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2009.02.28 16:26 |  医療制度 / 行政  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 2

 医療と資格試験

 医療者は国家試験とは切っても切れない関係を持っています。病院なんて、右を見ても左を見ても「国家資格所持者」だらけです。たとえば看護師・助産師・臨床検査技師・診療放射線技師・理学療法士・作業療法士・言語聴覚士・義肢装具士・栄養士(管理栄養士)・薬剤師・介護福祉士・歯科衛生士……まだあるかな……あ、医師と歯科医師も。

 そういえば病院に出入りするMR(*)も国家資格が必要ないのに認定試験を受けます。正しい態度で“商品”に関する知識を提供する必要があるからです。
 だったら、ジャーナリストにもなんらかの資格試験をおこなってもいいんじゃないです?  最低限、国語と礼儀の試験には楽々合格して欲しいな、というのは、望みすぎ?

*MR:Medical Representative(医薬情報担当者):製薬会社の営業担当で医薬情報提供が主任務。
参考サイト:http://www.topmr.com/index.html


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2009.02.28 06:58 |  診療  |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 2

 数字を治す

 人間ドックの数日前から「生活を正し」ている人がよくいます。わけを聞くと「変な数字が出たら嫌だから」。いくら断酒しても、たかだか数日のことでは、去年高値だったコレステロールもγ-GTPも正常化はしないと思うんですけどねえ。それにその行為は「数字を調整しようとする」だけで、体調や健康に長期的な影響を与えるわけではありません。つまり「数字をいじっている」だけで「健康には無関係」な行為です。いや、うっかりそれで「良い数字」が出てしまうと安心して生活を正すチャンスが無くなるから健康には有害な行為かもしれません。

 それと似たような行為をする医者もいます。
 患者さんの検査で一つでも異常データがあったらそれを「正常化」することに熱中する人です。もちろん「異常データ」はあって嬉しいものではありませんが、だからといって「必死に退治するべき」ものかどうかには「医者としての判断」(その人の生命にかかわるか、その人の健康にかかわるか)が必要です。そういった判断をせずにただただ「異常だから放置できない」と機械的に「治療」する態度は、私には「患者本人」ではなくて「検査データ」を見ているだけに思えます。

 「良い数字」と「良好な心身の状態」と「善い生活」は、それぞれべつの問題ですよね?  それとも「良い数字」だけあれば、それだけであなたは幸せですか?


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 「医師の育成には国費を投入したのだから、卒業後の行き先も生き方も国が命令して良い。称して計画配置だ〜」、というご意見があります。(しかし、昔の「防人」ですか?  あるいは中華人民共和国の「はだしの医者」。昔のソ連とか今の北朝鮮のような、全体主義的で社会主義的な国だったら、医者の配置も強制的だったのかな。まあ、クメール・ルージュのような「医者と教師は殺せ」よりはマシですが)

 その論の(論理的・倫理的・法理的・合理的)妥当性については別にするとして、もしそれが“正しい”としたらその“正しさ”には一般性がある(医者に限定せずに社会全体に適用できる)はずです。となると、最近気になるエピソードがありました。

 国費で外国に行って、そこで醜態を全世界にさらし、バチカンではさわってはいけない美術品にさわったり立ち入り禁止区域に入って警報を鳴らしたりした人のことです。「国費〜」の論法だと、「国費」を使った以上、「大臣が行くべきところ「行ってはいけないところ」「言うべきこと」「言ってはいけないこと」について「計画的に配置」しておくべきだった、となりません?

 ……しかし、あの旅行1回で、何人分の医者育成費の「国費」を使ったんだろう?


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 県庁の何やらずいぶん長い名称の部局から「DV被害者対応マニュアル 医療関係者向け」という小冊子が配られました。「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律(DV防止法)」に基づいて、被害者の第一発見者になりやすい医療機関を啓発するため、でしょう。

