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2009.05.29 17:38 |  医療制度 / 行政  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

 担保は年金

 「年金を担保にして金を貸す」はたしか禁止されていたはずです。もっとも闇金などはこっそりやっているんじゃないかと私は考えていますが、確証はつかんでいません。
 で、民間業者にはその行為を禁止しているのは日本政府ですが、その政府が「年金から○○を天引きする」というのは、順番を変えただけで実質的には「年金を担保にする」ではありません?

 「厚生年金保険法」第41条「保険給付を受ける権利は,譲り渡し,担保に供し,又は差し押えることができない。」、「 国民年金法」第24条「給付を受ける権利は,譲り渡し,担保に供し,又は差し押えることができない。」、「国家公務員共済組合法」第49条「この法律に基づく給付を受ける権利は,譲り渡し,担保に供し,又は差し押さえることができない。」、「確定拠出年金法」第32条「給付を受ける権利は,譲り渡し,担保に供し,又は差し押さえることができない。」、「確定給付企業年金法」第34条「受給権は,譲り渡し,担保に供し,又は差し押さえることができない。」、とあります。もっともすべての法律でその直後に「ただし……」がついていて、税金やら社会保険料などは国が徴収や差し押さえをして良いとか、滞納者がいたらその親族からは連帯責任で徴収して良いとか、ちゃっかり規定を入れています。だけど「年金を担保にしてはならない」という“法の精神”(年金はまずは受け取った人のもの)にこれらの規定は適っているのかしら。


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書誌情報『ヒトはなぜまっすぐ歩けるのか ──「めまい」とバランスを科学する』小池透 著、 第三書館、1996年、2500円(税別)

