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「医師の育成には国費を投入したのだから、卒業後の行き先も生き方も国が命令して良い。称して計画配置だ〜」、というご意見があります。(しかし、昔の「防人」ですか? あるいは中華人民共和国の「はだしの医者」。昔のソ連とか今の北朝鮮のような、全体主義的で社会主義的な国だったら、医者の配置も強制的だったのかな。まあ、クメール・ルージュのような「医者と教師は殺せ」よりはマシですが)
その論の(論理的・倫理的・法理的・合理的)妥当性については別にするとして、もしそれが“正しい”としたらその“正しさ”には一般性がある(医者に限定せずに社会全体に適用できる)はずです。となると、最近気になるエピソードがありました。
国費で外国に行って、そこで醜態を全世界にさらし、バチカンではさわってはいけない美術品にさわったり立ち入り禁止区域に入って警報を鳴らしたりした人のことです。「国費〜」の論法だと、「国費」を使った以上、「大臣が行くべきところ「行ってはいけないところ」「言うべきこと」「言ってはいけないこと」について「計画的に配置」しておくべきだった、となりません?
……しかし、あの旅行1回で、何人分の医者育成費の「国費」を使ったんだろう?
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それに、税金を使ったからという理由なら、国立大学や、都道府県立大学の卒業生は学部に関わらず、全員、強制配置になります。
私学にも税金が使われてますから、私学出身者も強制配置の対称になります。
根拠が、バカバカしすぎるのです。
強制配置を主張しているかたは、憲法の条文も法律も知らない人でしょう。
法治国家の日本で、憲法や法律に反したことはできないという基本的な知識の欠如。
強制配置などという法的に不可能なバカバカしいことを主張するよりも、医者のトレーニングや仕事に必要なことは何なのか、なぜ医者が流出するのか、医者が足らない地方には若い人は残っているのか、産業基盤が脆弱で地域そのものが衰退していないのか、基本的な問題点をきちんと分析していただきたいです。
医者が足らない、流出するのは、正当な理由があってのことです。
理由には目をつぶって、法律・憲法違反の主張を繰り返す方々の人間性を疑います。
強制配置の対称→強制配置の対象、です。
私はああいった方々の「理性」は疑います。
おっしゃるように、人間性じゃなくて、理性、あるいは認知力を疑うと言い換えたほうが良いかもしれません。
それでは、認知力を疑うに変更します。
広辞苑では、認知(cognitionのほうです)・・・事象について知ること、ないし知識を持つこと、広義には感性に頼らずに推理・思考などに基づいて事象の高次の性質を知る過程、とありました。
医師の不足や地域的分布の違いへの認知力が欠如している、と申しましょうか。
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