 ここで暴力は4つに分類されています。身体的暴力・精神的暴力・経済的暴力・性的暴力。被害者になるのは圧倒的に女性。(ただし、最近読んだ本では、アメリカでは男性の被害者が多く見られるようになってきたそうです。これは「増えた」のかもしれませんが、「マッチョな男」が価値観の上位にある社会では「女に殴られた」とは恥ずかしくて言えなかった男が最近になって口を開くようになっただけかもしれません)
 DVにはサイクルがあります。爆発期(感情のコントロールができなくなり、激しい怒りと暴力が爆発) → ハネムーン期(やさしくなり、暴力を絶対に起こさないと謝罪する) → 緊張の蓄積期(緊張が高まり軽い暴力が始まる) → 爆発期 → ハネムーン期 → → → →
 DVということばが一般的になる前に、腕の良いヒモがインタビューに答えて「殴った後はひたすら優しくするのが女に貢がせるコツ」と言っていたのを私は覚えていますが、DVを長続きさせる(被害者が逃げ出さないようにする)ためにも「ハネムーン期」が重要な役割を果たしている様子です。これを読んでいる人で「彼は私を殴るけれど、本当は優しい人なのよね」と相手を許している人がいるとしたら、こういった「ハネムーン期」で上手く心理操作されているだけかもしれませんよ。「もう殴らない」という約束がこれまでどのくらい長持ちしたか記録してみましょう。

 暴力について聞き出すためのテクニックのほかに、“セカンドレイプ”にならないように「言ってはならないセリフ」の一覧があります。個人の価値観の押しつけ・被害者を責める・他の人と比較する・一方的な決めつけ……いやあ、気をつけないとついうっかりはまってしまいそうな“罠のことば”が並んでいます。

 医療関係者には「守秘義務」があります。しかしDV防止法では、児童虐待と同様、通報によって守秘義務違反に問われることはありません。ただ、児童虐待では通報は「義務」ですが、DVの場合には、(命にかかわるような深刻な事態を除いて)本人の同意が必要です。(「被害者を護るため」という理屈はわかりますが、私は釈然としません。明らかな傷害事件の被害者を目の前にして「本人の了解がないから通報しない」のは、犯人隠匿になりませんかねえ。そもそも傷害って親告罪でしたっけ。特に公務員の場合、犯罪を看過するのは拙いんじゃないかしら)
 ちなみに通報先は、警察(電話は「#9110」)や配偶者暴力相談支援センター(各都道府県の婦人相談所などに設置されています)です。ちなみに、児童虐待は児童相談所(子ども家庭センター)や役所の子育て支援課とか児童課・福祉課です。これ、DVが児童虐待を兼ねている場合もあるし(子どもも殴る、母親を殴る姿を見せることで子どもの心を傷つける、DV被害者が子供に暴力的にあたる)、対応のノウハウや知識を蓄積・共有化したほうが良いでしょうから、窓口を一本化するわけにはいかないのかなあ。縦割り行政は絶対だから、だめ?


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2009.02.26 18:50 |  医療事故  |  その他(一般)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

 悪口が作る社会

 医療事故に限りませんが、なにか問題が生じると、ひたすら当事者個人を責めたり周囲に悪口を言って回ることに熱中する人が登場します。
 人は基本的に善意で行動するものですから、「個人を責める(悪口を言う)」ことにも善意の意図があるはずです。たとえば「それ(ワルモノの攻撃や排除)によって社会を良くする」とか。

 しかし、「個人を責める」ことが社会を良くするために有効な手段だとしたら……「言う側」から見たら、皆が悪口の技術を磨くことがこの社会を良くすることになりますし、「言われる側」から見たら、非難に対していかに上手く言い逃れをするかが自己保身の基本テクニックとなります。

 両者が“協力”した結果として、悪口と言い逃れに充ち満ちた社会が来るべき素晴らしい未来、ということになってしまいますが……どこか私の考えの筋道、間違ってます?  それとも前提が間違っていたかな。



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2009.02.26 07:00 |  診療  |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 1

 ○○がコワイ

 知り合いの知り合いの話です。
 体調が不良なのにずっと医者にかからず、とうとう癌の末期の状態になってからやっと医者に行って診断がついたのですが、「どうして早く医者にかからなかったの?」と親しい人が尋ねるとその答えが「病院に行ったら、なにか病気をもらうかもしれないだろ」。
 「現に今ここ(体内)に存在する病気」と「将来もらうかもしれない病気」とを比較して、今ここに存在しない(そしてこれからもずっと関係を持たずにすむかもしれない)病気の方を重視したわけです。「何を人生で重視するか」はその人それぞれですが、残された家族には様々な後悔の念が残ったでしょうねえ。(もちろん、最初に体調不良に気づいた時点で医者にかかっても同じだったかもしれない、とか、体調に関係なく検診を受けていれば良かったかもしれない、いや、検診は万能ではない、とか、いろいろなことは思いますが)

