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 「裁判に一般市民の発想を」をいうことで「裁判員制度」が始まりました。メリットとデメリットはありますが、始まった以上は少しでも損害が少なく利益が多いことを祈ります。

 で、それと同じ発想で「医療員制度」を始めるのはいかがでしょう。今の「医療に一般市民の発想を」はあくまで“事後”に(それも結果が良くなかったときだけ)医療の常識やその現場の現実やその患者さん個人の病態の特殊性を無視して、「なんで最善の結果が得られなかったんだ。医者が悪いに違いない」と責め立てるだけのものになっています。だったら「結果」ではなくて「経過」の最初から「関与したい一般市民」に参加してもらったらいいじゃないか、という発想です。「結果」について医者よりも上手に医療の評価ができると自負する人の才能は「ことの発端」から生かさなければ社会的な才能の無駄遣いでしょ。

 さすがに緊急事態で医学的な判断を素人にしろと言うのは無理でしょうから、もっと落ち着いた状態、たとえばインフォームド・コンセントの場面はどうでしょう。いくら医者が「なにか質問は?」と言っても「やはり遠慮が」ということはあるでしょう。だけど他人だったら遠慮はないはず。医療員が患者/家族と相談しながら、疑問をただしていけばいいのです。そして、治療方針の決定場面にまでつきあってもらいましょう。
 結果としてそれで救われる人や満足感が増す人が増えるのなら喜ばしいことです。ただし結果が良くなかった場合には連帯責任といたしましょうね。「口をはさみたい/責任は負いたくない」ではなくて「口をはさみたい/責任も負いたい」という主張をしていただくわけです。

※もちろん、患者には選択の自由と権利があります。「自分は自己決定で行く。他人は交えたくない」という人の場合は、医療員は抜きです。


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2009.06.25 06:56 |  生活 / くらし  |  恋愛 / 結婚  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 4

 住めば都

 人口数千の小さな町(行政区画はたしかに「町」でしたが、実体はいくつかの「村」のゆるやかな集合体……実際にそこは合併して「町」になる前はいくつかの「村」でした)の小さな病院に勤務している時に私は結婚しました。食料品の買い物は山を西へ二つ超えた隣町の小さなスーパーに、銀行に給料を引き出しに行くには北の隣町へトンネルを抜けて車で行く必要があるところで、町内に信号は2ヶ所(小学校の前と中学校の前)だけという立派なへき地でした。彼女は街育ちなのによく来てくれたものだと感謝しています。
 結婚後数年でこんどは地方の小都市に異動となりました。行政区画は「市」でしたが実体は幾つかの町と村のゆるやかな集合体でした(当時「大阪市とほぼ同じ面積で人口は大阪市の百分の一」なんて言われていました)。で、同僚となった医者たちはほとんどが県庁所在地からの赴任で、その奥様方の不満は「こんな田舎!」。ところが私の奥様はきゃぴきゃぴと「歩いていけるところにスーパーがある! 信号がいくつもある! 街灯がある! 銀行もある!!」 ついでに歯医者もパン屋も本屋も鮨屋もありました(私の場合はたとえ小さくても本屋があることがとっても嬉しかったなあ)。ちなみに当時はコンビニはまだありませんでした(今はあります)。用がなかったので調べていませんがたぶん弁護士もいなかったはずです。
 とにかく奥様方の評価が、同じ場所でも正反対となっているのが実に面白かったのを覚えています。住めば都とは言いますが、どの方向からその“都”にやってきたかもけっこう重要なんですね。


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