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2009.05.31 17:41 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  仕事 / 職場  |  おかだ  | 推薦数 : 4

 ppm

 医療機関ではほとんどの医療用器材は使い捨てになっていますが、中には消毒して再利用しているものもあります。その消毒方法で今でもポピュラーなものの一つは「機器の消毒液への漬け込み」です。
 ある日ある病院にある保健所からの定期検査がありまして、病棟を見て回った保健所職員が流しに目を留めました。水槽にいろいろ漬け込まれています。「この消毒液の濃度は?」「マニュアル通り○パーセントで……」「パーセントなんかどうでもいい。ppmで答えなさい」
 ……は?
 パーセントは“percent”または“per cent”、つまりは「百分率」です。ppmは“parts per million”、つまり「百万分率」。単純にパーセントをppmに変換するのなら1万をかければすみますが、なんでこんな計算をさせられるのかがわかりません。「消毒液作成時には体積で量っているけれど、まさかその体積百分率を質量百万分率に変換することを求められているのか、でもそんな計算に何の意味がある?」などといぶかしんでいると「答えられないだろう。分子量をちゃんと知らないと計算できないはずだ」
 …………は?
 「それはモルでは?」と言いかけましたが、こちらの言うことなんか全然聞いてはいません。得々となにやら自説を展開中でした。余談ですが、不必要によく喋る人はどうしてあんなにすぐ上の空になってしまうのでしょうねえ。
 すぐに自分の話に無我夢中になる人の話を中断したら不機嫌になるでしょうし、うっかり「あんたの言うことは間違っている可能性がある」なんてことを言うどころかほのめかしただけでも不興を買って別のところで「監督官庁の権限」を振り回されかねないので、こちらはお説ごもっとも状態になりました。私は横暴な権力の前ではヘタレです。(ちなみに、「マニュアル通り液は作成しているけれど、時間経過と使用につれてその濃度は変化している」なんてことも言いませんでした。だって聞かれなかったんだもの)

 ついでに言うと「0.5%」と「5000ppm」とは“まったく同じもの”ではありません。有効数字の問題が生じるのです。どこを四捨五入したものかで話は違ってきますが、書かれた数字の末尾までが有効数字としたら、「0.5%」は「0.45〜0.54%」までの誤差があり得ますが、「5000ppm」と言いきった場合には「4999.5〜5000.4ppm」までしか範囲が許されないことになります。「5000」と「4999」と「5001」とは“違う数字”なのですから。


※本日のお話もフィクションです。誰が何と言っても、フィクションですってば。


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 地球上で重力にさえ耐えきれなくなったような重病人は、月面上とか衛星軌道上の宇宙病院だったら長生きできるのではないか、という夢想が昔からあります。実際にどうやってその体を宇宙空間まで持ち上げるか、という問題はありますが、心不全の人などは心臓がずいぶん楽できて良さそうに思えます。
 では、実際に宇宙で長期間過ごしたら、人体はどうなるのでしょう。

 靴ひもを結ぶとき、私たちはごく自然に上体を屈めます。ところが無重力(あるいは微少重力)環境ではこの重力を利用した行為が困難です。ですから宇宙では靴(足)を持ち上げる方が楽です。何が言いたいかと言うと、宇宙では地球の常識が通用しないのです。
 無重力(あるいは微少重力)環境では、重力があるところで進化した人体は様々な現象に悩まされます。まず「上下」がないことからめまいが起きます。また、地球周回軌道での衛星やステーションにいる人間は常に落下し続けているように感じるそうです(実際に「自由落下」状態なのですが)。さらにその「めまい」が人間の交感神経を刺激するか副交感神経を刺激するかで各個人の症状が異なります。前者では「冷や汗、顔色が青くなる、手足が冷える」、後者では「生唾、胃の症状、嘔気嘔吐、下痢」などが出現します。
 体内の血液は、重力で血液が下がるのに抗して上半身(特に脳)に血液を上手く送るように進化の過程でシステムが作られています。それが急に重力が消えたら、血液は「上に厚く」配分されてしまいます。顔はむくみまぶたが腫れて目は細くなり首や額の血管が腫れ上がります(逆に脚は細くなります)。
 体液が上半身に集中した結果、たとえば鼻が詰まって味がわからなくなります。その場合には強いスパイス(特に劇辛系)で「味」を感じることが可能ですが、時には何を食べても「ゲロの味」になることがあるそうで、そうなったら悲劇です。ただこの「鼻が詰まる」は、風邪で詰まったのとは違って、たとえば逆立ちで頭に血が集まった状態にそっくりだそうで、向井千秋さんは一晩寝たら直ったそうです。
 血液だけではなくて、消化管の中身も重力が消えると戸惑います。どちらに行ったらわからなくなってしまうので、とりあえず手近の“出口”に殺到することがあるそうです。消化管自体も重力がなくなって上に持ち上げられています。お腹はへこみウエストは細く、その分胸は分厚くなります。宇宙では理想のスタイルが実現?

