の数から間接的に知っているわけ。ただし、白血病のときなども白血球は異常に増えますが、これを言い出すと話がややこしくなるのでここでは省略します。
ところがその逆で、白血球(特に顆粒球)が異常に減少する状態があります。「顆粒球減少症」と呼びますが、これは困ります。なにしろ免疫の主力部隊がいなくなっているわけですから。私はこれまでに3回この病気を持っている人に出くわしました。確率的にこの病気は100万人に1.0〜3.4症例だそうですが、では「3回の出会い」は多いのか少ないのか、どっちなんでしょう?(どうでもいいことではありますが)
医学的にその状態を作る場合もあります。免疫抑制剤を使用するとか放射線を大量にかけるとか。白血病などの病気で骨髄が破壊されて正常な白血球が減少する場合もあります。免疫システムが抑制される病気や状態ではまず起きると考えて良いでしょう。だけど一般臨床医が気をつけるべきは、感染と薬物です。
感染はもちろん、顆粒球減少症の“結果”必発ですから注意するべきですが、実は顆粒球減少症の“原因”としてもあるそうです。手近の『内科学』(朝倉書店)を開いて「無顆粒球症」の項目をみましたが、感染症は原因リストに書いてあるだけでそのメカニズムについては記述が省略されていました。敵が強すぎて味方の軍隊が全滅した、と解釈したらいいのでしょうかねえ。それとも感染に対する体の反応でサイトカインなどが出過ぎて骨髄で顆粒球(のもと)が破壊されちゃうのかな(これは私の想像なので、信用しないでください)。
で、薬物の副作用としての顆粒球減少症、これも困ります。とにかくアヤシイ薬を全部中止しなければなりません。しかし、もしも感染が原因だったらそちらの治療もしなければなりません。感染かどうかを見るのに一番手軽な検査は白血球数ですが、それが使えません。困りました。
そんなときには、はい、プロカルシトニン!(ドラえもんの口調。お好みでテレビショッピングの口調で読まれても良いです) 2006年に保険に収載されて使えるようになった検査ですが、この存在を知った時に私は感動しました。
「Chest」という雑誌の記事を紹介します。
「Antibiotic Treatment of Exacerbations of COPD
A Randomized, Controlled Trial Comparing Procalcitonin-Guidance With Standard Therapy」
簡単に言うと、プロカルシトニンの数値によって治療に抗菌剤を使うべきか使わなくても良いかが判定できるのです。
感染に詳しくない人間から見たらなんだか手品を見せられているような気分ですが、ともかく役に立つツールのようです。でもねえ……カルシトニン(カルチトニン)は甲状腺から分泌されるホルモンで、骨に働いて血液中のカルシウムとリンの濃度を下げる作用を持っています。で、プロカルシトニンはその前駆物質(化学反応で「その物質」になる前の段階のもの)。なんでそんなものが抗菌剤を使用するべきか否かの判定に使えるのか、私にはわけがわかりません。
……医学の素人が、医者が悦に入ってぺらぺら喋っているのを聞いて「わけがわからない、でもなんとなくアヤシイぞ」と感じているのと同じ境遇かしら?
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「患者のプライバシー」を言い立てることで、病院にいる人全員の目からある特定の人の存在を隠してしまえ(名札を出すな、問い合わせがあっても答えるな、やたらと他人を病院に入れて目撃をさせるな、検査などで移動する場合にも他人に目撃をさせるな)、と主張する人が時々病院に出現します。
もちろん患者本人が「自分は誰にも会いたくない」「誰にもここにいることを知られたくない」と言うのだったら主治医としては(もし医学的にあるいは社会的にそれが妥当なら)その意見は尊重しますが、患者ではない人が本人の意向も聞かずにそういった主張をしているのを聞くと私は不思議な気分になります。
病院への入院は「病気を治す」ことだけが目的ではありません。「患者の社会復帰」も目的の一つです(というか、病気を治療する目的の一つには(どのレベルで可能かは別の問題として)最初から「社会復帰」が含まれているでしょう)。ところが「プライバシー」を理由として患者本人を孤独の世界に追いやるのは「社会からの隔離」の主張であって、結局本人の社会復帰の邪魔をするだけの無慈悲な主張に思えるのですが。
いや、ときどきおられるのです。たとえば長く寝ていて体力が弱っている人に少しでも体力をつけようと歩行練習をしてもらっていると、見ず知らずの人が「よたよた歩いている姿を見られたら恥ずかしいに違いない。誰にも見られないようにちゃんとプライバシーに配慮をするべきだ」なんてこちらに食ってかかる人とか。廊下を人払いしろ、ということなのかしら。それとも歩く姿にモザイクをかけろと?
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「いつになったら梅雨が明けるんだ?」と言いたくなる天気ですが、ついに7月の最終週に突入です。お盆まであと3週間。「旅行が楽しみ」「高速道路は混むだろうなぁ、行く前からうんざり」などと思っておられる方も多いでしょう。
私もカレンダーを見ながら今朝指折り数えてみました。お盆までの約3週間の間に……平日の当直が2回、日曜当直(日勤)が1回、休日出勤が1回、休みを潰しての2泊3日の出張が1回(学会の研修会で、また上京です)……ふう、体が保つかな?
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