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Doctors Blog

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  アメリカの医療制度の実態がどんなものかは、フィクションですが、アメリカ映画の「ジョンQ ──最後の決断」「恋愛小説家」「シッコ」などによく見えますが、先日読んだ『ロザムンドおばさんのお茶の時間』(ロザムンド・ピルチャー著、晶文社、1994年)に収載された短編の一つにもイギリスの医療制度がちらっと登場していて、話の本筋よりもついそちらに注目してしまいました。

  小説の登場人物が、予定日よりまるまる1ヶ月早産でもう破水も間近の状況で病院に電話すると、病院の看護師はどのくらい緊急かの状態を聴取すると同時に「かかりつけ医に連絡したか?」と聞きます。「この電話の次にすぐ連絡する」と言うと「それなら救急車を派遣する。でも必ずかかりつけ医に連絡しておくように」です。この本の出版年から執筆年を逆算すると、ちょうどイギリスの医療制度が崩壊した時代ですね。つまりこの時代には「かかりつけ医が治療する」が最優先で、それは“急患”であっても同じだった、ということなんでしょう。しかし、もしもかかりつけ医がいなかったらどうなるんでしょう?
  ただし救急車は病院からの派遣ですから、日本のマスコミが大好きな「たらい回し」はありません。救急車の申込みのところで「絞り込み」が行われるだけですが。さらに、本当の急患以外はすべて予定が組まれて動きますから、救急ベッドを空けておく、も可能です(もしベッドが一杯になったら、予定手術のスケジュールを先に延ばすことになるのかな?  それとも強制退院?)。

  「他山の石」ということばがありますが、このイギリスの「病院から救急車を派遣する」は、日本でも採用を考えて良い制度かもしれません。
  日本でやるとしたら……消防署の隣に何でもありの救急センターを作って救急車は全部そこから発進してそこに患者を連れて戻る、としたら、センターは死ぬほど忙しいでしょう。でもそのかわり24時間だけそこで診て状態が救急でなくなったらどんどん病院に割り振っていく、だったら機能するかも……なんてことを今夢想中です。ただ、脳出血を起こした産婦とか本当に難しい症例を診るのはやっぱり病院の方が良いですかねえ。なお、救急センターの受付でトリアージは必須です。軽症の“救急”は、状況によっては数時間でも待ってもらいます(状態変化がないかどうか定期的にフィジシャン・アシスタントなどがチェックをすることになるでしょう)。それと、センターから病院への搬送をどうするかもけっこうネックになりそうです。落ち着いている人を救急車でというのも変ですから、患者搬送用の専用車で数人まとめて、がコスト面と安全面からは最適解でしょうか。なんだか野戦病院のシステムみたいですが。


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  日系メディカルオンラインに面白い記事がありました。「12.22 フィジシャン・アシスタントって何?
  専門学校に24〜32ヶ月通って国家資格を取ったPA(Physician Assistant)やNP(Nurse Practitioner)という存在が、アメリカの医療ではずいぶん活躍している、というものです。行うのはあくまで医師の監督下での医療行為ですが、退院計画やサマリーの作成・術前の検査指示・手術の助手・大伏在静脈グラフトの採取・術後管理……なんだかすごいことまでやっています。これによってアメリカの医者は“本来の業務”に集中できるようになっているそうです。
(もっとくわしくは「チーム医療維新」)

  私にはなんとなく良い制度に思えます。実際に、私の実感では、私が現在行っている「仕事」で絶対に医者でなければならない業務はおそらく半分くらい。あとの半分は医者でなくても医療的な専門訓練を受けているのであれば別の人に渡して処理してもらってかまわない「仕事」です。
  私は一瞬、昔の「床屋外科」を思い出しました。中世から近代の前半、職人として養成された床屋外科は西洋の医療では医者の下請けとして機能していました。ただ、当時は医者が“身分”としては床屋外科より上の、専制君主のカリカチュアのような存在でしたが、今は「チーム医療」になっているのが違います。専制君主になりたい医者は「頭は一つで、手足は何本でも」と嘯いていればよろしいのですが、むしろこれからの医者には「医学の能力」だけではなくて「チームのマネージメント能力」も要求される、と考えた方がよいでしょう。

  日本でもこういった制度の導入を本気で考えた方が良いんじゃないです? 「医者以外には不信感を持つ人」あるいは「医者に楽をさせたくない人」には不評かもしれませんが、利点はいろいろあります。なにより養成に医者より時間がかかりません。「医師不足」を解消するために「医学部の定員を増やす」という“解決策”を取っても、それが効果を発揮するのは10年以上先。だけどPAだったら数年で効果が出ます。PAが医者の今の仕事の半分を負担してくれたら、それはつまり医者の数が倍になったのと同じ効果です。何でもかんでも「医者がやれ」「医者がやれ」と繰り返すのではなくて「それは本当に医者がしなければならないのか?」という発想を持ったアメリカ人は、なかなか実際的な人たちだ、と私には思えます。(「時間コストが高い人は、付加価値の高い仕事に集中させる」という合理性の表れでしょう)
  難点は、医療コストが上昇すること。それはそうです。増えた人件費の分、医療費は増えるでしょう。しかもアメリカのPAは高給取りです。平均年収が8万6000ドルですって。

  あ、突然、日本ではこの制度は不可能かも、と思えてしまいました。「たかが医療補助者にそんな高給だとぉ?」という人が騒ぎそうです。

  逆に「それだけもらえて医療の仕事ができて訴訟リスクが少ないのなら転職しようか」という医者もいたりして。

 

※似たテーマでNATROMさんが「2級医師は医療費を抑制しうるか?」を書かれています。

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