 骨は「静的」な臓器ではなくて、毎日「動的」にその構造が改変されています。破骨細胞が毎日せっせと骨を破壊し、その後から骨芽細胞が新しい骨を作る、そのバランスによって骨は成長または維持が行われています。そこで重要なのは「骨に与えられるストレス」。運動負荷などが大きい人はそれに耐えられる骨になるし、楽な生活の人は楽な骨。したがって、無重力でぷかぷか浮いている人は、「それなりの骨」で良いと骨の方が判断してだんだんすかすかの骨になっていきます。
 筋肉もそうです。骨折をしてギプスを巻いた経験者なら説明は不要でしょうが、筋肉は使わないとすぐに細くなります。したがって宇宙で「体力」を落とさないためには、筋力トレーニングをする必要があります。あるいは定期的に遠心分離器に入った方が良いのかもしれません。
 重力がなければふわふわと“楽”ができるかと思っていましたら、体を維持するためには意外に苦労が必要なようです。


参考にした本:
絶対帰還。 ──宇宙ステーションに取り残された3人、奇跡の救出作戦』原題“Too Far From Home” クリス・ジョーンズ 著、 河野純治 訳、 光文社、2008年、2300円(税別)

向井千秋の宇宙と体のおもしろい関係』NHK出版 編、NHK出版、1995年、1262円(税別)

ヒトはなぜまっすぐ歩けるのか ──「めまい」とバランスを科学する』小池透 著、 第三書館、1996年、2500円(税別)



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診療報酬の抜本見直しを」医師偏在の緩和へ財務省要請」(朝日新聞)

 この記事からわかることは3つです。

1)相変わらず(「医師不足」ではなくて)「医師偏在」である、と主張しています。どうしても「日本では医師の絶対数が不足している」ことを認められなくて言葉の言い換えで逃げようとする人がいるようです。
 しかし、「現実」が正しく認識できなかったら当然「その現実への対策」は「盛大な的外れ」になるのがオチなのですが。以前も書きましたが日本の「医療崩壊」は「医療“システム”の崩壊」です。ところが「医療崩壊」は「医師偏在」による(医者が悪いからこうなった)、と信じている人は、結局算盤をはじいて細部のつじつまを合わせる(「医者」を弄くり回す)ことにだけ熱中して、医療システム全体の修理や改善や改革は放置します(だってシステム全体をいじるのは難行(各方面からものすごい抵抗を受けるし失敗したら責任を取らされるけれど成功しても褒められない)だからキャリアを大事にする人間としては避けたい。辻褄合わせをこちゃこちゃやるのは楽で時間がたっぷり潰れてしかもいかにも熱心にお仕事をしているかのように周囲に見せられる……欠陥住宅に綺麗にペンキを塗って「どうです。まるで新品でしょう。ペンキを塗るのに私はこんなに汗をかきました」と胸を張っている図です)。
 今回の財務省の“方針”も辻褄合わせでしかありません。なーにが「抜本」なんだか。ペンキの材質と配色にこだわっているだけじゃないの。

