私という人間のもとになったのは一個の受精卵ですが、それが受精の瞬間にもし“その精子”ではなくて隣の精子が「お先に」をしていたら、私ではなくて別の人間が生まれていたわけです。こうしてみると私という存在は「偶然の存在」と言えます。
高校の時にそれを思ってなんだか生きているのが虚しくなった時もありましたが、そこから“浮上”できたのは「偶然で始まった人生で良いじゃないか。きちんと生きることでそれを“必然”に変えれば良いんだ」と思ったからでした。ティーンエージャーにしては頑張って考えたものだと自分を褒めてやりたくなりますが、問題は今の自分です。ちゃんと「必然としての人生」を歩んでいるのかな、と思いますと……(冷や汗)
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