 本書は「平衡科学」に関する“教科書”ではありません。欧米の圧倒的な影響の下で独自の研究を行い、世界の方を変えてしまった「日本人の物語」です。

 終戦直前、嬉野海軍病院で見習い尉官檜学が原爆症の診察をするシーンで本書は始まります。終戦後京都大学に戻った檜は耳鼻喉頭科教室に籍を置き、福田精の下でめまいの研究を始めます。福田は先行研究がほとんど無い状況で、人の動きと平衡の研究を行っていました。「どうなっているのか」を調べる前に「どうやってそれを調べるのか」の手法をまず開発(同時にその理論的根拠も確定)しなければならない状態で福田は悪戦苦闘をしていました。
 福田がまず行ったのは、姿勢(具体的には緊張性頚反射(野球の外野手がジャンプして捕球するとき、首を左に捻って左腕を伸ばしたら、右手足は屈曲する))の研究です。マグヌスは、除脳動物や銃創患者で出現するこの反射は正常な大脳では抑制されるとしましたが、福田は正常の動物でもそれが出現することを実験によって示しました。さらに様々な反射が人体に存在していることが本書では紹介されます。ボート・柔道・スキー……なるほど、人体は一つのシステムとして全身が関連しつつ躍動しています。さらにはまるでおまけのように、金剛力士像や風神雷神図まで登場するのですから、こちらは笑ってしまいます。
 福田の次の研究はめまいでした。これは当時の世相と関係があります。本格的な航空戦が行われるようになり、パイロットのめまいが問題となっていたのです。福田はパイロットの平衡機能訓練を提唱します。単なる感覚や生理的な反射ではなくて、訓練によって平衡機能は変化する、と唱えたのです。
 体のバランスは、内耳・視覚・深部感覚・皮膚感覚などによって保たれています。中枢では脳幹が平衡を統括し、小脳が無意識に・大脳が意識的に平衡を維持します。ただし、今書いたのは「現代の常識」であって、福田が研究を始めた頃には内耳が平衡の中心として考えられていました(耳科学者として唯一のノーベル賞受賞者バラニーが作った学問のスキームに全世界が縛られていたのです)。
 福田は研究によってバラニーの説を覆していきます。
 耳の奥の内耳は、聴覚を担当する蝸牛迷路と弊校を担当する前庭迷路から成ります。前庭迷路を構成するのは三半規管(回転加速運動に反応)と耳石器(重力と直線加速運動に反応)です。ここで重要なのは「加速」に反応するのであって「等速運動」では反応はありません。前庭迷路の内リンパ液の運動によって延髄に電気インパルスが伝えられますが、その結果「眼振」(眼球が規則的に揺れる現象のこと。病的なものと生理的なものがある)が生じます(ちなみに眼振が最初に論文に登場したのは1820年のプールキニエ。本書はそこまで話が一時遡ります)。福田らは、眼振の研究から前庭の機能を明らかにしていき、さらに前庭迷路以外にも平衡反射が存在することを明らかにします。また、成長や訓練、病気や外傷によってそれらが変化することも。
 スポーツ選手の成績と動体視力の関係が明らかになったり、乗り物酔いをしにくい姿勢があったり
面白いことも次々登場します。福田の酒仙ぶりも並みではありません。月給を月給日に丸ごと飲んでしまうなんて、奥さんはどうやって生活していたんでしょうねえ。
 昭和30年代には日本では結核が猛威をふるっていました。その治療薬として用いられた硫酸ストレプトマイシンは副作用としてめまいを、ジヒドロストレプトマイシンは副作用として難聴を起こします。岩手医大に教授として赴任した檜はそれらの研究も行いますが、ニワトリをブランコに乗せて訓練すると姿勢制御が上手になるという(素人が外から見たら)面白い研究も行っています。動物の脳波を取ったり筋電図を取ったり、本当に耳鼻科教室なのか、と言いたくなります。実はこのニワトリの姿勢は、柔道の奥義にも通じるのだそうです。
 さらに檜は、頭部外傷後の脳幹障害からのめまいに注目します。頚部の筋緊張と脳幹障害とが悪い循環をつくってめまいを起こすのではないか、という仮説は学会で無視されますが(なにしろ「耳鼻科の話題」には見えませんから)、時代が彼に追いついてきます。交通戦争による鞭打ちの多発です。レントゲンでは異常が見えず、詐病だとか精神病と言われていた鞭打ち損傷を、檜は客観的に評価しました。さらに、腰の筋肉も鞭打ち損傷に関与しているそうです。本書では「頚性ならびに腰性めまいの神経機序」として図解が載っていますが、「視床下部・脳幹・小脳・頚部腰部深部受容器・脊髄運動核・体幹や四肢の筋肉・眼球運動核・眼筋」……さらに自律神経が絡みます。全身は複雑なネットワークを形成しているのです。
 もちろん心理的な因子もあります。そこで檜は心因性めまいの研究も始めます。きっかけは鞭打ち患者の「嫌なことを思い出すとめまいが出る」。「記憶」がキーワードだ、と檜たちはウサギの海馬への電気刺激実験を始めます。同時に脳内の伝達物質を探します。さらにこの研究は「匂いによるめまい」へと発展します。面白いのは、「嫌な匂いでめまいが起きるのなら、良い匂いをかいでいたらめまいがおさまるのではないか」という仮説で“治療”したら治った人がいることです。文字通りのアロマセラピーです。
 1976年に京大に戻った檜は、こんどは脊柱側湾症を研究していました。……なぜ耳鼻科が? 力学的な観点からだけでは側湾症が上手く扱えず悩んでいた整形外科の教授が、平衡機能に注目して共同研究を持ちかけたのです。その結果浮上したのが、子どもの成長時期に適切に介入したら側湾症が予防できるのではないか、という仮説です。平衡機能訓練というと物々しく聞こえますが、平たく言えば、タイヤ遊具などでぴょんぴょん飛び跳ねて遊べ、です。反対する一部父兄の声を抑えて実験的にそれを取り入れた小学校では、乗り物酔いが減り側湾症がゼロになりました。
 そして最後に宇宙酔い。ここも大変面白い。学生時代習った「温度性眼振(耳の穴に温水や冷水を入れると眼振が出現する)は、内リンパ液が対流を起こすから」が宇宙で覆されてしまったのには驚きましたが。宇宙に出ることで人類はまだまだ自分について知らなければならないことが多いことを知らされるのです。

 科学はたった一人ですべてがわかるような軟弱なものではありません。先人の業績を学び、そこから出発する(あるいは否定する)ことで新しい高みに到達する、そして後進を育て、自分もまた次の(あるいはもっと後の)世代によって踏みつけられ乗り越えられていく……それを受け入れることができる人たちによって科学は進歩していきます。ニュートンは「自分は巨人の肩に乗っているに過ぎない」と述べましたが、科学の世界に生きる人間はおそらくほとんどがその意識を持っているはずです。((エセ科学に目立つ)先人に対して何ら尊敬の念を持てない人は、火の発見や字の発明からやり直すのだろうか、と思うことがあります。尊敬しているからこそ、その業績を認めた上で否定することができるのでしょうに)


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