2)開業医を貧乏にしたら勤務医の勤務環境が改善されると考えている人がいます。
 その「考え」を肯定的に捉えるなら「開業しづらくする → 勤務医がだぶつく → 勤務医一人当たりの労働量は減少」というシナリオを描いているのかな、と思います。ところで、病院には医師の定員がありますが、それはどうするんです?  だぶついた勤務医を病院がどのくらい吸収できます?  それと、開業医を貧乏にすることと病院の収入が増えることはイコールではありません。つまり勤務医の待遇は改善されません。それどころか、求職者がだぶつけば有効求人倍率は下がります。当然募集条件は悪くなります。つまり、開業医を貧乏にしたら勤務医も貧乏になる、が私が描いたシナリオです。(ついでですが、開業医の診療報酬を削減したら、患者の自己負担は安くなります。その結果として、外来患者が病院の外来で「同じ治療なのに開業医より高いじゃないか」と文句を言うことが増えて対応する病院(外来の医者や窓口の事務)の負担が増す/「安い外来」を求めて患者が開業医にシフトして、開業医はかえって忙しくなる(貧乏暇無し)/患者のシフトによって病院の外来は暇になって(でも救急や産科の状況は同じで)、結局赤字が増えて潰れる病院が増加する、なんてシナリオもございます)
 結局「医療費亡国論」健在!なんですね。医療費を削減することしか考えられない人が描いたシナリオ。だけど「貧乏にしてやる!」という脅しで、日本の医療を維持し再建するために働く人のどんな熱意や使命感が養われると思っているんだろうか。

3)「医師偏在」「たらい回し」という言葉を記事中に散りばめることで、朝日新聞は政府官僚の提灯を持っています(少なくとも無批判に政府の言い分を垂れ流しています)。

 さらに……
>>開業医の平均年収は勤務医より1.8倍以上高く、勤務医をやめて開業医を目指す医師も増えているという。

 この文章は「開業医は高年収のみを求めて勤務医を辞める」と読める(印象操作をしようとしている)のですが、これってすべての開業医に対する侮辱では?  もちろん人の集団にはピンもいればキリもいますから、単に「金、金」で開業する人もいるかもしれません。しかし、少なくとも私が知っている真っ当な開業医はすべて、この記者が読者に印象づけようとしている偏ったイメージとは遠く離れた存在なんですけどねえ(「金、金」でしか世界を見られない人には、そうとしか見えないのかもしれませんが、それは医者の問題ではなくて「金、金」だけで世界を見る人の問題です)。
 あらゆる機会を捉えてとにかく「医者の悪口」を言いたい、というのは、そろそろやめにしませんか?  「金」に対するネガティブな感情(ケチる、あるいは羨む)だけで日本の医療を論じるのはそろそろやめにしませんか?



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2009.05.30 07:00 |  映画 / 音楽 / 読書  |  その他(一般)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 3

 軽い頭

 髪をオキシフルなどで脱色するのは、かつては不良の象徴でした。やり方は『積み木崩し』に詳しく書いてあります。(もしかしたら「不良」は死語?)
 一般人が髪の毛にメッシュを入れるのが目立つようになったのは、二十世紀末のいつ頃でしたっけ。ツッパリのファッションを一般人が部分的に取り入れたんだな、と私は見ていましたが、やがて部分から全体に広がり、「茶髪」があっという間に世間に広まりました。
 「日本人は髪が真っ黒で頭が重たくなるから、ファッションの点からは茶髪の方が望ましい」という意見を読んだ覚えもあります。たしかに「頭が重たい」のは外見のバランスが悪そうです。しかし、一点だけに気を遣うのは、ファッションではアンバランスとなります。
 頭髪の色だけ素敵にしても、その他、たとえば眉毛・まつげの色も髪と同じまたは調和した色遣いで、それに瞳の色や化粧や服やアクセサリーや靴もしっかりコーディネートしていないと、なんとなくてっぺんだけが軽い印象になってしまいませんかねえ。(私は別の意味でてっぺんが軽くなっていますが、それは別のお話です(自爆))


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2009.05.29 17:38 |  医療制度 / 行政  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

 担保は年金

 「年金を担保にして金を貸す」はたしか禁止されていたはずです。もっとも闇金などはこっそりやっているんじゃないかと私は考えていますが、確証はつかんでいません。
 で、民間業者にはその行為を禁止しているのは日本政府ですが、その政府が「年金から○○を天引きする」というのは、順番を変えただけで実質的には「年金を担保にする」ではありません?

