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今日の朝日新聞の記事「都会でも医師不足進む? 2025年、政投銀試算」によると……
日本政策投資銀行の試算です。医師の数が現在と変わらないという前提で都道府県別に見ると、2025年には医師が2割減る地域がある、ということです。患者千人あたりの医師数が、全国では30人→26人で、44都道府県で減少、現在最も多い東京都は41人→33人、二番目の京都府は40人→36人、最少の埼玉県は21人→17人と事態は深刻化。
医師総数は変わらないという前提なのになんで医師不足が深刻化するのかと思ってよくよく見たら、数字は「人口千人あたり」ではなくて「患者千人あたり」だったんですね。高齢化が進めば患者は増える、これはまず間違いありませんから、これは十分あり得る試算と言えます。
さて、では対策をどうするか、です。
まずは分子(医師数)を増やす。これはすでに医学部の定員を増やす、と政府が決定していますが、どうせいつもの「戦力の逐次投入」発想でしょうから、あまり多くは期待できないでしょう(それに、いくら医学生が増えても国家試験のところで政策的に絞られたら結局医者は増えない、ということもあり得ます)
では分母(患者数)を減らす。これにはいくつかの手段を思いつくことができます。まずは国民の健康増進。そもそも病気にならなければ「患者数」は増えません。あるいは「一病息災運動」。一病があったらそれはもちろん医療費がかかりますが、それをきちんと管理して重症化させないようにすることで、患者数を増やさない/患者に投入しなければならない医療資源(人・物・時間・お金)を増やさないようにする、という発想です。あるいは「社会的減少」。有り体に言うなら「自分の行政区画から老人を追い出す」。もちろん「追い出す」なんて言わないで「田舎のユートピアでゆったり余生を(ナチュラル・シルバー・スローライフ)」とかの運動を大都市で展開する(あるいは外国へ“輸出”する)、ということが考えられます。「積極的減少」。老人のジェノサイドです(そのことを扱ったものとして、『楢山節考』(深沢七郎)が有名ですが、筒井康隆に『銀齢の果て』というオソロシイ作品があります)。あるいは「消極的減少」。「後期高齢者には蘇生処置は行わない」「食べなくなった老人に、経静脈栄養や経管栄養を行わない」として高齢者の間引きを目立たないように行います(たぶん政府は自分では言い出さずに、御用学者か誤用マスコミに言わせようとするでしょう。あ、「御用」のスペルをまちがえたけど、これでも意味は通じるからそのままにします)。「ただ苦しめられるだけの医療はお断り」「子孫のために」など美しい言葉やもっともらしいスローガンを並べ立てたら、その気になる人が多いかもしれません。もう一つ別の意味での「消極的減少」。病気の定義や「正常値」をいじくって(今よりゆるやかにして)「患者の数」を政策的に減少させてしまう手です。ただ、これをあまり大っぴらにやると医者や学会が抵抗したり国際的にあきれられたりしますから、健康保険の査定のところで「コレステロールが280だからといって治療することは薬剤の過剰処方である」とか言って削ることで対応することが考えられます。レセプト査定を恣意的・操作的にやるのは日常的に慣れていますから、お役所としてはそれほど抵抗を感じなくできることでしょう。
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