どんどん数字が変わる(それも増えたり減ったりする)ので暫定ですが……
「新型インフルエンザ スイス、ペルーで新たに感染者確認 感染者は12カ国で計250人に」(FNNニュース)
死亡者は9人だそうです。(4月30日18時30分)
……あれれ? メキシコだけで1000人以上の発症、100人以上が死亡、というニュースを見た記憶があるのですが……
ついでです。比較として二つの病気を上げておきましょう。
・鳥インフルエンザ
「WHOに報告されたヒトの鳥インフルエンザ(H5N1)確定症例数」(2003年〜2009年 4月8日WHO公表) 15ヶ国で感染者は417人、うち死亡者は257人。
・SARS
世界29の国と地域で感染者8096人、うち死亡者774人。
数字の出典は『世界を救った医師──SARSと闘い死んだカルロ・ウルバニの27日』
期間は2002年〜2003年。なおwikipediaでは、死亡者は775人となっています。
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最近はテレビ画面や新聞に、マスクをした集団がよく写っています。それはよいことなのですが、よくよく見たらその中の数人に一人はきちんとマスクをしていません。鼻が半分出ていたり、ひどい場合には顎がマスクをしていたり。
マスクの機能は、外からの空気に対するフィルターと内からの噴出物に対するバリアです。マスクがきちんと口と鼻を覆っていなければ、その両方の機能が発揮できません。
どうせマスクをするのなら、口と鼻をきちんと覆い、さらに鼻の根本のところで針金をきちんと鼻のカーブにそって曲げ、さらに顎のところを伸ばしてマスクを顔の下半分に密着させておく必要があります。フィルターとして働いたら、「抵抗」がありますから呼吸には普段よりエネルギーが必要になるはずです。もしマスクをして呼吸が普段と同じくらい楽にできるなら、どこかに大きな隙間があってマスクがフィルターとしては機能していないことが考えられます。
鼻が出ていても口を覆っていたらとりあえずバリアとしては働きそうに思えますが、くしゃみや咳の勢いが強いとマスクの上がめくれてしぶきは外に飛び出してしまいます。この場合は“見せかけだけのバリア”です。意味はほとんどありません。
マスクは「とりあえず顔に付けていれば安心」の魔除けではありません。
※ウイルスそのものには市販のマスクは有効とは思えませんが、それでもウイルスがくっついた唾や痰のしぶきに対しては有効でしょう。しないよりはした方が良いと私は考えます。ついでですが、花粉症のシーズンには私はティッシュペーパーをたたんでマスクの内側に入れます。簡易フィルターの増設ですが、これがけっこう花粉には効きます。もし鼻水がずるずる出ても、そのティッシュで拭けば良いことですし。
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今聞いたラジオニュースによると、WHOはフェーズ4からすぐに5(同一地域の複数の国で患者が発生し、パンデミックの恐れあり)に評価を引き上げましたが、日本国内ではまだ「第一段階」であることをお忘れなく。「第一段階」はつまり「海外で新型インフルエンザが発生しているが日本国内ではまだ患者発生はしていないので、水際作戦と国内で発生したときのための準備をする」ということです。
「首相官邸 海外における新型インフルエンザの発生に関する政府の対応状況」
具体的に個人あるいは企業としてどんな対策を採るかどんな行動をするべきか、は公的には「新型インフルエンザ対策関連情報」(厚生労働省)の「対策」「行動計画」「ガイドライン」が参考になるでしょう。
最良の目は「“最悪の状況”に見えるけれど、実は今がピークで明日からは少しずつ下火になっていく」、最悪の目は「人→人、の感染を繰り返している内に豚インフルエンザウイルスが強毒性となりパンデミックとなる。そこにアジアの鳥インフルエンザが合流してわけが分からなくなる」でしょうか(もっと悪い目もありそうですが、私の想像力では今のところこれが最悪)。現実はおそらくその間のどこかになるでしょうが、どんな予想をしても現実が動くわけではないので、私は予想よりは行動を推奨します。
といってもいまするべきことはそう多くはありません。個人として現時点でしておくべきことは、国内で発生した場合に備えて発熱外来(各都道府県で場所が違います)を確認しておくこと、マスクと咳エチケット、手洗いをきちんと(手で拾ったウイルスを口や鼻へ、の感染ルートがあります)、という基本を守り続けること、くらいでしょうか。