 「厚生年金保険法」第41条「保険給付を受ける権利は,譲り渡し,担保に供し,又は差し押えることができない。」、「 国民年金法」第24条「給付を受ける権利は,譲り渡し,担保に供し,又は差し押えることができない。」、「国家公務員共済組合法」第49条「この法律に基づく給付を受ける権利は,譲り渡し,担保に供し,又は差し押さえることができない。」、「確定拠出年金法」第32条「給付を受ける権利は,譲り渡し,担保に供し,又は差し押さえることができない。」、「確定給付企業年金法」第34条「受給権は,譲り渡し,担保に供し,又は差し押さえることができない。」、とあります。もっともすべての法律でその直後に「ただし……」がついていて、税金やら社会保険料などは国が徴収や差し押さえをして良いとか、滞納者がいたらその親族からは連帯責任で徴収して良いとか、ちゃっかり規定を入れています。だけど「年金を担保にしてはならない」という“法の精神”(年金はまずは受け取った人のもの)にこれらの規定は適っているのかしら。


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書誌情報『ヒトはなぜまっすぐ歩けるのか ──「めまい」とバランスを科学する』小池透 著、 第三書館、1996年、2500円(税別)

 本書は「平衡科学」に関する“教科書”ではありません。欧米の圧倒的な影響の下で独自の研究を行い、世界の方を変えてしまった「日本人の物語」です。

 終戦直前、嬉野海軍病院で見習い尉官檜学が原爆症の診察をするシーンで本書は始まります。終戦後京都大学に戻った檜は耳鼻喉頭科教室に籍を置き、福田精の下でめまいの研究を始めます。福田は先行研究がほとんど無い状況で、人の動きと平衡の研究を行っていました。「どうなっているのか」を調べる前に「どうやってそれを調べるのか」の手法をまず開発(同時にその理論的根拠も確定)しなければならない状態で福田は悪戦苦闘をしていました。
 福田がまず行ったのは、姿勢(具体的には緊張性頚反射(野球の外野手がジャンプして捕球するとき、首を左に捻って左腕を伸ばしたら、右手足は屈曲する))の研究です。マグヌスは、除脳動物や銃創患者で出現するこの反射は正常な大脳では抑制されるとしましたが、福田は正常の動物でもそれが出現することを実験によって示しました。さらに様々な反射が人体に存在していることが本書では紹介されます。ボート・柔道・スキー……なるほど、人体は一つのシステムとして全身が関連しつつ躍動しています。さらにはまるでおまけのように、金剛力士像や風神雷神図まで登場するのですから、こちらは笑ってしまいます。
 福田の次の研究はめまいでした。これは当時の世相と関係があります。本格的な航空戦が行われるようになり、パイロットのめまいが問題となっていたのです。福田はパイロットの平衡機能訓練を提唱します。単なる感覚や生理的な反射ではなくて、訓練によって平衡機能は変化する、と唱えたのです。
 体のバランスは、内耳・視覚・深部感覚・皮膚感覚などによって保たれています。中枢では脳幹が平衡を統括し、小脳が無意識に・大脳が意識的に平衡を維持します。ただし、今書いたのは「現代の常識」であって、福田が研究を始めた頃には内耳が平衡の中心として考えられていました(耳科学者として唯一のノーベル賞受賞者バラニーが作った学問のスキームに全世界が縛られていたのです)。
 福田は研究によってバラニーの説を覆していきます。
 耳の奥の内耳は、聴覚を担当する蝸牛迷路と弊校を担当する前庭迷路から成ります。前庭迷路を構成するのは三半規管(回転加速運動に反応)と耳石器(重力と直線加速運動に反応)です。ここで重要なのは「加速」に反応するのであって「等速運動」では反応はありません。前庭迷路の内リンパ液の運動によって延髄に電気インパルスが伝えられますが、その結果「眼振」(眼球が規則的に揺れる現象のこと。病的なものと生理的なものがある)が生じます(ちなみに眼振が最初に論文に登場したのは1820年のプールキニエ。本書はそこまで話が一時遡ります)。福田らは、眼振の研究から前庭の機能を明らかにしていき、さらに前庭迷路以外にも平衡反射が存在することを明らかにします。また、成長や訓練、病気や外傷によってそれらが変化することも。
 スポーツ選手の成績と動体視力の関係が明らかになったり、乗り物酔いをしにくい姿勢があったり
