二十世紀の思い出です。その日は朝から胃透視検査の当番でした。あの頃は「撮影と読影と所見のレポート記載が3時間で12人」が“ノルマ”でして、ずっとレントゲン装置を操って「ちょっと予定より遅れてるなあ、あと何人?」となったときのことです。若い女性が透視台に乗りました。いつもの習慣でカルテを見ます。名前を呼ぶためとざっと情報を得るためです。時間を節約するために目で文字を追いながら口は自動的に動いています。「○○さんですね、これくらいの声で聞こえますか?」ちらっと目を上げて肯くのを確認してまたカルテを見ます。主訴(何を問題として病院に来たか、の本人の訴え)は……胃部不快感。相変わらず私の口は自動的に動きます。「それでは今からバリウムを飲んでもらいます。最初は口に一口分含んでくだ……ちょっと待って!」
なにごとか、と患者さんもレントゲン技師もこちらを見ました。いつもの検査の流れをなぜ私が止めたのか、と不審そうです。
「まだ口の中に入れてませんね?」そこで私は操作室から透視室に乱入。「つかぬ事を伺いますが、一番最近の生理はいつです?」
そう、若い女性、というか、妊娠可能な女性では必ず聞くべき質問「最終の生理はいつ?」がカルテに書いてなかったのです。聞き忘れたのか、書き忘れたのかはわかりませんが、ともかくそれは本人に確認するのが確実です。
聞いて良かった。妊娠初期だったのです(あとで産科に回って確認されました)。
もちろん主訴の「胃部不快感」は、つわりではなくて本当に胃腸の病気による症状だったかもしれません。でも、たとえそうでも妊娠初期にお腹にレントゲンをがんがんかけてはいけません。私は冷や汗をかきながら、彼女を外来に送り返しました。もしどうしても胃の検査をするのなら、カメラにしてください、と言って。
でもまあ、良いこともありました。一人“キャンセル”になったおかげで検査の遅れがいくらか取り戻せて、私はその日はちゃんとお昼ご飯が食べられたのです。
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一週間前の東京マラソンで、あるタレントが走っている最中に急性心筋梗塞で倒れたことを私はこの前知りました。幸い命は助かったそうですし、持病があるのを押して出場したのか、それとも前兆無しの純然たる偶発的な出来事なのかは知らないので、そのことには触れません。
私が気になったのは、これで「東京マラソンでは何があっても命は助けてもらえる」という勘違いが広がることです。今回命が助かったのは「そうなって当然」のできごとではありません。たまたまAEDでなんとかなる病態でしかも心マッサージやAEDが間に合ったから命が助かったのではないか、と私は想像しています(これがたとえば急性心筋梗塞による心破裂だったらどうだったでしょう?)。
正しい情報はなかなか広がらないのに、勘違い情報はすぐに蔓延します。それも変質しながら。
「東京マラソンでは何があっても命は助かる」→「東京マラソンでは何があっても命を助けるべきだ」→「東京マラソンで誰か死んだら関係者を罰してやる」
「東京マラソンでは何があっても命は助かる」→「日本中どこのマラソンでは何があっても命が助かる」→「日本中どこのマラソンでも何があっても命を助けるべきだ」→「どのマラソン大会でも誰か死んだら関係者を罰してやる」
……なんて“拡大解釈勘違い”をしないように「関係者」のみなさんにお願いします。
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