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医療はよく「キュア」と「ケア」に二分されます。昔には「医者はキュアをするが、看護婦はケアをする」と言っていた人もいました。今だったら病院はキュアで、在宅介護はケアでしょうか。もちろん事態はそんなに単純に二分化できるわけではありません。おそらく医療の世界ではどんな場面でも「キュア」と「ケア」の両者が含まれていて、ただその割合が違うだけ、なのだろうと私は思っています。で、その両方ともが重要だ、とも。だけど、その両方を場面に応じてバランス良く柔軟に調節できる医療者は、実はそれほど多くないのではないか、とも私は思っています。
何かを質問した時に即座に回答が返ってくることが好みの人や、他人に指示や命令をすることが好きな人、つまり知識と論理と効率を重視するタイプの人は、キュアに向いているでしょう。しかしもしもそういった人がケア中心の場面にかかわることになったら、本人もケアされる対象者も、不幸な目に遭いそうに私は思います。ケアの方で活躍できそうなのは、時間をかけることや回答のない宙ぶらりんの状態に耐えられること、本人がやる気を出すように支援する態度、つまり知識や論理はもちろん必要ですがそれよりも感覚や感情を重視するタイプの人でしょう(繰り返しますが、もちろんキュアの人に感覚や感情が不要、といっているわけではありません。念のため)。
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先日後輩たちと会食の機会がありました。同じ丸テーブルに開業医が二人いたので雑談をしていたら、二人とも全然人間ドックなどを受けていないことが判明。
「忙しいし、クリニックを閉めて検診を受けに行くわけにはいきませんよ」
ここで『医者の不養生」と言うのは簡単ですし、私は医者だからつい偏見を持って見てしまいますが、一般医療ユーザーの立場で行きつけのクリニックが「本日はドクターが検診を受けるから、休診」となることについてはどうなのでしょう。「休まれたら困る」「どんどん行ってほしい」のどちらが正直な反応でしょう。(後輩たちは「休まれたら困る」を予想しているわけです)
たった二つのサンプルから全体を論じるのは暴挙ですが、それでもやっちゃいます。日本中の開業医で、定期的に休診して健診や人間ドックを受けに行っている人は、おそらくごく少数、と私は予想します。もし“お得意さん”が「長く元気に働いてもらうためには、たまに休診してドックにはいるのはOK」と支持してくれるのだったら開業医たちも休みやすいでしょうが、「勝手に休まれては困る」「その間にもし何かあったらどう責任を取るんだ」と言う人が多数派だったら(あるいは少数派でも“声”が大きかったら)休めないでしょう。(ただし後者の人には、その開業医が病気で倒れた時には「医者の不養生」とは言わないでもらいたいと思いますが。自分たちがそう追い込んだ(少なくともその一助にはなった)のですから)
そもそも検診を受けたら長生きするか、について私はもの知らずなのでエビデンスを知りませんが、とりあえず検診を受けた方が良い、とします。ところが開業医は受けに行きにくい。
だったら、健診の方から出かければいい、と私は夢想します。開業医用移動検診車です。普通の検診車ですが、特徴は代診用の医者も同乗していること。
クリニックの前に乗りつけて「今から1時間くらい休診です」と宣言して、(医者を含む)クリニックの職員全員を流れ作業で検診します。時間の節約のために、採血・採尿や身体計測はその前日までにそのクリニックですませておいてもらいます。だから検診車でやるのは、胸のレントゲン・胃の検査・腹部超音波・子宮癌検診・乳癌検診・骨密度・診察……脳ドックは移動用MRIが普及してからでしょうね。で、代診用の医者はとりあえず診察室に座っていて、「いつもの先生でなくても良い」という人の診察や突発事に対応します。
問題はコストかな。普通の移動検診よりずいぶん高くつきそうです。規模は小さくなるのに、投入する人的資源はむしろ増えるのですから。さらに代診医も各科(クリニックの種類全部)を揃えなければなりませんから、準備は大変。
まあ、一番“安く”つくのは診療所のユーザーたちが「勝手に休まれたら困る」ではなくて「自分の健康を守るためにも、ちゃんと検診に行ってくれ(たまの休診ならOK)」とその医者に面と向かって言ってくれることなんですが。
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日本の医者の場合、当直の次の日も勤務、つまり最低32(〜36)時間連続勤務は“常識”です。私もそう思ってこれまで生きてきました。ところが、時に当直明けに帰れることがあります。当直の次の日が祝日の場合です。外来もありませんし、祝日には祝日の日直がいます。いつまでもぐずぐずしていたら、他の人の正規の業務に迷惑です。だから病棟をざっと回診したあと私はさっさと帰っていました。
これが本当の朝帰り? 27時間労働で帰った場合はもう昼帰りですけどね。
