いろいろな病気や事故などを見てきていると、「自分だったらこのように死にたいか?」と思うことがあります。もちろん死にたいわけではありませんが、いつかは死ななくちゃいけないわけで、だったら(もし選べるのだったら)少しでも好ましい死に方をしたいものだ、と。
個人的にはぽっくり即死が良いです。だらだら痛かったり苦しかったりするのは、やっぱりいや。だけど、自分には良いとしても、残された家族にはどうでしょう。突然家族が死んでしまったら“心の準備”が全然できません。いろいろなケースを見てきましたが、これはこれでずいぶん辛いものです。
だとすると、老衰はどうかな。自分が自分であることさえ認識できなくなって、家族もあきらめがついた頃にすっと命の火が消える。ただ、これも良いところで死ねればいいのですが、あまりに長期間の看病が必要だと(自分ではもうわからなくなっているにしても)家族の負担が大変です。
なかなか都合良くはいかないものです。だから日本各地に、ぽっくり寺・ぽっくり地蔵・ぽっくり不動・嫁いらず観音・ころり観音・ころり三観音・ぽっくり弁天、などがあるのでしょうね。
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私の親類に、眠るように穏やかに亡くなった方が何人もいます。みな心臓の病気だったようです。
(病名は忘れました...確か、弁が正常に作用できなくなって酸素の多い血液と酸素の少ない血液が混ざってしまい、脳に少しずつ酸素がいかなくなるというような症状だったと聞いてます)
理想的な亡くなり方なのかも、と思いました。
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