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江戸時代の日本では、治療方針は医者の数だけありました。医者は徒弟制度で育てられており、はじめは「師匠の数」だけ治療方針がありますが「守破離」(はじめは師匠の言うことを墨守/自分で工夫/独立)の過程でどんどん「方針の数」は増えていたはずです。
文明開化によって医療に対する国家統制が始まり、こんどは治療方針は「教授の数」だけ存在するようになりました。(そういえば大学の医局は教授の名を冠して「○○教室」と呼ばれていました)
最近になって「あまりばらばらではマズイだろう」ということで「EBM」が言われるようになりました。目的は「日本の医療の標準化」です。
ここで話が終われば(EBMに対して懐疑的な人もいるので100%ではありませんが)とりあえずメデタシメデタシなのですが、ここで新しい問題が。医療を仕切ろうとする「船頭」が次々名乗りを上げたのです。各員を箇条書きで紹介してみましょう。
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官僚についてはこのまえ「日本を破壊したい人たち(官僚篇)」で書いたので、繰り返しは避けます。
1)司法
トンデモ医療判決を連発することで、人間業では不可能な医療行為やエビデンスを欠いた治療法や医学的にトンチキな病気の発生機序などの押しつけ(JBMと言うんでしたっけ?)が横行しています。
2)政治
口に出して「チェンジ!」とは言っていませんが、とにかく行き当たりばったりに医療制度をいじり回して医療者を無駄に忙しくさせ、さらに金の節約を最大命題として日本の医療の首を絞めることに熱心でした(過去形で書いていいのかな……現在完了進行形で読んでください)。
3)健康保険制度でのレセプト査定
明らかに医学的にトンチキな査定を連発することで、実際の診療に悪影響を与えています。たとえば、ある抗菌剤は、一定の血中濃度を維持する(1日に何回かに分けて服用する)よりも血中濃度のピーク値を高くする(1日1回にまとめて服用する)方がはるかに効きがよいのに「1日2〜3回に分けて服用のこと」と薬剤情報に書いてあることを遵守しろと1日1回服用を認めない/呼吸困難で酸素を吸っている人の血中酸素濃度を(酸素不足はもちろん、過剰も困るので)状態が変化するたびに何回も測定すると「過剰診療だ!」と機械的に減額査定をする。
4)マスゴミ
物言えば唇寒し。
5)日本医療機能評価機構
「医者は患者より文書を見ている方が、日本の医療は良くなる」と主張しています(口に出してはそうは言いませんが、彼らが病院・医師に要求する行動をすべて合算すると、上記の結論が導き出されます。きっと「口に出しては要求しない」がミソなんでしょうね)。
6)モンスター・ペイシェント(あるいはモンスター家族)
エビデンスを欠いた医学的要求や特別待遇を、脅迫的に執拗に要求し続けるのは、明らかに妨害行為でしかありません。(こう書くと「患者は医者に何を言ってもいけないのか」と極端に捉える人がいますが、インフォームド・コンセントの文脈に基づくもの・社会的良識に適うものは患者の当然の権利です、念のため)
並べてみると錚々たるメンバーですね。しかもそれぞれ医療者に要求することがみごとにば〜らばら。共通項があるとしたら、なにかが上手くいかなかったら「自分は悪くない」「とにかく医者が悪い」と口を揃えることでしょう。
おっと、7)を忘れては公平を欠くところでした。
7)医者
医者と言ってもいろいろいて、自分の利益のためには全体なんかどうでも良いという人もいれば、これこそ最善の道と信じて間抜けな道にまっしぐらに突き進む人もいます。下っ端だったら“損害”はまだ少ないのですが、“権力”を握った医者が“それ”だと、回りは災難です。
……そういえば「悪意と無能は区別がつかないし、つける必要もない」(『医者のたまご』海堂尊)でしたね。
さて、これだけ船頭が多いと、「日本の医療」丸はどこの山に上ってしまうのでしょうねえ。で、山に上ってしまったら「医者は何をやっていたんだ」とまた皆さん(特に、医療制度と個々の医療行為の区別がつかない人)に怒られるんだろうなあ。とほほ。
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コメント
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おっしゃる通りだと思います。
「俺はこーする。わたしはこーする」では、統一した医療保険制度が保てない。。。誰でもいつでも同じ医療が受けられるように。。。という「夢のような理想」で、分厚い危機取扱い説明書のような「対策マニュアル」とか、ころころ変わる「ガイドライン」とか、研修奴隷医制度とか、「さまで呼ぶ運動」評価機構とか、いろいろ決めごとを作っていると思います。
誰がやってもみな同じみたいな決まり事があると、一見便利なようですが、実際は必ずしもその通りにできるわけではありません。
旅館も色々。料理も色々。歌も色々。釣り師も色々。登山家も色々。みんな違うと思います。書く字は同じでも、書きようは100人100通り。ここは少し伸ばす、ここは太めに、ここは勢い良く、この字はか弱く、と、事細かに決めていくと、そのうち決め事が、山のようになって、しまいにはゴミの山のように崩壊するかもしれませんね。。。
厚労省は医療の外側にいながら、料亭の料理人の包丁の使い方をこと細かく設計することで、おいしい安全な料理がいつでも出てくると信じているのでしょうね。料理人は手が動きません。いったい何をお望み?。。。というところでしょうか。
*** ゆめみ
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