 話は変わります。
 外来などで「あなたは××という病気です。治療としては薬を飲むのがお勧めですが……」「いやです。薬の副作用がコワイから」という会話を私はよく経験します。「人生で何を重視するか」はその人それぞれですから、私は薬を強制はしません。強制しても持って帰って捨てられたのなら意味ありませんし。だけど不思議には思います。「今ここにある病気とそれによって将来確実に起きるであろう不都合」と「出るかもしれない(出ないかもしれない)薬の副作用」とを比較して後者の方がより重要、とするのは、将来自分の体に病気によって不都合が生じた時、本当に悔やみはないのかな、と考えるからです。
 私は考えたことは、忘れないうちにすぐに伝える主義なので、以上のことは大体そのまま患者さんに伝えます。強制はしませんし、薬を拒否されたらその次の手はまた考えますからそれほど困りはしませんが、「ただ一つのこと(たとえば副作用)」だけに注目するのではなくて、なるべく広く深く世界を見てその中で最善になるべく近い道を選択して欲しいとは願います。これも強制はしませんが。


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2009.02.25 18:39 |  診療  |  仕事 / 職場  |  おかだ  | 推薦数 : 3

 あわや窒息死

 昼の弁当もそろそろ終わろうとしていた時、机の上の書類が一つ気になって確認しようと、弁当の最後の一口(固めの焼き鳥)を口に放り込みもぐもぐしながら体を捻って院内LANのマシンを起動した瞬間、息ができなくなりました。喉に何かが引っかかり、咳をしたら吹き飛ばせそうなのにその咳をするための空気が肺に無い状態で、ならば空気を吸おうとしても全然入っていかないのです。とにかく口の中のものを出そうと流しに向かっていると一瞬だけ空気が通りました。「ひゅー」という弱々しい喘鳴とともに。で、1秒くらいで流れが止まるのでもう一回首を捻ってみるとまた「ひゅー」が1秒。これは困った、と流しの前で困っていると、わらわらと医局の人が集まって背中をドン。これでカケラが飛び出て、やっと息ができるようになりました。ただ、しばらく嗄声しか出なかったところを見ると、肉(あるいは軟骨)のカケラは声帯あたりに引っかかっていたものと思えます。
 後で、自分で自分にハイムリッヒをすれば良かったのかな、とも思いましたが、なかなかいざ自分がそういった状況になると冷静な判断や行動はできないものです。いろいろ頭は考えてはいるんですけどね。
 しかし冗談抜きに、死ぬかと思いましたが、つくづく窒息って苦しいものです。自分が死ぬときに、もし選べるのなら窒息は選択肢から除外したいものですが、喘息や慢性閉塞性肺疾患の人は、発作時や普段の呼吸時にあんな感じで苦しい思いをしているんだなあ、と思うと、つくづく同情します。呼吸って、ふだんは何も考えずにやってますが、本当に大切な作業です。

 実はついこの前、私が“主催者”として病院の緊急呼集の抜き打ち訓練をやってまあまあ成功裡に終わったばかりなのですが、そのあとの実戦第1例に自分自身がならなくてよかったよかった。

 本日の教訓:食事のときは食事に専念しましょう……って、ふだん子どもに向かって言ってることでした。


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2009.02.25 06:58 |  その他(医療関連)  |  おかだ  | 推薦数 : 4

 記者と医者の違い

 解剖書を読んだら人体の構造がわかる、と思うのが記者。
 実際に人体解剖をすることで生死の重さと人体の神秘に打ちのめされた経験を持つのが医者。


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2009.02.24 18:36 |  医療制度 / 行政  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 1

 年金予測

 「30年後、厚生年金給付2割減 政府見通し、年収の5割」(朝日新聞)

 思わず自分の年齢をこの「見通し」に当てはめて「年金はどんどん減るのか。結局何歳からいくらの給付になるんだ?」とがっかりしましたが、よく考えてみたら厚労省も度胸がありますね。20世紀にあれだけ出生率予測を外しまくって「私たちには出生率に関する予測能力はありません」と天下に知らしめた“実績”があるのに、「厚生省と厚労省は違うんです」なんでしょうか、今回は「出生率」だけではなくて「経済情勢(積立金がどのくらい年金基金に入ってくるかと運用利回り)」と「年金制度の変化」までコミで“連立方程式”を立ててまとめて予測しています。変数を多くしたらその分「予測」は当たりやすくなるんでしたっけ?  いやあ、良い度胸というか性懲りもないというか、過去の実績から推定できるご自分の能力の限界を明らかに超えているんじゃないかと私には思えるのですが。この数字の結果が出る頃には自分はそこにはいないから好きなことが言える、なのかもしれません。
 出生率予測の時になぜ外しまくったか、と言えば、「出生率は回復する」という“結論”が先にあって、それに合わせて“シナリオ”を作ったからです。で、今回も「年金給付は現役世代の50%(以上)」「景気は早期に回復する」という“結論”が先にあります。それに合わせてエクセルに入力する数字をあそこをいじりここをいじりと“数字遊び”をした結果が今回のものでしょう。ただ、官僚から見たらただのエクセルでいじくれる数字でしょうが、我々にはそれは“生活そのもの”です。