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窒息を発見した時に行うハイムリッヒ法について、職員研修をしました。
院内で誰かが倒れたとき、緊急呼集のシステムはありますが、全館放送を聞いて医者がそこに駆けつけるまでの数分間の間に、まさにそこにいる人間(医者でない人)が何ができるか、の話です。ですから私はまずは人はなぜ死ぬか、から話を始めました。息が止まるか心臓が止まれば人はすぐ死ぬ、と。心臓に対して素人ができることは、まずはAEDでしょう。それと(できる人は)心マッサージ。こちらの方は以前にも研修をやったし、ある程度は反応できる(人がいる)はずです。
問題は、呼吸。倒れた人が息をしていないって、意外に気がつかないものです。まして、倒れていない人(窒息したばかりで、まだ意識がある状態)が息をしているかいないか、これは案外見落としがち。だから私は言います。「こういった人は、『私は今息ができません』とは言ってくれません。息ができないんだから、こちらがそれを見つけなければならないんです」
そういえば、喘息発作の場合も、ぜーぜー派手に音がしているのは「これはしんどそう」と見えますが、その音が急に弱くなるのは実は警戒信号なんです。空気が通らなくなった、ということですから。
……しまった、このことも研修の時に言えば良かったなあ。
配ったコピーには「ハイムリック」と英語なまりで書いてありましたが、私はドイツ語なまりの「ハイムリッヒ」で押し通しました。で、最後に「活を入れる」をおまけに。武道の応用で、背中に立て膝を当ててハイムリッヒをやると効果が倍増、と言って本日のお仕事は修了しました。
実際にはこんなことは、やる機会に恵まれないのが一番なんですけどね。
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たとえばこんな記事。「豚インフルで米緊急事態宣言、メキシコの死者103人に」(讀賣新聞)
新聞の見出しに「緊急事態宣言」とありますが、これまでのSARSや鳥インフルエンザから学んでいたなら、ここで書くべきはたとえば「冷静に」「パニックにはならないように」という“上からの抽象的(無意味)な指示”ではなくて“役立つ情報提供”だということは政府もマスコミもわかるでしょう。まるで「緊急事態(この世の終わり)になった」と言わんばかりの記事にするのではなくて。「こわいよ〜」「こわいよ〜」と走りながら、目についた咳をしている人を殴って回ってもしかたないのですから。
現時点で“有用な情報”は、「感染経路」「潜伏期間」「日本の現状」「世界の現状」「“緊急事態宣言”の意味の解説」「近未来の予測」「今すぐするべきこと」「今してもしかたないこと」「近い将来必要になること」「将来必要でないこと」……とりあえず思いつくまま上げてしまいました。上げればきりがないでしょうが、列挙したらそれでお終いではなくて次に必要なのは重みづけ(優先順位付け)の作業です。さらに現在の「フェーズ3」「フェーズ4」の意味ももう一回きちんと解説しても良いんじゃないかしら。「急がば回れ」です。
私が短期的に欲しいのは、アメリカ大陸(および他の地域)での(ほぼ)正確な病気の発生状況(地域ごとの患者発生のプロッティングなど)、それと感染経路(空気感染なのか飛沫感染なのか)と潜伏期の情報です。昨日の新聞の地方面には「メキシコから帰国したのだが、自分は大丈夫なんだろうか」という問い合わせの電話があった、とありまして、それは不安に思うのは当然だろうが聞かれた方も答えようがないよなあ、と私は思いました。せめて潜伏期がわかっていて(そしてその期間を過ぎていて症状がないのなら)「たぶん大丈夫です」と聞かれた方も答えることができるでしょうに。
私が長期的に欲しいのは「鳥インフルエンザにはこう」「豚インフルエンザにはこう」といった分厚いマニュアルの行列ではなくて「新型空気感染症にはこう」「新型飛沫感染症にはこう」といったスタンダードを押さえた行動計画です。動物ごとの特殊性は、鳥や豚での特殊性をそれぞれ加味した補注をそのスタンダードに付ければすむようにしておけばよいでしょう。そうしておけば、たとえそれ以外の動物、たとえば犬や猫やゴキブリが人に感染力のあるインフルエンザウイルスを媒介する事態になっても、とりあえず基本を押さえた上で応用を考える、という行動ができるはずですから。
「豚」は、パンデミックになるにせよならないにせよ、いつかは終息します。パンデミックにならなければそれは幸い。でも「その次」が必ずあるのです。
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ある方のブログにコメントを書いていて突然思い出しました。