面白いことも次々登場します。福田の酒仙ぶりも並みではありません。月給を月給日に丸ごと飲んでしまうなんて、奥さんはどうやって生活していたんでしょうねえ。
 昭和30年代には日本では結核が猛威をふるっていました。その治療薬として用いられた硫酸ストレプトマイシンは副作用としてめまいを、ジヒドロストレプトマイシンは副作用として難聴を起こします。岩手医大に教授として赴任した檜はそれらの研究も行いますが、ニワトリをブランコに乗せて訓練すると姿勢制御が上手になるという(素人が外から見たら)面白い研究も行っています。動物の脳波を取ったり筋電図を取ったり、本当に耳鼻科教室なのか、と言いたくなります。実はこのニワトリの姿勢は、柔道の奥義にも通じるのだそうです。
 さらに檜は、頭部外傷後の脳幹障害からのめまいに注目します。頚部の筋緊張と脳幹障害とが悪い循環をつくってめまいを起こすのではないか、という仮説は学会で無視されますが(なにしろ「耳鼻科の話題」には見えませんから)、時代が彼に追いついてきます。交通戦争による鞭打ちの多発です。レントゲンでは異常が見えず、詐病だとか精神病と言われていた鞭打ち損傷を、檜は客観的に評価しました。さらに、腰の筋肉も鞭打ち損傷に関与しているそうです。本書では「頚性ならびに腰性めまいの神経機序」として図解が載っていますが、「視床下部・脳幹・小脳・頚部腰部深部受容器・脊髄運動核・体幹や四肢の筋肉・眼球運動核・眼筋」……さらに自律神経が絡みます。全身は複雑なネットワークを形成しているのです。
 もちろん心理的な因子もあります。そこで檜は心因性めまいの研究も始めます。きっかけは鞭打ち患者の「嫌なことを思い出すとめまいが出る」。「記憶」がキーワードだ、と檜たちはウサギの海馬への電気刺激実験を始めます。同時に脳内の伝達物質を探します。さらにこの研究は「匂いによるめまい」へと発展します。面白いのは、「嫌な匂いでめまいが起きるのなら、良い匂いをかいでいたらめまいがおさまるのではないか」という仮説で“治療”したら治った人がいることです。文字通りのアロマセラピーです。
 1976年に京大に戻った檜は、こんどは脊柱側湾症を研究していました。……なぜ耳鼻科が? 力学的な観点からだけでは側湾症が上手く扱えず悩んでいた整形外科の教授が、平衡機能に注目して共同研究を持ちかけたのです。その結果浮上したのが、子どもの成長時期に適切に介入したら側湾症が予防できるのではないか、という仮説です。平衡機能訓練というと物々しく聞こえますが、平たく言えば、タイヤ遊具などでぴょんぴょん飛び跳ねて遊べ、です。反対する一部父兄の声を抑えて実験的にそれを取り入れた小学校では、乗り物酔いが減り側湾症がゼロになりました。
 そして最後に宇宙酔い。ここも大変面白い。学生時代習った「温度性眼振(耳の穴に温水や冷水を入れると眼振が出現する)は、内リンパ液が対流を起こすから」が宇宙で覆されてしまったのには驚きましたが。宇宙に出ることで人類はまだまだ自分について知らなければならないことが多いことを知らされるのです。

 科学はたった一人ですべてがわかるような軟弱なものではありません。先人の業績を学び、そこから出発する(あるいは否定する)ことで新しい高みに到達する、そして後進を育て、自分もまた次の(あるいはもっと後の)世代によって踏みつけられ乗り越えられていく……それを受け入れることができる人たちによって科学は進歩していきます。ニュートンは「自分は巨人の肩に乗っているに過ぎない」と述べましたが、科学の世界に生きる人間はおそらくほとんどがその意識を持っているはずです。((エセ科学に目立つ)先人に対して何ら尊敬の念を持てない人は、火の発見や字の発明からやり直すのだろうか、と思うことがあります。尊敬しているからこそ、その業績を認めた上で否定することができるのでしょうに)


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 「医療費が増えたら国が滅びる(財政が破綻する)」が医療費亡国論です。ですからあの論の信者にとっては、とにかく医療費を抑制して国の財政の健全化をはかるのが至上命題となります。
 だけど、今の医療崩壊の現実を見ていたら「医療費亡国論」とはつまり「医療費を削ったら国が滅びる(滅びかけている)」論であるとする方が“正しい解釈”じゃないです?
 
