世の中には「食品添加物嫌い」の人が多くいます。
となると、私は添加物の弁護をしてみようかな、という気になってしまいます。我ながらまったくへそ曲がりで困った人間です。
ただし、いくら私がへそ曲がりでも、もちろん「不必要なもの」と「有害なもの」にはあまり賛成したくありません。ところが「不必要」はともかく「有害」については判断が難しい。たとえば防腐剤や保存料。ある特定の物質によってたとえば人類が「1」の損害を被るとして、しかしそのおかげで人類が「100」の利益を得ているとしたら、その場合、この物質は「有害」としてよいでしょうか? たしかに「1」は有害です。ならば、一人の死者を減らすためにその物質を禁止して、その結果たとえば食中毒があちこちで発生してそれで百人の死者が出ても、OK?
かつての「旬のものだけ食べる」「数里以内の範囲のものだけ食べる」時代には保存料などは不必要だったでしょう。(それでも塩などは用いられていましたが) しかし、大量生産・長距離輸送・大量消費の時代には、どうしても保存を重視しなければなりません。だから、軽々しく「食品添加物には一切反対」などとは私は言えないのです。
ただ、そんな私でも、うさんくさい目で見ている食品添加物があります。たとえば「臭素酸カリウム」。かつてはパン生地や魚肉練り製品などの改良材として広く用いられた物質です。パンの焼き上がりを2時間くらい早くするので、特に学校給食で愛用されました(だから、私もこれは食べているはず)。生地を発酵させなくてもそのまま窯に突っこんだらぷくんと膨れる、なんて極端なことも云われていましたっけ(やったことがないので真実かどうかは確認していませんが)。ところが、この物質には発癌性があることが指摘され、それでどうなったかというと「パン以外の使用の禁止」です、「食品への使用禁止」ではなくて。その理由は「火を通せば熱分解するからパンにだったら使っても問題ない」。さらには「熱分解するから分析しても検出されない。だからそれを使用したことを表示しなくてもかまわない(だって検出できないんだもん)」となりました。
つまり、熱分解して「検出されない」から使用しても使用したことを表示しなくて良い、という訳のわからない理屈が現在の日本の商道徳では使われることになったのです。たとえ理屈では熱分解するにしても、現実が理屈通りには進まないことがあることは、医学に少しでも関係を持ったことのある人間には説明不要でしょう。ちゃんと製品のパンを定期的に抜き取り検査して本当にすべてのパンで臭素酸カリウムが常に検出されないことを確認してあれば(確認し続ければ)、「(使用したけれど)検出されない」という表示をすることは問題ないでしょう。だけど「(理論的には)熱分解で消えるはず」と「(現実に)消えている」と「検出できない」と「使用していない」を一挙にすべて「イコール」で結んで「おなじこと」として扱うのは、非論理的です。商売は正直にした方が良いんじゃないか、と思うのですが(私が調べた限りでは、使わないメーカーの方が多いようです。どこが使っているかは、ネットで検索をかけたらわかります)。
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皆さん、覚えていますかぁ〜? 1年ちょっと前「勤務医の待遇改善のために診療報酬を改定する」とでかい声で誰かさんが語ったことを。
私は難儀なことに記憶力は悪いのですが、幸いパソコンが覚えていてくれました。検索をかけたらすぐに出てくるのですから、ありがたい時代です。(下々の記憶力が悪いことをアテにしている政治家や官僚やマスコミにはやりづらい時代かもしれませんが)
記録していたのは、1年前の「舌先三寸」です。
さて、それでは挙手を求めます。昨年の診療報酬改定によってこの1年で自分の待遇が改善された、と感じている勤務医はどのくらいいますかぁ〜?
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