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「「医師は応召義務を果たしていない」、ネットで物議」
CBの記事です。記事だけでは編集によって誤解が生じるかもしれませんから(CBでは大新聞とは違ってそのおそれは少ないとは思いますが)念のために“原典”にもあたっておきましょう。
もとになったインタビューは「【緊急提言】第8回「医師は被害者意識を捨てよ」」
これを読んでの私の感想は以下の2点に集約されます。
1)日本語が変です。特に「応召義務」を、たとえば戦争でなら「兵士は戦争に勝つ義務がある」といった意味で使っているところ。
2)ずいぶんご立派なご高説です(部分的に賛同できる部分はいくつかあります)。ところで現場で歯を食いしばって頑張っている人は(歯を食いしばっているから)「高い理想」なんて語る余裕はないでしょう。ということは、立派な言葉を大量生産できるこの人は「現場で頑張っていない人」です。現場で頑張らなければ好き放題のことが言えるでしょう。でも、現場で頑張らないから現場で悲鳴さえ上げられない人のことは全然視野に入らない。口の中で食いしばった歯の間で小さくかみ殺されている悲鳴も耳に入らない。
ところでこの方、医者としての腕はどうなんでしょう。いや、「医師は応召義務を果たすべきだ」と主張している医師は当然“応召義務”を果たしておられると思うのですが(果たしていなかったら、それはただの「口先だけ」でしかないということになります)、それでどの程度医療への貢献をされているのかな、とちょっと“心配”になりまして。もっとも、こういったタイプの人が「じゃあ自分も“応召義務”を果たすために、現場でいっちょ頑張ってみるか」なんて言い出したら、押しかけられた現場では邪魔で仕方ないし患者の命が危険にさらされますから短期的な「命」の観点からは大所高所にいてくれた方がマシではあるのですが。
頭はよいが現場を知らず兵士としては無能な人間が出世して参謀本部に入ったら何が起きたか、を私は思います。
※ちなみに私は現在「現場で頑張っていない人」です。精神的及び時間的にいくらか余裕があるからこうしてブログで発信できます(もちろんそのトレードオフで別の何かを犠牲にはしていますが)。でも現場には居続けているから「かみ殺されている悲鳴」にも気がつくし、その“代弁者”になることもできるのです。
以前も書いたかもしれませんが、「言葉の正しさ」は言葉だけを見てわかるものではありません。その言葉を語っている人の生き方を見て初めてわかるものです(「暴力反対」と言いながら他人を殴っている人がいたらその人の「暴力反対」という言葉は“正しい”ですか?)。
で、このインタビューでは二言目には「自分の課題としてとらえろ」という意味の言葉が登場します。それは当たり前(以前)のことですが、ところがそれを言っている当人が「ご自分の課題は?」との質問に「他人を動かすこと」と答えています。お〜やおや、結局すべて他人まかせなのね。あるいはしょせん他人事。「自分」はどこ?
……ああ、“批判だけする”って、楽ちんですねえ。腕の悪い批評家やマスゴミがはまる罠の甘さを身をもって知ることができました。罠にはまって出られなくなったりしないように、気をつけなきゃ。
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