※「医療費削減亡国論」だとあまりに真っ当で面白くありませんし、「『医療費亡国論』亡国論」では言葉の繰り返しがくどいのが私は好きになれませんので、ことばはそのままにして“解釈”で逃げてみました。


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 本来は経済用語です。20世紀のいつ頃だったか、けっこう使われていました。
 私は日本はアメリカの属州の一種だと考えていますので(その証拠は……間接統治(自治権あり)・“本国”の軍隊が駐留・税負担あり(思いやり予算、なんて呼ばれていますが))、経済に関して「くしゃみ → 風邪」は当然アリと思います。もし純粋な独立国だとしてもかつてのように対米貿易にあそこまで依存していたら、アメリカの景気変動の影響をモロに受けるのは仕方ないことではありますが。

 で、最近は「百年に一度の不況」に引き続いて、医学的にも「アメリカが風邪を引いたら、日本も風邪を引いた」になっちゃいましたね。


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 「私は病院を経営しているが……」と麻生さんが言っていましたが、その病院を見学に行った人が、おみやげとして「太郎ちゃんまんじゅう」を買ってきてくれました。粒あんの焼き饅頭ですが、かつての主力産業石炭をイメージしたものだそうです。パッケージには麻生さんの似顔絵が描いてあります。でもあくまで「太郎ちゃん」。(宮崎県知事の“ブランド”と同じでしょうね。あくまでキャラを借りているだけで知事(や総理)がその中身を保証しているわけではない、ということ)

 さっそく一つ頂きました。小ぶりで見かけは無骨ですが上品な甘さです。舌触りはぽろぽろしていて、もうちょっとしっとりしていて餡も豆がもう少し形を残している方が私の好みですが、そこは好みの問題でしょう。
 ちなみに病院の雰囲気は……聞いたけれど、忘れました。

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2009.05.27 06:54 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 3

 虫刺症

 いつのまにか暦の上ではもう立夏が過ぎましたが、そろそろ暑さを感じる日もあってぶんぶん飛ぶ虫も増えてきたように感じます。病院の窓から見ると燕が盛んに飛び回って餌を集めている様子ですが、蝿とか蚊だけを集中的に食べてくれないだろうか、と思うこともあります。

 田舎の病院にいたときに面白く思ったのは「自分は東京から来た」とか「普段は○○教授に診てもらっている」とか外来で強く主張する人がけっこう多いことです(特に里帰りのシーズンに増えます)。何を主張したいのかはよくわかりませんが、本人にはそれは重要なことなのだろう、と私はカルテに「本人の主張」として記録はします。
 で、20世紀のある日、その合わせ技で「この子は普段東京の○○大学の××教授に診てもらっている」と主張するお母さんが子どもを連れて診察室に登場しました。「アトピーかなにかでずっとかかっているんですか?」と問うと、お腹を壊したかどうかで一度診てもらったのでした。教授が初診担当?  まあそれはともかく今回のご用件は?  「昨日田舎に連れてきたら、さっそくこんなブツができた。なにか悪い風土病じゃないか」とそれがまるで私のせいであるかのようにおかんむりです。
 診ると、じゃなくて、見ると、蚊に刺されたあとのように見えます。もちろん何かの皮膚病の始まりの可能性もありますが、現時点では掻き破らないように注意して経過観察、と伝えると、「なら薬を出してくれ」。家になにかあるでしょう、と言っても納得されません。せっかく連れてきたのだから、処方無しでは形にならない、ということのようです。本人に聞くと「痒い」と言うから「軽いかゆみ止めの塗り薬を出しましょう」と言うと、それがまた気に入らない様子です。「軽い薬ではなくて、良く効くのを出して欲しい」。そこで「良く効く、といったら病院にあるのはステロイド軟膏ですが……」と説明をし始めるとこんどは「ステロイドなんて怖いのを出すのか!」です。こちらは素直にリクエストに応えようとしているのですが、行く先行く先こっつんこ。(いつもどおり、実話がベースですがフィクションです)


 そういえば私の子どもは蚋(ぶゆ、ぶよ、ぶと)に弱くて、刺されるとひどく腫れていました。どこかの教授のところに連れて行った方が良かったのかなあ。(これは実話)


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