 記事の最後に「検証結果では、出生率や運用利回りが前提を下回り、現役世代の手取りの5割を割り込むケースも示した。」とありますが、実はこれがお役所の一番言いたかったことでしょうね。私はここからメタメッセージを読み取ります。「年金がアテにできると思うなよ」と「国会答弁だって大臣が平気でひっくり返す時代だ。自分たち官僚が言ったこと(たとえば給付率5割)を国民はアテにするな」の二つのメタメッセージを。

 そもそも数十年後に年金制度は、ご健在なのかしら?


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2009.02.24 06:59 |  診療  |  その他(医療関連)  |  社会・歴史  |  おかだ  | 推薦数 : 2

 死語(56)血沈

 私は「血沈(赤沈)」がまだ“現役”の時代に医師免許を得ました。当時の外来にはたいてい血沈管がずらりと並んでいてそこに置かれたタイマーが1時間ごとに騒いでいましたっけ。
 この血沈という検査は、採取した血液を抗凝固液(たしかクエン酸ナトリウム)と混ぜてガラス管に入れそのまま立てておくだけ、という簡便な検査です。そうするとあとは地球の重力が仕事をしてくれます。血液の中に含まれている赤血球が地球に引っ張られて少しずつ下に沈んでいきますので、その速度(時速何ミリで赤血球が沈んでいってガラス管の中身に上澄みができるか)を測定するだけ。今あちこちのサイトを見ると「赤血球沈降速度を略して『赤沈』または『血沈』」と書かれているところが多くありますが、「血液沈降速度」を略して「血沈」と言っていたのが、「沈降するのは血液ではなくて赤血球だ」ということで「赤血球沈降速度(赤沈)Erythrocyte Sedimentation Rate(ESR)」と言うようになった、と私の記憶は主張しています。(私が医者になった時代には「血沈」と「赤沈」が混在していましたので、「血沈」→「赤沈」はことばの歴史ではなくて私が聞いた順番かもしれませんが、ともかく私に教えてくれた人はBlood Sinking Rate(BSR)と言っていました。ついでですが私よりずっと古い世代はドイツ語でBSG(Bludsenkungsgeschwindigkeit)でしょう。これはモロに血液沈降速度です)
 ふつうだったら血沈(赤沈)は1時間に10ミリ程度ですが、体にばい菌などが入って炎症が起きているとその速度が速くなります。では「血沈が早くなったら、感染症か」……実は即答ができません。炎症が起きる病気(たとえば○○炎といった「炎」がつく病気はほとんど)、それから外傷、膠原病や悪性腫瘍、肝硬変、貧血、心筋梗塞、関節リウマチ……わーい、許してくれ〜と言いたくなる数と種類の病気のラインアップです。一般外来で数が多いのは貧血でしょうか。薄い血液は邪魔が少ないからどんどん落ちていきます。
 つまり、簡便だけどアバウト、がこの検査の特徴です。しかも病気になってから反応が陽性になるまで、病気が治ってから反応が正常化するまで、のタイムラグがけっこうあります。さらに個人差がけっこう大きい(「血液さらさら」の人と「血液どろどろ」の人で大きな差が出そうなことは、直感的にわかりますよね)。加齢によっても血沈はどんどん速くなっていくので(おそらくは加齢による貧血や栄養状態の変化(血清タンパクの減少など)の影響かな)、私は「年齢÷2」を目安にして、少々年寄りの血沈が速くなっていてもあまりそれだけで騒がないようにしていました(他にもなにか異常データや症状があれば話は別ですが)。騒がないのだったらなんで検査するんだ、と問い詰められたら返答に窮するのですが。
 ということでもうちょっと“科学的”な炎症検査で血沈よりははるかに鋭敏に病気に反応するCRPが普及するにつれ、血沈管の出番は無くなっていきました。日本中にあったガラス管たちS、今はどこで何をしているのでしょう。


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