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書誌情報:『医学のたまご』海堂尊 著、 理論社、2008年、1300円(税別)
日経メディカルに1年間連載されていたものです。連載に気づくのが遅くて(白状しますが、私はこの雑誌の熱心な読者ではないのです)、最初のあたりがよくわからず、単行本になるのを待っていました。
一風変わったジュブナイルです。主人公は曾根崎薫、中学1年の歴史好きの男子。父親は世界的に有名なゲーム理論学者で現在アメリカに行っています。両親は離婚していて薫君はシッターに生活の面倒を見てもらいながら日本で落ちこぼれギリギリの生活をしています。父親とはメールのやり取りをしていますが(というか、本書では父親はメールの文章以外では登場しません。そういえば「父の不在」は文学では有名なテーマの一つでしたね)、父親が毎日よこすメールは自分が食べた朝食のメニューだけ。
ところが驚天動地・青天の霹靂・びっくりしたなもー、の大事件によって、薫君は「スーパー中学生」と認定され、大学医学部の研究生になってしまいます。そこで見た医学部教授たちの醜い素顔は、それを追究したら「ジュブナイル版 白い巨塔」になったかもしれませんが、著者はそんな簡単な話にはしません。なにしろセルフパロディ満載で遊びまくっているのですから、楽しそうに次の事件を起こしてくれます(著者の本を読んでいればいるほど楽しめるようになっています。最低でも『チーム・バチスタの栄光』は押さえておいた方が良いでしょう)。たった1ヶ月の研究で、ノーベル賞級、は大げさにしても、ネーチャー級、も大げさにしても、とにかく薫君は大変な結果を発見してしまいます。本人にはその“結果の意味”は理解できていませんが、「ノーベル賞」は理解できますから、大興奮(これって、ノーベル賞受賞での日本のマスコミの反応に対する皮肉かな)。教授は大あわてで論文を投稿し、ところがそれがチョンボとわかると、全責任を薫君に押しつけます。「医学」ではなくて教室や大学への責任を問われる薫君。さて、薫君はこの窮地を脱することができるのか。できるとしたら、いかにして?
この教授がまたわかりやすい“悪役”です。プロレスだったら会場全体からブーイングの嵐を気持ちよく浴びて仁王立ち、でしょう。ただ、同情するべき点もあります。基礎科学や基礎医学はふつう“稼げない”領域です。アメリカのように大学の研究室がそれぞれ独立して生き抜くためには、とにかく「業績」を示す(示し続ける)しかありません。スポンサーから金を引き出し続けるためにはなりふりなんか構ってはいられないのです。日本が今目指している独立行政法人化とか教育予算の削減とか産学協同とかが、将来日本の科学や医学にはたして本当によいものか、ちょっと立ち止まって考えたくはなります。
本書では薫君に対して「なぜ医学を志したのか」の問いかけが繰り返し行われます。薫君は当然答えられません。彼はまだ中1だし、運命に流されているだけなのですから。その問いかけは、まっすぐ読者に向いています。日経メディカル連載中は読者はほとんどが医療関係ですからそのまま「自分はなぜ医学を志したのか」と読めばいいでしょう。単行本になって医者以外が読んでいる場合には「自分はなぜ現在の職業を志したのか」と読み替えてください。そして同時に、自分が中学の時に自分の人生をどう考えていたのか、高校の時はどうだったのか、それを思い出してみるのはすべての人にとって決してムダな作業ではないはずです。ジュブナイルは、決して子どもだけのためのものではありません。
こういったまっすぐな問いを「青臭い」と感じる向きもあるでしょうが、私はこの手のまっすぐさは嫌いじゃないです。で……私の志? それは秘密です。ブログのネタに困ったらそういったプライベートなものも書くかもしれませんが、今のところは書きたいネタはまだまだありますので(理由はそれだけではありませんけどね)。
そうそう、薫君は気に入った言葉をノートに書き残す癖があります。私も本書で気に入った言葉があったのでいくつか書いてファイルに保存しました。現在一番気に入っているのは第8章の「悪意と無能は区別がつかないし、つける必要もない」です。私が好きな「地獄への道は善意で舗装されている」と微妙に対応しているところが、特に気に入っています。
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