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Doctors Blog

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 院内感染を防止する方法論として「スタンダード・プリコーション(標準予防策)」という考え方があります。「ノロウイルス対策マニュアル」「麻疹ウイルス対策マニュアル」「赤痢菌対策マニュアル」「チフス菌対応マニュアル」「天然痘対応マニュアル」「炭疽菌対応マニュアル」と個別の対応マニュアルを一つ一つ丹念にこさえて百科事典のように集積するとそんなの誰も読まない(読めない・記憶できない)しマニュアル同士の整合性も保てませんから、感染経路を「空気感染」「飛沫感染」「接触感染」に大別しそれぞれに標準的な対応策(たとえば接触感染に対しては、手洗いの徹底とか)を作ってそれを日常的に守り、もし特別な病原体による病気が発生したらそこで個別対応する、という姿勢です。
 キーワードは「標準的な対応策」と「日常的に守る」です。ここで「標準的」とは「全員が同じことをする」という意味で使われています。病院の全職員が同じことをしていないと、病原体は“弱いところ”から侵入し繁殖します。もちろん、スタンダード・プリコーションを徹底していても、侵入される時には侵入されてしまいます。でも、落書きだらけの塀にさらに新しく落書きをされても発見は困難ですが、きれいな塀だとちょっと落書きされたらすぐに発見できるのと同じように、普段からスタンダード・プリコーションが徹底している病院なら院内感染の早期発見・早期対応が可能なのです。(落書きのたとえで重要なのは、「落書きを防止する」ではなくて「たとえ落書きをされても早期発見/早期対応をする」という発想です)

 新型インフルエンザのパンデミックは、起きるかもしれないし起きないかもしれません。この予想はバクチです(私は、賭けろと言われたら起きる方に賭けますが、それは、「判断に迷う場合は“安全側”に倒す」原則を私が採用していることと「外れたら嬉しい」という事情もコミで、判断するに当たって特に明確な根拠を持っているわけではありません)。「起きないかもしれないから特別な準備は必要ない。起きたら考えよう」とか「タミフルをたっぷり備蓄したら大丈夫」もアリでしょう。だけど新型インフルエンザに対応するのに、スタンダード・プリコーションの発想を入れて、普段から「普通の感染症」に対する対策を地道に日常的に行っておくことは、「いざパンデミック」にも役立つし、なにより日常の感染症対策のレベルを上げる(日常的に感染症の犠牲になる人間を減らせる可能性がある)という大きなメリットがあります。ただし、それは個別の病気(たとえばインフルエンザ)に限定した話ではないし、関係する役所も、厚生労働省だけではなくて、行政・産業・交通・教育・通信・外交・防衛・地方自治体などもすべて巻き込まなければなりません。私は自分が勤務する病院には口が出せますが、日本という国を管理する力はありません。日本を管理している行政の人にそういった発想があればいいのだが、とちょっと心配しています。


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 日本人は入浴が好きです。病棟の患者アンケートでも要望の上位に「入浴回数を増やして欲しい」が必ず上がります。かと思うと烏の行水が好きな人もけっこう多いのですが、これも(短時間でも)入ることに意味がある、なのかもしれません。江戸でも銭湯は、入浴だけではなくて社交場としても人気の場所でした。
 ところが欧米ではそこまで入浴は好まれないようです。『大草原の小さな家』(ローラ・インガルス・ワイルダー 著、 恩地三保子 訳、福音館書店、1972年)(あるいはこのシリーズの別の本だったか)には、インガルス一家が定期的に洗濯し入浴は週に1回で毎日顔を洗うことが誇らしげに書いてありました(きっと毎週は入浴せず顔を毎日は洗わない家も多かったのでしょう)。この程度で驚いてはいけません。『十八世紀ロンドンの日常生活』(リチャード・B・シュウォーツ 著、 玉井東助・江藤秀一 訳、 研究社出版、1990年)には、「英国紳士でも入浴は年に1〜2回」なんてオソロシイことが書いてあります。


 欧米で入浴が嫌われた理由には、(きれいな)水が日本ほど豊富ではないなどの理由もあるでしょうが、私がこれまで読んだ本の範囲では二つの病気が関係していそうです。

 まずは黒死病。14世紀半ばの大流行時、「黒死病は汚染された空気によって伝染する」という噂が広く信じられました。そのため、「悪い空気の侵入を防ぐ」ために窓にかける綴れ織りが一大産業になりましたが、入浴は裸になって空気に体をさらすため感染の機会が増える、と忌避されました。ユダヤ人の陰謀のせいばかりにはできず、病気自体が伝染する、という概念を持ったところは進歩と言えるのでしょうが。
 もう一つは梅毒です。16世紀に(古代ローマ時代の)公衆浴場が復活しましたが、たまたまそれが梅毒の大流行と重なったため、入浴は危険、とされるようになりました。それは伝説となり、19世紀になっても首までお湯につかるのは危険、と信じられていたそうです。

 私は毎日入浴します。入浴しないとなんだか気持ち悪いのですが、それはたぶん、実際に体の調子がおかしくなるからではなくて、習慣とか文化の力でしょう。では日本人の入浴好きは、いつ頃からどうやって始まった(伝統となった)のでしょう? たとえば「源氏物語」や「平家物語」に入浴のシーンはありましたっけ?というか、平安貴族は風呂に入っていたのかな?(「枕草子」や「徒然草」には入浴の話はなかった(あっても目立たなかった)ように記憶しています) お湯が潤沢に使えたとは思えない庶民はどうだったんだろう?
 自分の国のことなのに、意外なことがわかってないなあ。お恥ずかしい。

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