4月はじめの朝日新聞に、天下りがなぜ必要か、の官僚側(元官僚のお偉いさん、名前は忘れました)の主張が掲載されていました。朝日の意図は明記されていませんが、官僚の味方をしたいのか、それとも官僚のトンチキな主張をさらし者にしたいのか、のどちらかでしょう。(後者だとすると、あまり趣味の良い態度とは言えませんが)
そこでの主張を要約すると私の解釈ではこうなります。
・「(官僚の)ピラミッド型組織の活性化」のために「早期勧奨退職」制度がある。早く退職する人間の老後が心配だったら現役の時に安心して仕事に集中できない。だから仕事に集中させるために再就職のことは制度としてきちんと保証しておく必要がある。だから天下りは必要である。
どこからつつこうかとしばらく迷うくらい穴だらけの“論理”ですね。誰でもどこからでも好きにつつけそう。
まずは「組織の活性化」が「人事」のことでしかない(仕事ぶりなどではない)ことが一つの(大きな)問題です。私も公務員の端くれだったことがありますが、組織の端っこから見ていて異常に思えたのは、プロパーの公務員が「人事」に対して燃やす異様な熱情でした。人事の季節にはすごいですよ。仕事なんかそっちのけで、他人のことでも一喜一憂ですから。あの姿を見るだけで、出世する公務員は自分の仕事を愛していない(愛しているのは自分の地位である)ことがよく分かります。
次に「組織の活性化」と「早期勧奨退職」との関係がわかりません。これは結局、「自分が出世できないのは我慢ならん。後輩の下になんかつけるか! 辞めるから再就職を保証しろ」という主張ですが、これってただの個人のワガママです。優秀な人材を登用するのはどんな組織でも組織の活性化のため、というか、組織としてきちんと仕事をするためには当然のこと。自分が出世しないことや同僚や後輩が出世したのが不満で辞めるのは勝手ですが、それを正当化するために国民の財産(=税金)を自分の懐に巻き込んで欲しくはありません。
「ピラミッド型組織が絶対」も不思議な理屈です。昨今の情勢を見たらわかるように、経済や外交・農業・医療など限定した分野に限らず様々な分野が連動して情勢は流動的に動き、国内は国外情勢と関連して事態は迅速に変化します。そういった「変化」に直面した時、硬直化した発想しか持たない人間が築き上げた固定的な組織がきちんと対応できるわけがありません。柔軟な組織だったら柔軟な対応ができることもあります(できないこともあります)が、硬直化した組織は硬直化した対応しかできませんから。
さらに言うなら「ピラミッド型組織があるから、それを維持するために早期勧奨退職をしなければならない」というのは本当でしょうか。3つ前の段落に書いたとおり、公務員は人事が大好きです。だから大好きな人事(同期の排除)に熱中していたら、その結果としてとても美しいピラミッド型組織ができたのかもしれませんぜ。鶏と卵、ではなくて、少なくともこの両者は“共依存”の関係でしょう。
早期退職をした公務員がいるとしましょう。本当に有能な人材なら民間企業が放置するわけがありません。また、本当に有能な人材なら「わたり」で見られるように次々馘首になるわけがありません(そもそも「再就職の保証」と「わたりの保証」がつながるわけが分かりません)。そして、無能な人材だったら、そういった人を国費で再就職の保証をしなければならないわけが分かりません。わからないことだらけです。
また、「再就職のあっせんがあるから安心して働ける」というのは、きわめて甘ったれた発想でしかないと私には感じられます。これはつまり「将来を確実に保証しないのだったら、真面目に仕事をしないぞ」という脅しなのですから。私自身、現在の職場では1年契約を繰り返していて再就職の保証などない環境で仕事をしていますが、手抜きなどしていません。常に全力投球です。どんな雇用契約であろうと、それがプロとして当たり前の態度ではありませんか?
ただ、ちょっと同情もしておきましょう。
皆がよってたかって公務員バッシングをするのはたしかに健康的な社会とは言えません。
国家公務員は、長時間の過重な勤務と低賃金、しかも低評価(批判ばかり)で「自分たちは損をしている(だから定年後にはそれを取り返して当然)」と思っているのかもしれません。だったらそれは改めましょう。
私個人としては、待遇の改善(年俸の向上、勤務時間の実質的削減)をした上で、一応まっとうな仕事ができる人は定年まで仕事、定年後の再就職は「癒着」「権限」とは無関係なところへ、もし癒着が疑われたら汚職に準じて関係した現役公務員とともに処分、でよいと考えています。それ以上公費によるサービスや保証は不必要でしょう。少なくとも国家公務員は、誤魔化されたり放置されている民間人とは違って、年金はきっちり“満額保証”されているのですから。
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