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2009.06.29 18:30 |  診療  |  仕事 / 職場  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 7

 しゅじい

 ある救急病院勤務の医師から聞いた話(を“脚色”したもの)です。

 そこの外来も“コンビニ受診”で時間外は目が回るほど忙しいのですが、いつものように夜中過ぎてもくるくる働いていると、病棟から電話が。「入院患者の家族が『主治医から説明を聞きたい』と大声で怒鳴っているので、何とかして欲しい」。
 なにごとかとその医師が駆け上がると、数日前に入院した患者さんの家族が「入院した時に説明を聞いたが、心配だから確認のためにもう一回聞きたい」と。忘れている人のために繰り返しますが、真夜中過ぎです。
 不思議に思って「そういう用件なら昼に来てくれませんか」と言うと「昼は仕事してるに決まっているだろう!」「いや、それなら仕事が済んでからでも。私は今日は当直だからこの時間でもいますが、普段でも夕方遅くまでどうせいますから」「皆と一杯飲むに決まっているだろう! それがやっとすんだから見舞いに来てやったんだ!!」

 昔々、殿様が調子が悪くなると「くすし、くすしはおらぬか」と夜中でも平気で呼びつけることができました。もちろん医者はそのために「侍って」いるから「侍医」なのです。
 で、上記のようなお行儀の悪い人にとって「主治医」とは「いつでも呼びつけることができる、主に自分のためだけに侍っているべき医者 = 主侍医」なんでしょうね。で、そんな無茶な要求をする人に限って自分の要求が叶えられないと、暴れます(たとえ身体的暴力はふるわなくても、言葉で)。きっと“気分は殿様”なのでしょう。でもねえ、殿様には、暴君もいますが明君や名君もいるんですけどねえ。

 べつの「しゅじい」もあります。他の患者は後回しにして、自分を優先的に診ろ(あるいは、重症の人の処置よりも、自分との雑談を先にしろ)などと要求する人も時にいるのですが、こういった人にとって「しゅじい」は「主に自分だけを診る医者 = 主自医」なのでしょう。

 「主侍医」にしても「主自医」にしても、ベースは「自分は殿様である」でしょう。しかし、なぜそんなに自分が世界の中心にいると思えるのかは不思議です。たしかに昔の王侯貴族なら侍医をそのように扱うこともできたでしょうが、皆が平等の健康保険制度を使っておいて自分だけ特別扱いしろ(他人には損をさせろ)とぬけぬけ要求できると考えるとは、ちょっと(いや、相当)図々しくはありません?(というか、真面目な人がお行儀の悪い人のために不利益をこうむることに私は我慢なりません)

 もちろん「侍医」はOK。ちゃんと契約を結べば、ですが。ただし、制度としてはコストがかかりますよ。払います?  そのコストを“節約”するために「聖職」だの「医の倫理」だのを持ち出して人を都合良く安くこき使おうと画策するのは、ただのおケチだ、とクレヨンしんちゃんに言われちゃいますよ、きっと。


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 いろいろな病気や事故などを見てきていると、「自分だったらこのように死にたいか?」と思うことがあります。もちろん死にたいわけではありませんが、いつかは死ななくちゃいけないわけで、だったら(もし選べるのだったら)少しでも好ましい死に方をしたいものだ、と。
 個人的にはぽっくり即死が良いです。だらだら痛かったり苦しかったりするのは、やっぱりいや。だけど、自分には良いとしても、残された家族にはどうでしょう。突然家族が死んでしまったら“心の準備”が全然できません。いろいろなケースを見てきましたが、これはこれでずいぶん辛いものです。
 だとすると、老衰はどうかな。自分が自分であることさえ認識できなくなって、家族もあきらめがついた頃にすっと命の火が消える。ただ、これも良いところで死ねればいいのですが、あまりに長期間の看病が必要だと(自分ではもうわからなくなっているにしても)家族の負担が大変です。
 なかなか都合良くはいかないものです。だから日本各地に、ぽっくり寺・ぽっくり地蔵・ぽっくり不動・嫁いらず観音・ころり観音・ころり三観音・ぽっくり弁天、などがあるのでしょうね。


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